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『また、いつか』と約束を!【過去】リーリア14歳

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 レナート王子の発言に私とデュリオ王子が顔を見合わせる。

「リーリア、どう思う?」
「どうと言われても……」
「言っとくが、俺は『恋』なんて分からない。協力といわれてもな」

 デュリオ王子がらしいけど、私には少し残念な発言をして、不満顔でレナート王子を見る。

「おい、レナート。勝手に――」

 素早く立ち上がって、レナート王子がデュリオ王子に囁く。

「これは大冒険だね。きっと凄い作戦が必要だよ。やっぱりデュリオが指揮官かな? 大変だけど君の魔法でなら、僕たちを壁の向こうに運べるよね? 難しいからできないなんて、デュリオにはないよね?」

 好きそうな単語の数々に心をくすぐらて、デュリオ王子が不満顔を引っ込めて目を輝かせる。
 普段は大人しくて控えめなのに、レナート王子は時々計算高い。
 次に私の手を取ってレナート王子が、困った顔で小首を傾げる。

「リーリア、君に助けて欲しいんだ。僕を手伝ってくれるよね?」

 レナート王子の儚げな顔でお願いされたら、きっと誰にも断れない。でも、私が一番、このお願いに弱いと思う。時々凄く寂し気な顔をするのを知っているから、何とかしてあげなくてはいけない気持ちになってしまう。
 頷くと、私とデュリオ王子に向かって、レナート王子が顔を輝かせる。

「ありがとう。僕は何かをするなら二人と一緒がいいんだ」

 綺麗な笑顔を狡いと思うのに、こんな風に喜ばれたらやっぱり嬉しくなってしまう。
 だから、レナート王子には王様が合う。きっと上手に臣下を動かす。デュリオ王子もレナート王子の下でなら、どんな仕事でも楽しめるだろう。
 二人が寄り添う未来を想って、そこに私もいたいと願う。

 合意した私達三人から少し離れた場所で、プランク男爵は事の成り行きを唖然と見つめていた。
 二人の王子様が自分の『恋』を手伝うなんて、とんでもない事態に思考が追いついていないのだろう。
 そんなプランク男爵にデュリオ王子が命じる。

「さあ、プランク! お前の『恋』を手伝ってやる。状況を速やかに報告せよ」

 こうして私たちの『恋の贈り物』作戦が始まった。

 作戦決定後の私達の最初の課題は、外苑の壁を超える事だった。扉から出られるプランク男爵を見送って、決して低くない壁を見上げる。

 木登りは怖くない、崖も怖くない。だけど、魔法で飛び越えるのは少し怖い。私にとって魔法は思い通りにならないものだから、信頼性がとても低い。
 デュリオ王子が準備万端と言った様子で、手首を回すのをちらりと見る。見えないけれど、魔力が勢いよく風と交じり合っているのだろう。

「三人同時は流石に無理だから、一人づつやるぞ。まず、リーリア」
「レナート王子からお願いします!!」

 心の準備ができていないから、即座にレナート王子に順番を譲る。

「じゃあ、レナート」

 いうが早いか、デュリオ王子が手首を捻る。レナート王子の体が浮いて、綺麗な弧を描いて壁の向うに姿が消えた。浮いた瞬間にレナート王子が小さく悲鳴をあげて、私の耳からはそれが離れない。

「次、リーリア」
「ひゃい!」

 思わず可笑しな返事をしてしまう。怪訝な顔をしてデュリオ王子が私を見る。
 
「……ひゃい? お前……」

 背の高いデュリオ王子が腰を折って、私の顔を下から覗いてにやりと笑う。

「な、なんですか?」
「怖いのか? へぇえ、珍しい事もあるんだな」

 人の悪い笑みを浮かべるデュリオ王子に向かって唇を尖らす。
 何だか非常に悔しい。珍しいと言われるのも悔しいし、怖いかとわざわざ問われるのも悔しい。

「怖いというか、魔法が苦手なんです! 大失敗ばっかりだから、気持ちが落ち着きません」
「馬鹿。俺が失敗するわけないだろ。まぁ、お前なら失敗しそうだけど」

 覗き込むのをやめると、すっと背筋を伸ばしてデュリオ王子が私を見下ろす。

「まぁ、二人なら行けるか」

 呟くと同時にデュリオ王子が私の前に屈んだ。何と思った瞬間、体がふわりと浮く。

 膝と背中を支える逞しい腕の感触と、腕に当たる広い胸。目と鼻の先には、赤みがかかった金の髪、手を伸ばしたくなる深碧の瞳、柔らかそうな唇。

 顔が凄く近づいて、足は地面についてない。これって、私はデュリオ王子に抱っこされ……

「――!!!」

 上げた悲鳴は、声にならないかった。
 お姫様みたいに抱えられていると、理解した途端に胸が恥ずかしさで一杯になって、私は声すらきちんと上げられなくなっていた。
 壊れそうなぐらい鼓動は早く、顔も火が出そうなぐらい熱くなっていく。

「リーリア。怖いからって、赤くなるまで力むのはやめろ。首にしっかりしがみつけ」

 デュリオ王子が私を見下ろして楽しそうに目を細める。一瞬時間が止まって、世界が鮮やかに色づいていく。
 吸い込まれるような深碧の瞳を見たら、その中に映る私が見えた。瞬間、はっきりとこれが『恋』だと自覚する。

 初めて理解した『恋』に、怖いような嬉しいようなくすぐったい気持ちで、デュリオ王子の首に手を伸ばす。ぴたりと寄り添った体が、私の鼓動をデュリオ王子に届けてしまう。

「すごい心臓の音だな。少し落ち着け」

 私を抱えた手が、安心させるように強くなる。更に体は密着したのに、聞こえてくるのは私の心臓の音ばかりで、デュリオ王子から私に届く音は聞こえない。
 これは『片思い』なのだと、『恋』に気付いた瞬間に私は理解してしまう。

「行くぞ」

 耳元で声が聞こえて、息ができないぐらい強い風に包まれた。ふわりと感じた事のない感触と共にデュリオ王子の体が宙に浮く。

「わぁ、すごい」
 
 呟いたら、自慢げな声が返ってくる。

「面白いなら、別の機会に一回転でもするか?」
「はい! して欲しいです」

 少し驚いた顔で、デュリオ王子が唇の端を満足気にあげる。
 風の音しか聞こえない中で寄り添う時間は、まるで夢の中にいるみたいに思えた。一瞬、一瞬が切り取ったように心に残って長く思える。

 でも、あっけないぐらい軽い音がして地面に着地したのはすぐだった。私を降ろすと、デュリオ王子が大きな手で揺らすみたいに頭を撫でる。

「怖がっていたくせに、もう笑って面白い奴」

 あんなに怖かった筈なのに、今はふわふわとした幸せな気持ちしか感じない。

「リーリア、顔が赤いよ。大丈夫?」

 駆け寄ってきたレナート王子が、心配そうに私の赤い顔を覗き込む。デュリオ王子が私に変わって答えを返す。

「力むほど怖かったらしいぞ。リーリアは、魔法で飛ぶのが信じられないらしい」

 レナート王子が、少し安堵したように息を吐いて私の髪を梳くように撫でてくれる。

「ごめんね。僕の我儘から怖い思いをさせてしまって」
「大丈夫です!もう、全然怖くなくなりました」

 笑って答えながら、私は『恋』が凄いと思っていた。

 壁を超えた私とレナート王子とデュリオ王子の三人は、北の棟の外廊下を目指す。大きな茂みを見つけると、その中に隠れて三人でくすくすと笑い合う。

「本当に冒険みたいです」
「そうだね」
「よし、やるぞ」

 プランク男爵が恋をしている方の名前は、パメラ・ボネーラ伯爵令嬢。
 レナート王子のお母様であるシルヴィアニ妃が主催するレース編みのお茶会に、今日は出席しているらしい。

「レナート。偵察に行ってこい」

 真剣な顔で頷いて、レナート王子が茂みを飛び出す。
 その背を見送る私のおでこを、デュリオ王子が指ではじく。
 
「お前、本当にやるのか?」

 その言葉に、しっかりと頷く。
 お茶会が終わったら、婦人たちはきっと一斉に皆でサロンから出てくる。プランク男爵が告白する為には、パメラを一人にしなくてはいけない。
 作戦の一段階として、私は彼女たちの前で転ぶつもりでいた。

「やります。私にしかできません。デュリオ王子とレナート王子では、全員が集まってきてしまいます」

 私が転んでも『教会派』のご婦人達は、殆どは助ける事をしないで通り過ぎるだろう。でも、一部は流石に残ってくれる筈だ。パメラ様は優しい人らしいから、残る方にきっと入る。

「お前が転んでも助けに来ない女なら、『旧国派』の男なんて端から相手にしない。だから、パメラの本性を見るのにも適任なのは認める。だが、嫌な役割だぞ?」

 不本意そうに眉をしかめたデュリオ王子に、私は首を傾げる。
 一応、初めからレナート王子がパメラ様だけを呼び出す事もできる。だけど、それだと後から根ほり葉ほりパメラ様が聞かれる事になる。『教会派』のご婦人達に囲まれるパメラを想像すると、何だかとっても可哀想だ。

「色々言われるとは思いますが、いつもの事ですから平気です」

 私の場合は何もしなくても嫌味を言われる。転んで言われてもいつも通りでしかない。私がまずは人数を減らしてから、レナート王子に仕上げをして貰う方が断然いい。
 諦めたようにデュリオ王子がため息をつくと、足音がしてレナート王子が戻ってきた。
 茂みの中に飛び込んだレナート王子が息を整えて、小さな声で偵察の報告を始める。

「もうすぐお開きになるよ。パメラを見てきたけど、今日はえんじ色のドレスを着てた。同じ色のドレスの人はいないから、きっとすぐに分かる」

 暫く待っていると、遠くの方から楽し気な笑い声が幾つも重なって近づいてきた。
 一人になったパメラ様の誘導役のデュリオ王子と私が立ち上がる。
 デュリオ王子が駆けだして、私も外廊下の柱の陰に隠れる。
 近くなった華やかなご婦人たちの声に、気合を入れてから柱の外に出る。
 いきなり、体が前のめりになった。通り過ぎざまに転ぶ真似をする予定だったのに、足元の段差に引っかかって私は本当に転んでしまう。

 痛みを堪える私の横を、横を色とりどりのドレスの裾が、『田舎者』『こざる』と囁いて含み笑いを残して通り過ぎる。

 遠ざかる足音を聞きながら、頬を大きく膨らませる。
 派閥同士の状況は『旧国派』も増えて、少し良くなってきていると思ってた。まさか、私を助ける人は誰もいないなんて、まだまだ溝は深かったようだ。

 ゆっくりと体を起こして、座り込んだ状態でドレスの汚れを払う。
 作戦は大失敗。失敗というよりも、『旧国派』のプランク男爵の恋は、『教会派』との派閥の前では初めから成立しないものだったのかもしれない。

 寂しい気分で息を吐くと、遠くから近づいてくる足音が聞こえた。振り返るとえんじ色のドレスの令嬢が、マナー違反なのに走って来るのが見える。
 側まで来ると、申し訳なさそうにパメラ様が視線を落とす。

「臆病で、ごめんなさい。本当なら、すぐに助けてあげなくてはいけないのに」

 そう言って、水に濡らしたハンカチを手に私の前に膝をつく。胸に温かいものがゆっくりと広がっていく。

「どこか痛い所はある?」
「少し手が擦りむいたけど、大丈夫です」

 柔らかい手が私の手を取って、冷たいハンカチで優しく拭いてくれる。

「戻って来るときに濡らしてきたの。沁みたりしていない?」
「はい! あの、戻ってきてくれて、私は凄く嬉しいです」

 私につられるように、パメラ様が微笑む。プランク男爵が『恋』をしたのが分かるような、心が温かくなる素敵な笑顔だった。

「本当にごめんなさい。今日は派閥に厳しい方が一緒で、直ぐには動けなくて……。信じて貰えないかもしれないけれど、転んだ貴方を他にも沢山の方が気にしていたの。子供の貴方に言い訳するのは、大人として恥ずかしい。だけど、情けない大人の私たちを許して貰えたら嬉しいわ」

 確かに、シルヴィア二妃様のお茶会なら強硬な『教会派』はきっと多い。『教会派』が窮屈なのは想像ができたから、パメラ様の目を見て私はしっかりと頷く。

「はい。信じます。でも、パメラ様は戻ってきて大丈夫なのですか?」

 驚いた様にパメラ様が瞳をまたたく。名乗り合っていないのに、私は名前を口にしてしまっていた。

「ええ。私は良く忘れ物をするから、それを口実に離れて来たから大丈夫よ。でも、どうして私の名前を知っているの?」
「はい。たまたま、誰かに聞いたことがあるんです。あの、もう大丈夫です」

 立ち上がって、軽く飛び跳ねる。安心したように頷いたパメラ様に別れをつげる一礼をして、私は西棟の方へと歩き出す。
 途中でこっそり振り返って、戻っていくパメラ様の背が見えなくなったらレナート王子のいる茂みに走って戻る。

「やりました!! 結果的には大成功です! 上手くいかなかった時は、派閥の溝はやっぱり深いって思いました。だけど、そんな事はなかったんです。まだ、厳しい人も沢山いるけど、手を取れる可能性は確かに広がっています」

 ちょっと興奮気味に話す私の手を、嬉しそうにレナート王子が掴んで立ち上がる。

「うん。派閥なんていつか必ず関係なくなる。そうなる未来を僕も望んでる」

 私の手を力強く引いて、レナート王子がプランク男爵の元を目指して走り出す。

 プランク男爵の元に戻ると、程なくしてデュリオ王子も戻ってきた。通り道に枯葉をばら撒いたり、色々な悪戯をして、無事にパメラ様の進路を西棟から迂回する道に変えられたらしい。

 私たちは無事に全ての役目を終えたのだけど、問題はプランク男爵だ。

「ほ、本当にパメラ嬢が、来るんですよね? そ、それで私が……。ちょっと待ってください! 心の準備がまだ!」

 プランク男爵が茂みの中で頭を抱える。あとはパメラ様と出会った花の前で贈り物を渡すだけなのに、一向に動く気配がない。
 苛々した様子でデュリオ王子が口を開く。

「おい、プランク! ここまで来て何を怖気づくんだ! もう、面倒だ。魔法で俺が無理矢理に――」

 手首を捻ったデュリオ王子の腕をレナート王子が抑える。

「駄目だよ、デュリオ。協力した僕らは結果を求めたくなるけど、最後の決断を強制したらいけない」

 プランク男爵がレナート王子の顔を見上げて気弱に首を振る。

「そうですよね。私が……私が決めないといけない。正直に言えば、思う事に迷いはないんです。だけど……やはり考えてしまうんです。『旧国派』の私が思を寄せる事は、『教会派』の彼女にとって良い事なのか」

 一度私の前を通り過ぎたパメラ様の言葉を思い出す。
 派閥の問題に厳しい人がいて、私をすぐに助ける事が出来なかったと言っていた。そんな状況で『旧国派』のプランク男爵と想いが通じ合って幸せなのか。同じ事を想ったのか一瞬、レナート王子も苦し気に顔を顰める。
 そんな中で、デュリオ王子が冷たくいい放つ。

「だったら、やめろ。『旧国派』『教会派』の溝は深い。ここで戸惑っていたら、結ばれてもお前はパメラを守れない」

 厳しい言葉だけど、事実だと思う。だからこそ、しっかりと考えて決断して欲しかった。
 俯いたプランク男爵が、拳を強く握りしめる。

「守れない……。そうですよね。この先の方がもっと大変かもしれないのに……。贈り物を彼女に用意した時には、もう大変だと私だって分っていたんです。でも、結ばれたいと思ったから、こうして持ってきた」

 迷いの消えた顔でブランク男爵が、レナート王子とデュリオ王子の前に跪く。

「いつか、この国の派閥の壁を無くして下さいますか? 私の『恋』が上手くいったなら、その日まで私は彼女を全力で守っていきます」

 レナート王子が無言で手を差し出してブランク男爵を立たせると、デュリオ王子がその背を押す。

「恐れるな! お前の『恋』を、この国の二人の王子が応援している。案ずることはない。レナートが『王』となり、派閥の壁を未来には必ずなくす」

 レナート王子が驚いたような顔でデュリオ王子を見る。『旧国派』であるプランク男爵も驚いた様に目を瞬く。
 二人の眼差しを受けて、レナート王子を『次代の王』と明言したデュリオ王子が苦笑いを浮かべる。

「レナート、必ず叶えるとプランクに約束してやれ。俺は『王』になるお前を助けて、必ず叶えると約束する」

 目を閉じて空を仰いだ後に、凛々しく胸を張ったレナート王子がブランク男爵に微笑む。

「僕が王になったなら、必ず『教会派』も『旧国派』も共にいられる国を目指します。今日のように、いつものように、デュリオとリーリアもきっと力を貸してくれる。ならば、きっと僕は何でも叶えられるでしょう。だから、ブランク男爵、貴方も頑張ってください」

 噛み締めるように頷いたブランク男爵が、一礼してから故郷の花の前に向かった。
 希望、願い、喜び、そして不安と恐れ。胸に込み上げた混じりあう想いを、一つにする名を私は知らない。ただ、気付けば胸の前で手を組んで、そうあって欲しいとひたすら願い続けていた。

 遠くの角を見ると、えんじ色のドレスが見えた。

「来ました」

 小声で叫ぶように言うと、二人の王子の手が私の口を塞ぐ。

「「静かに」」

 作戦の終わりを私たちは、身を固くして見つめる。
 ブランク男爵が、緊張した顔でパメラ様を待つ。パメラ様は少しだけ頬を染めて俯いて歩いてくる。近くまで来ると、ブランク男爵の唇が動いてパメラ様が足を止めた。

 距離が遠すぎて二人の声が聞こえない。それがもどかしい。

 一言、二言、三言、四言。ブランク男爵とパメラ様の唇が動いて、短い会話を重ねるのが分かる。
 突然、パメラ様が手で顔を覆ってしまう。

 何が起きたのかと、私達は揃って少し前のめりになる。

 視線の先でブランク男爵が、ポケットからあの小さな贈り物を取り出した。息をのむ私たちの視線の先で、手で覆った顔を上げるたパメラ様が真っ赤な顔で微笑む。

 二人の王子の手の下で、成功を確信した私が声を上げる。

「やっ――ふう」

 口を押える手が強くなって、宥めるようにレナート王子が微笑んで私の髪を梳き、デュリオ王子が嬉しそうに私の髪をくしゃくしゃにする。

 贈り物を手にしたパメラ様とブランク男爵が二人で並んで歩き出す。静かに見守っていたら、ブランク男爵が角で一度立ち止まった。身を翻すと私達がいる茂みに向かって丁寧な一礼をする。
 
 二人の姿が完全に見えなくなって、漸く私の口が王子様達の手から解放される。

「やりました!! あれって、絶対に大成功ですよね!」
「ああ。俺たちのお陰だな」

 デュリオ王子が胸を張る。その姿に目を細めたレナート王子の眦から、一筋の涙が零れ落ちた。

「あれ? なんだろ? 僕、凄く嬉しいみたいだ。『教会派』と『旧国派』の二人が一緒になって、凄く凄く嬉しくて、嬉しくて、苦しい」

 胸を押さえたレナート王子の頬を、涙が絶え間なく濡らす。デュリオ王子が慌てて首を抱えるように、レナート王子の肩を抱く。

「馬鹿! なんで泣くんだ」
「ごめん……。ごめん……。分からないけど、すごく嬉しいのに苦しい。僕たちは、これからも一緒にいられるよね? 何があっても、きっと未来でも三人でいられるよね?」

 レナート王子の綺麗な紫色の瞳が、壊れたようにはらはらと涙をこぼし続ける。
 どうしたらいいのか分からなくて、私はレナート王子の涙を両手で掬って瞳を覗き込む。

「大丈夫です。約束します。何があっても、三人はずっと一緒です。離れる時があったとしても、それは『また、いつか』の時間です。だから、必ず元に戻ります。私はそうであれるように、いつだって頑張ります」

 レナート王子が私を片手で抱き寄せる。その手が小さく震えているのが分かって、胸が苦しくなる。

「リーリア。約束だよ。何があっても『また、いつか』と思っていてね。僕は、君たちと一人だけ違う。本当は、君たちと一緒にいられない立場だ。それでも、それを知っても。僕はリーリアとデュリオと一緒に居たい」

 苦しそうな声に、この苦しみは何処から来るのだろうと不安になる。
 初めて会った時から、レナート王子が儚げな顔に悲し気な表情を時折浮かべる事には気づいていた。年を追うごとに、回数が増えている事にも私はちゃんと気付いていた。

 もっと何かしてあげるべきだったのか。

 多分、一番レナート王子を悩ませている王位継承の問題も派閥の問題も、追う側のデュリオ王子よりも追われるレナート王子の方が圧倒的に負担が多い。
 でも、この問題だけは私にもデュリオ王子にも、手を伸ばしても助けてあげる事ができない。

 どうしたらいいのか、尋ねようと口を開く。

「レナート王子、私――」

 言葉を高い女性の悲鳴が遮る。

「いやあぁあ! やめて! やめて! レナートに近づかないで!」

 振り返ると真っ青の顔をしたシルヴィア二妃が駆けて来るのが見えた。
 
「母上様、違うんです! 大丈夫なんです!」
 
 レナート王子が慌てたように、私から手を放して背中に庇う。デュリオ王子もレナート王子の首から手を放す。だけど、言葉が耳に届いていなかったように、シルヴィア二妃がデュリオ王子を突き飛ばした。

「デュリオ!」
「デュリオ王子!」

 倒れたデュリオ王子に慌てて駆け寄る。身を起こしたデュリオ王子が、レナート王子を守るように抱きしめたシルヴィア二妃を睨む。
 その眼差しから逃げるように、シルヴィア二妃がレナート王子の手を強く引いて去っていく。

「シルヴィア二妃!! 待ってくれ! 俺は、俺たちは――」

 いつも穏やかな印象しかないシルヴィア二妃が、暗く厳しい眼差しでデュリオを見て叫ぶ。

「近づかないで! お願い、レナートを殺さないで!」

 レナート王子が真っ青な顔でシルヴィア二妃の腕を掴む。

「デュリオ、ごめん! 母上様、デュリオは僕の――」
「だめよ、レナート! 怖いのよ。あの女の子供が、母は怖いの。もう貴方を失いたくない。その母のお願いをどうして聞いてくれないの? あの子とだけは、遊んでは駄目だと何度も言ったのに」

 静まり返った中で、あの嫌な噂が頭をよぎる。
 カミッラ正妃はシルヴィア二妃に毒を盛った。お腹の中にいたデュリオ王子を第一王子にする為、お腹の中にいたレナート王子を殺そうとした。

 レナート王子がうな垂れて、デュリオ王子が唇を噛む。引きずられる様に遠ざかるレナート王子の名前を、どうしていいか分からずに私が叫ぶ。

「レナート王子!」

 レナート王子が顔を歪めて、私とデュリオ王子の名を必死に叫ぶ。
 
「リーリア! デュリオ! リーリア! デュリオ! ……『また、いつか』約束だよ!」

 それが今の終わりを伝えた言葉だと、はっきり分かった。でも、まだずっと終わりたくない。

「待って下さい、レナート王子!」

 駆けだそうとした私の腕を、デュリオ王子が掴んで止める。

「追うな。今は無理だ」

 今は無理。ならば、いつなら許されるのか。
 私達を大人の世界が飲み込もうとしている事には、少し前からもう気づいている。でも、私たちは変わらずに仲が良かったから、気付かない振りをすればずっと続くと思っていた。
 今、手放したら永遠に失われそうで怖い。

 デュリオ王子がレナート王子に向かって大きな声で叫ぶ。

「レナート、『また、いつか』!」

 『また、いつか』。ほんの少し前に交し合った約束が小さく希望を灯す。私もレナート王子に向かって慌てて叫ぶ。

「約束です、レナート王子! 『また、いつか』です!」

 遠くなっていくレナート王子に届いただろうか。
 歪んだ視界の中で、私は泣きながら何度も『また、いつか』と呟き続けた。

 十四歳のこの日、三人が一緒に過ごした子供の時間が終わりを告げた。 
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