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岩手は遠野の河童退治
悲劇作家の悲劇的な死
しおりを挟む一度大きく叫んだ河童は体勢を低くすると、すり足のような動きで突撃してきた。体が一回り大きくなったというのに、速度は落ちるどころかむしろ上がっている。
「動けませんわよね!? 失礼しますわ!」
闘牛のような河童の迫力に呆然としていた美憂の背中と太ももに手を入れた恵麗奈は、そのままお姫様抱っこの要領で持ち上げると、その場を大きく飛び退く。
ズズン!!!
突進を間一髪避け冷や汗を流した恵麗奈が振り向いた先では、大人二人分はあるような太い木を、たいあたりでへし折っている河童の姿があった。
倒木の鈍い音が響き渡る中で、濛々と立ち上る土煙から、無傷の河童が悠然と姿を現わす。
戦っている時に力自慢なことは分かっていた。事実河童は絡め手よりも力技を好み、恵麗奈はそれを上回ることで優位に事を運んでいたのだ。
しかし今の河童はその時に比べて数段力が上がってるように思える。原因は間違いなく先程飲み込んだ玉だろうが、あれは一体なんなのか。
「美憂、さっきの玉がなにか分かりますか?」
腕の中のパートナーに聞いてみると美憂は唇に曲げた人差し指を当てつつ、視線を下に向けている。それから多分と前置きをして話し始めた。
「あれは尻子玉だと思う。もちろん見たことはないから確実とは言えないけど、河童が持つ玉っていったら、真っ先にそれが思い浮かぶかな」
「尻子玉、ですの?」
「河童が人間のお尻から抜き取るって伝わる架空の玉だよ。御空さんの話で被害者の肛門が開いてたって言ってたでしょ? あれは尻子玉を抜き取った跡だったんだと思う。伝承では尻子玉は魂と同義と言われていて、抜かれると死んでしまうみたい」
「ならあれは源三さんの」
「いや、あれは源三さんのではないと思う」
美憂はチラリと視線を森の隅に向けた。そこは河童が現れた方向で、今も源三の亡骸が無造作に置かれている場所だ。恵麗奈もそちらを見ると、損傷が激しいが美憂が否定した意味が分かった。
「なるほど。ズボンを履いてますものね。魂を抜き取られてなくて良かった、と言うべきなのでしょうか」
「魂って物が本当にあるのか分からないから何とも言えないね。でもこうやって呪いや妖怪なんてものを見たら、あるんじゃないかって思える。だからそれだけは救いだったのかもしれない。失ってどうなるかは分からないけど、取られないに越したことはないはず。さて、さっきは助けてくれてありがとうね。良くなったから降ろしてほしいな」
「でも貴女、まだ顔色が真っ青ですわよ」
「それでもいつまでも抱えてもらってるわけにはいかないから。それにこれ以上時間をかけてはいられないよ」
美憂が指差した先、木々の間から僅かに見える太陽は先程よりも低い位置に降りてきていた。あれでは日が落ちるのも時間の問題、それまでに倒せなければ、暗闇の中で過酷な撤退戦を強いられることになる。
「助けてもらった身で言うのはあれだけど。守られるだけじゃ嫌なんだ。私は胸を張って恵麗奈のパートナーだって言いたい。だから二人で河童を倒そう」
「……分かりましたわ。それならわたくしは前に出ましょう。頼りになるパートナーがサポートしてくれるはずですもの」
「任せて。さっさと終わらせて御空さんに良い報告をしよう」
お互い頷いてハイタッチすると恵麗奈は再び河童の元へ駆けていく。それを見ながら美憂はどうすれば決定打を与えられるか思考を深める。
(猟銃なら致命傷は与えられるだろうけど。……だめだ、残ってる呪力の感じ猟銃は使えそうにない)
扱いに慣れていなかったせいか、御空にとてつもないと称された呪力を全て、さっきの一撃に吐き出していたようだ。
そのおかげで甲羅を砕くほどの威力を叩き出せたのだろうが、間違いなく大量のロスがあった。例えるならば自動車を動かすためにガソリンを入れようとして、燃料タンクに油田一個丸々ぶち込んだかのような。
猟銃一発に全ての呪力を注ぎ込むというヘマをした結果、おびただしい量を溢れさせた訳だが、今はそれを悔やんでいる時間はない。
こうしている間にも徐々になら回復してはいるが、まだ猟銃を打てるほどには溜まっていない。何かないか、例えばそう、弱い力でも致命死になり得るような都合のいい弱点とかは。
「そうか! 弱点!」
そう叫んだ美憂の元に恵麗奈が吹き飛ばされてくる。先程と立場が逆転して劣勢となってしまい、河童の怪力に苦戦しているようだ。
「なにやら叫び声が聞こえましたがアイデアが浮かびましたの?」
宙で体勢を整えスマートに着地した恵麗奈が、何もなかったように話しかけてきた。お嬢様として泥臭い姿は見せたくないのか、そんな努力に若干癒されつつも美憂は短くお願いをする。
「私が合図を出したら少しの間、河童の動きを止められる?」
「分かりましたわ。鳳凰院恵麗奈は亜澄美憂を信じましょう。牛頭鬼! ここが正念場ですわよ!」
信じてくれた恵麗奈を裏切る訳にはいかない。美憂は深呼吸一つしてフードに腕を突っ込む。抜き出された手には古びた化石のような亀の甲羅が持たれている。
これも呪具なのだが、使うには少し特殊な制約がある厄介な代物だ。それでも現状を打破するにはぴったりといえるだろう。
「古代ローマには悲劇的な死を遂げた男がいてね」
誰に、と言うわけでもなく美憂はポツリポツリと話し始めた。薄らと差す木漏れ日がスポットライトのように美憂を照らし、その下で語る彼女の姿は『物語の語り手』として堂に入っている。
「男が生まれたのは紀元前。そんな古の話が現代にまで残るほど強烈な死の原因。彼は地球史に残る不運の持ち主と言っていいだろう。そんな男が死んでしまった原因はそう――」
――毛髪が薄かったから。
ヒゲワシという猛禽類がいる。最大で全長が百センチを超えて、翼を広げれば三メートル近くにもなる大型のワシだが、少し変わった生態がある。
餌となる亀を捕獲すると空高くまで連れ去り、遥か下にある岩に落として固い甲羅を割って食べるのだ。
そんなヒゲワシの中で、古代ローマに生息していた一羽は目が悪かったのだろうか?あるいはおっちょこちょいだったのかもしれない。
よりにもよって男のハゲ頭を岩と見間違えたのだから。
手に持つ亀の甲羅を投げた。すると影のような大きなワシが現れて甲羅を掴むと、遥か上空までぐんぐんと飛び立っていく。
生えている木々は不安であったが、飛び立った際に邪魔だったのか枝を切って落としてきた。すると広がったスポットライトは河童の頭を光らせる。
「恵麗奈! その場所で五秒でいい! 河童を止めてほしい!」
「この時を待っていましたわ!」
先程から素早い動きで真正面からの戦いを避けていた恵麗奈が、河童とがっぷり四つで手を掴み合った。
筋肉が肥大化した河童は恵麗奈と頭二つ分も体格に差がある。苦しげに表情を歪める恵麗奈は、それでも約束を果たそうと叫びながら、その場に足止めし続けた。
その時、上空から何か落ちてくるような空気を割く音が、恵麗奈の研ぎ澄まされた耳に聞こえてくる。
「ではなにが一番の悲劇だったのか。それは男が古代ローマでは有名な悲劇作家だったということに違いない」
あの呪具、『悲劇作家の甲羅』は極めて特殊な発動条件がある。それは対象に指定できるのはハゲ頭のみという、一部の男性にとっては恐ろしい制約だ。
その分必要な呪力は少なく、こうしてガス欠といえる美憂にも扱うことができた。今度から呪力の扱いは気をつけよう。こんな無様を晒す訳にはいかない。
そう決意した美憂の耳に何かが割れる音が聞こえてきた。
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