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第1章
知りたくなかった
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部屋の電気もつけずにベッドの上で蹲っていたところに、携帯が鳴った。画面には、南城真由子の五文字。すこし迷ったが、出る気にはなれず、チカチカと光りながら音楽をならし続ける携帯をぼんやりと見つめる。
真生が小学校に入る直前に事故で父親が死んだ。南城家の長男、つまり後継ぎであった父親の死後、南城家の中でその妻真由子の居場所はなくなっていった。
真生を連れて家を出ることは許されず、かといって引き離されることには耐えられない。段々と追い詰められていく真由子はほぼ毎晩、真生を抱き締めたまま何時間も泣いた。
肩に零れてくる水滴が冷たくて、その泣き声が耳に刺さるように痛くて、苦しい。その感覚が今も真生を縛り付けている。
あそこで間違えちゃったのかなぁ...
今にも壊れそうな母親が怖くて、理久の両親のところへ行き、助けを求めた。
『母さんに意地悪しないでっ、優しくして...お願いします......』
『母さんのこと、助けてあげて......なんでもするから...』
...俺、あの頃から思考回路変わってないのか
お願いを聞いてあげるから、と言われて理久の父親と寝た。その言葉通り、理久の両親は態度を和らげて真由子にとても良くしてくれた。
それ以来、真由子の居場所を守るためなら、どんなことでも言われたことに従うようになった。始めは理久の父親の、それから段々と理久自身の言葉が真生にとっての絶対になっていった。
最近の電話越しの真由子は楽しそうで安心する。けれど、今はその明るい声を聞く勇気がない。自分の選択によって守れたものに安堵すると同時に、切り捨てたものへの罪悪感と喪失感で押し潰されてしまいそうだ。
石川くん......会いたい、な...
でももう無理だよね。俺にその資格はない...
そうでなかったとして、今まで通り普通に話せるだろうか。女の人と付き合っていたということは真生はそういう対象にはなれないということだ。
別に付き合いたいとか好かれたいとか、そんな身の程知らずなこと願ってた訳じゃないけど......
けどっ...
じゃあなんで抱き締めたの...なんでキスしたの......
どんなに抑えても抑えきれずに膨らんでいた期待が一気にしぼんでいく。空しくて痛くて、その押し殺せない思いのやり場がわからない。
知りたくなかった。優しい言葉をかけられる心地よさも、誰かとはしゃぐ楽しさも、そばにいるだけで胸が高鳴るような愛しさも。知らなければ、手に入らなくても嘆くことなんかなかったのに。苦しくなんかなかったのに。
知ってしまった今、もう逃げられない。一人であることの不安を、満たされない渇きを、全身で受け止めるしかない。ただただ耐えるしかないのだ。
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