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転移
9 焦る俺
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旭は膝を抱えていた。何処とも知れぬ大きなキングサイズのベッドのある、貴賓室のような清廉でありながらも豪華と言える部屋の片隅で。
目が覚めたらこの部屋のベッドに寝かされていた旭は混乱した。いつの間にか寝ていた事もそうだし、寝てしまう前に見た場所とはまた違う所に居る事に。
目覚めてすぐ、朔を探しに行こうと扉へと向かったものの木製の観音開きになるのであろうそれは固く閉ざされており、ドアノブを回しても両手で何度殴ろうとも開かれる事は無かった。
窓はあったが高い位置にある部屋のようで、窓からの脱出も不可能で。部屋を物色している間に、同じ服――深い赤を基調としたクラシックなメイド服のような物だ――に身を包んだ白いエプロンの女性達が何度かやって来て話しかけてきたが旭にはやはりちっとも言葉が理解できないままだし、部屋の外に出ようとすれば邪魔をされて部屋に押し込められてしまい、今に至る。
「朔……お前、何をされてるんだ…。」
俯かせていた顔を上げ、両手を見下ろす。
その両手は見た目には何も変化が無いのに指先だけがじんじんと熱を持っていて、いつしか足の爪先も指の一本ずつ熱を帯びていっていた。この謎の現象には慣れていて、旭には朔から伝わってきているものだと気付いていた。その感覚に、旭は恐怖で身を縮こまらせていたのだ。
旭も朔も、正常であれば頭の回転は早いと言える。だからこそ旭はこの熱の意味するものに気付いてしまった。
普通に過ごしているだけならば、手足の爪先だけが熱を帯びる事が無い。しかし、旭の置かれたこの状態はどう言い繕っても普通とは言えない。
常ならば、触感だとかそういった感覚は相手から、又は自分からは片割れに伝わることは無い。あるのは痛覚ぐらいなものだ。だから朔が風呂に入ってて自分もあったかいだとか、自分がプールに入って朔まで冷たいとか、そんな事は無い。
なのに今は、熱が伝わってくる。要するに、それ程感覚が鋭敏になっているという事だ。
旭は何度も、いや違う、そんな筈は無いと頭で否定するが、そう考えた方が説明がついてしまう。――最愛の片割れは今、自分を閉じ込めている謎の集団から、生爪を剥がされるという拷問を受けているのだろう、と。
痛くはない、痛くはないがそれは朔が必死になって感覚を遮断しようとしているからだ。しかし余程の激痛なのか、遮断しきれず熱が飛んできている。
自分のみが貴賓室のような場所に居るのに、朔は拷問されているのは何故?
朔が連れ去られた時にはまだ気を失っていた旭には、自分達の身に何が起こっているのか判断するための材料が圧倒的に不足していた。それがまた、恐怖を加速させていく。
『神子様…そのような隅におられますと、体に障ります。』
旭は離れた場所から声をかけてくる女の言葉には反応しない。
目が覚めたと知られてから扉の近くに女性が複数人待機するようになったが、旭にはどの道彼女等の言葉は伝わらないし、朔を酷い目に遭わせている奴等の仲間だと思うと気を許せる筈も無かったからだ。手負いの獣のように警戒し続けている。
――ふと、唐突に。旭の肩がびくりと震わせられた。目を見開き、額に汗を滲ませる。
「……っそだろ…!」
『神子様…?ご気分が優れないのですか?』
本来なら有り得ない違和感。突然自分を襲った数々の痛みにも勿論だが、それよりも嫌悪感で吐き気すら湧き上がり、思わず右手で口元を押さえて嘔吐く。
一通り落ち着くと旭は立ち上がり、すぐ近くにあったスタンドライト――コードが無かったので充電式なのだろうか?――を掴むと女性達に向かって構える。
フェミニストとして育てられてきた旭達であるが、しかし彼等の最優先は片割れたるお互いだ。集団は自分には敵意は無さそうだがそんなのは旭に関係無い。朔が理不尽な責め苦を受けているという事だけで旭には我慢などしきれる筈が無かった。
「お前等…ッ、そこまでやるか!?朔が何をしたって言うんだ!」
『私共は何もしておりません、落ち着いてくださいませ!』
『衛兵!神子様がまたご乱心なされたわ!』
吐き気の理由。それは、朔が気を抜いてしまったのだろう、ほんの一瞬であったが朔から伝わってきた、ずっと熱を持っていた手足の爪先から両腕と両脚、腹部や顔等、至るところからの痛み…そして、そんな痛みに紛れて男であれば有り得る筈の無い場所からも痛覚が伝わってきた。伝わってしまった。
一瞬であろうとも、旭には朔が何をされていたのか知るのに充分で。しかもその痛みは、その時始まったものではないと旭は気付いた。その行為は、大分前から続けられていたものだと。
自分達は遺伝の影響か何なのか、見た目こそ派手ではあるがごく普通の高校生であった。それが通学中に謎の光に包まれたかと思えば気付けば訳の解らない集団に囚われていて。片割れと離れ離れにされた挙句が、これだ。
旭は泣いた。怒りなのか、悲しみなのか、色々な感情が旭の中で渦巻いている。
慌てたように、鎧を身に纏った者達が入ってきた。それは最初に見た白い鎧ではなく、銀色に鈍く光る、胸と肩、腰周りといくらか軽装に見えるものであった。
しかし頭に血が上っている旭にはそんな些細な事はどうでも良かった。両手でスタンドライトを振り上げるとどう見ても男な彼等に向かって遠慮無くそれを投げる。
「くそ、くそ…っ!朔を探しに行かなきゃいけないのに…!」
視界の邪魔をする涙を何度も拭う旭。しかし、その目から流れる涙がとどまる事を知らない。
拭っても拭っても、自分が泣いているという感覚すらないのに、鼻がツンとしてゴミが入ってきたかのように目が痛む。
『神子様!?』
「――…あ…?」
ふと、謎の集団の驚きの声が上がり旭の動きも止まる。
旭が自分の両手を見下ろすと、そこは真っ赤に染まっていた。
目が覚めたらこの部屋のベッドに寝かされていた旭は混乱した。いつの間にか寝ていた事もそうだし、寝てしまう前に見た場所とはまた違う所に居る事に。
目覚めてすぐ、朔を探しに行こうと扉へと向かったものの木製の観音開きになるのであろうそれは固く閉ざされており、ドアノブを回しても両手で何度殴ろうとも開かれる事は無かった。
窓はあったが高い位置にある部屋のようで、窓からの脱出も不可能で。部屋を物色している間に、同じ服――深い赤を基調としたクラシックなメイド服のような物だ――に身を包んだ白いエプロンの女性達が何度かやって来て話しかけてきたが旭にはやはりちっとも言葉が理解できないままだし、部屋の外に出ようとすれば邪魔をされて部屋に押し込められてしまい、今に至る。
「朔……お前、何をされてるんだ…。」
俯かせていた顔を上げ、両手を見下ろす。
その両手は見た目には何も変化が無いのに指先だけがじんじんと熱を持っていて、いつしか足の爪先も指の一本ずつ熱を帯びていっていた。この謎の現象には慣れていて、旭には朔から伝わってきているものだと気付いていた。その感覚に、旭は恐怖で身を縮こまらせていたのだ。
旭も朔も、正常であれば頭の回転は早いと言える。だからこそ旭はこの熱の意味するものに気付いてしまった。
普通に過ごしているだけならば、手足の爪先だけが熱を帯びる事が無い。しかし、旭の置かれたこの状態はどう言い繕っても普通とは言えない。
常ならば、触感だとかそういった感覚は相手から、又は自分からは片割れに伝わることは無い。あるのは痛覚ぐらいなものだ。だから朔が風呂に入ってて自分もあったかいだとか、自分がプールに入って朔まで冷たいとか、そんな事は無い。
なのに今は、熱が伝わってくる。要するに、それ程感覚が鋭敏になっているという事だ。
旭は何度も、いや違う、そんな筈は無いと頭で否定するが、そう考えた方が説明がついてしまう。――最愛の片割れは今、自分を閉じ込めている謎の集団から、生爪を剥がされるという拷問を受けているのだろう、と。
痛くはない、痛くはないがそれは朔が必死になって感覚を遮断しようとしているからだ。しかし余程の激痛なのか、遮断しきれず熱が飛んできている。
自分のみが貴賓室のような場所に居るのに、朔は拷問されているのは何故?
朔が連れ去られた時にはまだ気を失っていた旭には、自分達の身に何が起こっているのか判断するための材料が圧倒的に不足していた。それがまた、恐怖を加速させていく。
『神子様…そのような隅におられますと、体に障ります。』
旭は離れた場所から声をかけてくる女の言葉には反応しない。
目が覚めたと知られてから扉の近くに女性が複数人待機するようになったが、旭にはどの道彼女等の言葉は伝わらないし、朔を酷い目に遭わせている奴等の仲間だと思うと気を許せる筈も無かったからだ。手負いの獣のように警戒し続けている。
――ふと、唐突に。旭の肩がびくりと震わせられた。目を見開き、額に汗を滲ませる。
「……っそだろ…!」
『神子様…?ご気分が優れないのですか?』
本来なら有り得ない違和感。突然自分を襲った数々の痛みにも勿論だが、それよりも嫌悪感で吐き気すら湧き上がり、思わず右手で口元を押さえて嘔吐く。
一通り落ち着くと旭は立ち上がり、すぐ近くにあったスタンドライト――コードが無かったので充電式なのだろうか?――を掴むと女性達に向かって構える。
フェミニストとして育てられてきた旭達であるが、しかし彼等の最優先は片割れたるお互いだ。集団は自分には敵意は無さそうだがそんなのは旭に関係無い。朔が理不尽な責め苦を受けているという事だけで旭には我慢などしきれる筈が無かった。
「お前等…ッ、そこまでやるか!?朔が何をしたって言うんだ!」
『私共は何もしておりません、落ち着いてくださいませ!』
『衛兵!神子様がまたご乱心なされたわ!』
吐き気の理由。それは、朔が気を抜いてしまったのだろう、ほんの一瞬であったが朔から伝わってきた、ずっと熱を持っていた手足の爪先から両腕と両脚、腹部や顔等、至るところからの痛み…そして、そんな痛みに紛れて男であれば有り得る筈の無い場所からも痛覚が伝わってきた。伝わってしまった。
一瞬であろうとも、旭には朔が何をされていたのか知るのに充分で。しかもその痛みは、その時始まったものではないと旭は気付いた。その行為は、大分前から続けられていたものだと。
自分達は遺伝の影響か何なのか、見た目こそ派手ではあるがごく普通の高校生であった。それが通学中に謎の光に包まれたかと思えば気付けば訳の解らない集団に囚われていて。片割れと離れ離れにされた挙句が、これだ。
旭は泣いた。怒りなのか、悲しみなのか、色々な感情が旭の中で渦巻いている。
慌てたように、鎧を身に纏った者達が入ってきた。それは最初に見た白い鎧ではなく、銀色に鈍く光る、胸と肩、腰周りといくらか軽装に見えるものであった。
しかし頭に血が上っている旭にはそんな些細な事はどうでも良かった。両手でスタンドライトを振り上げるとどう見ても男な彼等に向かって遠慮無くそれを投げる。
「くそ、くそ…っ!朔を探しに行かなきゃいけないのに…!」
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拭っても拭っても、自分が泣いているという感覚すらないのに、鼻がツンとしてゴミが入ってきたかのように目が痛む。
『神子様!?』
「――…あ…?」
ふと、謎の集団の驚きの声が上がり旭の動きも止まる。
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