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群馬は草津の垢嘗退治
恵麗奈の両親
しおりを挟む恵麗奈の部屋は予想に反して非常にシンプルだった。お姫様のような内装をイメージしていた美憂だったが、実際にはベッドや机、クローゼットに姿鏡といった最低限の物しか置かれていない。
パッと見では一人暮らしを始めた女子大生の部屋のようだ。ただ置かれる家具はさすが鳳凰院家で、美憂のような一般人でも一目で高級だと分かる上質な物が使われている。
ベッド脇にあるナイトテーブルには写真立てが置かれていて、その近くには記憶に新しいわんこそばの完食記念手形も飾られていた。
「あんまり見られると恥ずかしいのですが」
「ごめんごめん。なんかイメージと違ったからつい」
「美憂はわたくしの部屋に対してどんなイメージを持っていたのかしら?」
「なんていうか、ほら。天蓋付きベッドとか、机は大理石製とか。あと大量の薔薇とか飾られてそう」
「そんな重そうな机は不便すぎですわ」
確かに突発的に模様替えをしたくなった時なんか、あまりの重さに途方に暮れそうだ。
「ところで今日はどうしたの? お昼食べてないからお腹すいたんだけど」
「それが呼び出したのはわたくしじゃなくて」
「僕が恵麗奈に呼び出してもらうようにお願いしたんだ」
後ろから聞こえてきた第三者の声に振り返ると、そこには長身で優しげな笑みを浮かべる男性がいつの間にか立っている。
「お父様! ノックもなしに部屋に入るなんてありえませんわよ!」
「ごめんよ恵麗奈。綾瀬からお客様が到着したと聞かされて、居ても立っても居られなくてさ。初めまして亜澄さん。僕は恵麗奈の父親の鳳凰院統爾だ。突然呼び出してすまなかったね。お詫びといってはなんだけど、お昼はこちらで用意するから是非食べて行ってほしい」
「あ、え……? は、初めまして亜澄美憂です」
突如日本随一の大富豪が目の前に現れ、美憂は動揺から変などもり方をしてしまった。苦し紛れではあるが何とか挨拶を返すと、それを統爾は可笑しそうに笑う。
「あっはっは。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕のことは友人の父親として気楽に接して貰って構わない。それにしても亜澄さんは恵麗奈が言う通り本当に可愛らしいね。知っているかい? 恵麗奈は最近口を開けば君の話を」
「お父様! とりあえず出て行ってくださいまし! ここは淑女同士のプライベートな空間でしてよ!」
「おお怖い。それじゃあ先に食堂で待っているよ。お昼は既に用意してあるから二人も早く降りてきてね。そこでロゼの紹介もしよう」
顔を真っ赤にした恵麗奈に背中を押されて甚爾は肩をすくめながら追い出されて行った。
天下の鳳凰院といえど家族同士の関係は普通の家庭と似たようなものらしい。知られたくないことをズカズカと言ってきた統爾の様子なんて、娘に構ってほしい父親そのものであった。
「ロゼというのは恵麗奈のお母さんかな?」
今はこの気まずい空気を何とかするのが先決だ。とりあえず統爾の口から出てきたロゼというワードが何かを美憂は聞いてみることにした。
「ええ。その通りですわ」
「やっぱりそうなんだ。なんというか、恵麗奈のお父さんって面白い人だね」
「――ですから」
「え?」
「お父様の話は嘘ですからね! わたくしは美憂の話ばかり話しているなんて嘘です! わんこそばを三十五杯頑張って食べてたなんて話してませんわ!」
「う、うん、分かった」
統爾はそこまで言ってなかったし盛大に自爆してるのではと思った美憂だったが、話がこじれても面倒なので黙っておいた。
未だ怒りの収まらない様子の恵麗奈に連れられて食堂へと向かう。道中に飾られた絵を見て、某イタリアンレストランチェーンに似ていると思う辺り庶民丸出しである。
「お待ちしておりましたお嬢様。亜澄様。中で旦那様と奥様がお待ちです」
「ありがとう路葉」
大きな扉の前に立っていた路葉に挨拶をされながら中に入ると、白いテーブルクロスの引かれた長い机があった。
席にはすでに統爾と恵麗奈から幼さを無くしたような美人が座っていて、美憂は路葉が引いてくれた椅子に座ることになる。
「改めてよくきてくれたね亜澄さん。紹介しよう。妻のロゼリアだ。よく恵麗奈と姉妹に間違えられるんだが、これでも二児の母で実年齢はグフッ」
スッと立ち上がったロゼリアがランウェイを歩くような優雅さで統爾の元へ行くと、余計なことを言うなと言わんばかりに鳩尾へと拳を叩き込んだ。
それを見た美憂は鳳凰院家のパワーバランスを一目で把握した。どうやらこの家の真の実力者は家長の統爾ではなくロゼリアらしい。
「あなたは余計なことを言わないで良いんですよ。初めまして亜澄さん。わたしが恵麗奈の母のロゼリアです」
「初めましてロゼリアさん。失礼ですが本当に恵麗奈のお母様ですか? どう見ても高校生くらいの娘がいるようには思えないんですが」
統爾が姉妹に間違えられると言うのも納得ができる。ロゼリアは本当に若々しくて、どう見ても二十代後半にしか見えない。
あまりの美魔女ぶりに驚いていると、感激したように顔を輝かせたロゼリアは美憂を強く抱きしめた。
「貴女すごく良い子ね! お人形さんみたいで可愛らしいし! ねぇ、美憂ちゃんって呼んでいいかしら?」
「うぷっ! 良いですけど」
恵麗奈も中々な物を持っているがロゼリアはそれを凌駕していた。背の低い美憂はちょうど押し付けられる形となり、大きな二つの塊は小玉メロンほどある。
「お母様。美憂が苦しそうですわよ」
「あら? ごめんなさいね美憂ちゃん。嬉しくてつい」
恵麗奈のおかげで窒息死することは免れた。美憂がフラフラと席に着くと、そっと近づいてきた路葉がその肩をポンと叩いてくる。
スレンダーでスタイルの良い路葉だが、その胸部も中々のスレンダー具合で、それを見た美憂は真剣な眼差しで路葉の目を見る。
路葉も真っ直ぐ見つめ返して二人は一つ頷く。この瞬間二人の心は確かに通じ合った。
「ふふっ。亜澄さんが来てくれたお陰で食卓が華やいだ気がするよ。さて、そろそろ昼食を始めようか。今日は恵麗奈の友達が来たということで、料理長が張り切って作ったみたいでね」
統爾がパンパンと手を叩くと数人の使用人が入ってきて料理を並べてくれる。たしかクローシュと言ったか、皿にかぶせる銀のあれが取られると美しいフランス料理が登場した。
「凄い」
ポツリと呟いた美憂の隣にロゼリアが座った。気がつくと恵麗奈と統爾も近くまで来ていて、せっかくの長いテーブルが半分以上使われていない。
「もう良いでしょ? あなたがかっこつけたいからって離れて座ってたけど、大声で喋らなきゃいけないから疲れるのよね。それに美憂ちゃんの隣で食べたいし!」
「やっぱりお父様の発案でしたのね。普段はあんな風に座らないから変だなと思いましたわ」
「あはは。セレブっぽい所を見せとかないとと思ってね。驚かせてごめんよ。本当は僕たちも普段はこのくらいの距離で食べてるんだ」
一気に団欒感の増した食卓で、三人は笑いながら食事を始めた。それに面を食らった美憂だったが、気にしないようにして三人と同様に料理に手をつけた。
「いただきます」
前菜から始まりスープ、魚料理に肉料理と中々に量が多いがどれも本当に美味しい。そのお陰か話も弾み、最後のデザートを出された頃には美憂もリラックスした状態で恵麗奈の両親と話すことが出来た。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです」
「お口に合ったなら良かった。それじゃあ食事も終わったことだし本題に入らせて貰おうか」
本題とはなんだろう。そう首を傾げた美憂に対して統爾は深々と頭を下げた。驚きながらロゼリアを見ると、彼女も同じように頭を下げている。
「ありがとう亜澄さん。貴女のお陰で明るい恵麗奈が帰ってきた」
「頭を上げてください! それに明るい恵麗奈って」
「美憂ちゃんも事情は分かってるだろうから包み隠さず話すけど、恵麗奈は妖怪を食べなきゃならなくなってから塞ぎ込んでいたのよ。でもそれも当たり前よね、虫みたいな妖怪を食べさせられたんだもの。年頃の女の子なら当たり前だわ」
虫を自発的に食べて平然としていた美憂は苦笑いを浮かべたが、それはともかく今日呼ばれた理由がやっと分かった。
どうやら二人はお礼を言うために招待してくれたらしい。
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