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第1章
ピアノの音
しおりを挟む入学から二週間、特に問題も起こらず順調に過ごしていた。普段は佐倉と佐々井といる時間が長い。高等部から入ってきてわからないことの多い拓斗のフォローをしてくれるし、基本的に気が合う。二人とはうまくやっていけそうだと思っている。
「うわっ、タク、その荷物どうしたの!?」
「廊下ですれ違った先生にしまっておけって教材押し付けられた」
「あー、嶋先生か。あの人、人使い荒いんだよねー。手伝うよ」
「いや、大丈夫。佐々井、このあと部活でしょ?気にしないで行ってきて」
「そう?じゃあお言葉に甘えて...行ってきます!」
そう言って走り出す佐々井の背中に、またあとで!と声をかけながら、やっぱり急いでたんじゃんと笑う。
手元の教材の詰まった箱に目を落とし、小さくため息をつく。軽い気持ちで引き受けたが、ここに持っていけと言われた社会科資料室が別館であることを知らなかった。
遠すぎだろ...
もう一度ため息をつき、箱を抱え直してから歩き出した。
別館は日常的に使われるような教室は入っていなく、ほとんどが資料室のようでシーンとしていた。
入り口で社会科資料室の位置を確認して、廊下を進むと目的の教室の方から微かに音が聞こえてきた。
...ピアノ?
軽やかな明るい曲。埃っぽい建物には不似合いな音が響いている。近づいてみると、ピアノの音は社会科資料室ではなく、そのとなりの部屋から聞こえていた。
誰が弾いているのか気になってそっとドアを開けると、見覚えのある背中が目に入った。ゆっくりと音をたてないように部屋に入る。
部屋のなかは物で溢れていた。本や楽譜が無造作に積まれて床を埋め尽くしている。ただピアノの回りだけは物が避けられて、乱雑な部屋の中できれいな音を奏でるその楽器だけが浮いて見えた。
窓から入ってくる夕方の日の光に照らされた姿に思わず息をのむ。
拓斗が入ってきたことには気づかずにピアノを引き続けている背中をドアの前に立ったまま見つめていると、突然曲のテンポが落ちた。同じ曲のはずなのに軽やかさは消え、苦しそうに聴こえる。鍵盤をたたく指の動きはどんどん重くなっていき、やがて止まってしまった。
その背中は震えているようだった。鍵盤に乗せていた手を降ろして、代わりに伏せるように頭を鍵盤にもたせる。
不協和音が部屋に響く。
その不協和音が鳴り止むのを待ってから、口を開いた。
「なんで泣いてるんですか...?真生先輩」
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