恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉

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岩手は遠野の河童退治

河童の影と老人

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「はーっ。お嬢ちゃん達は東京から来たのか。そりゃ遠い所からご苦労さんだなぁ」

「ええ。わたくし達はお仕事で来たんですの」

 勇んで駅から出たはいいものの、ガラリとしたロータリーにはタクシーが一台も止まっていなかった。

 肩透かしを食らったような気分になったが、気を取り直して看板に書いてあったタクシー会社に電話をする。

 少し待つと遠くから一台のタクシーが道路を走ってきて、二人の前に止まり後部座席のドアが開いた。

 そこに乗り込んで目的地を告げると、しばらく経って車を走らせる中年の男性運転手が話しかけてきた。

 この男の性格もあるのだろうが、どうやら若い女二人がお客という状況が珍しかったらしい。

 まるで久しぶりに会った親戚のような気さくさで話しかけられて、少し困ってしまった美憂に代わり恵麗奈が会話を担当してくれている。

 お嬢様として夜会で会話スキルを鍛えられたのだろうか?それは単なる美憂の想像でしかないが、なんとなく当たっているような気がした。

 運転手の男も若くて美しい恵麗奈と話せて上機嫌なのか、声も弾みタップダンスを踊るように軽快な言葉を紡いでいる。

「しかしお嬢さん達、あんな所になんの用があるんだ? あそこは地元のオレ達でさえあんまり近寄らない様な場所だよ」

「そこは乙女の秘密ですわ。おじ様なら野暮な詮索はしないですわよね?」

「がははっ! こりゃお嬢ちゃんに一本取られたな! ただ用心してくれよ。大きな声じゃ言えないが、あの付近で最近人が死んだんだよ。それにあそこには源三げんぞうの奴が。おっと、なんでもねえ」

 源三という名を呟いた運転手は、なにか言ってはいけない禁忌を喋ったとばかりに慌てて口を噤んだ。

 ルームミラーをちらりと確認すると、その顔は苦虫を噛み潰したような、なにかを嫌悪しているような表情を浮かべている。

「なんですの? そこまで話されてお預けなんて嫌ですわ」

「うーん。いや、な。地域の恥を晒す様であまり気は進まないんだけど、あそこの森には源三っていう変な爺さんが暮らしてるんだよ」

「まぁ。お一人で住んでるんですの?」

「あぁ。なんでも昔は嫁さんに、まだ小さな一人娘と普通に街で暮らしていたらしい。その頃は今みたいに変じゃなくて、男前で物腰も柔らかいってことで、女から大層モテていたみたいだ。羨ましいねえ」

「あら。おじ様も十分素敵ですわよ?」

「そうかい? お嬢ちゃんみたいな別嬪べっぴんさんに言われたら照れちまうな。おっと! うちの母ちゃんには内緒で頼むぜ?」

 ここまで聞きに徹していた美憂だったが次第に恐ろしくなってきた。それはこれから戦う河童にではなく、恵麗奈のおじさんキラーっぷりにだ。

 狭いタクシーの車内のはずが、美憂にはここが煌びやかな夜のお店に思えてきた。その証拠に運転手はデレデレと鼻の下を伸ばしながら、恵麗奈に対してどんどんと雑談という名の情報提供をしている。

 華のある美少女と社交性という掛け算は、ここまで強力な武器になるのか。美憂は自らのパートナーの頼もしさを感じずにはいられなかった。

「どこまで話したんだったか。ああそうそう。そんな源三はいつだかは知らないが、ある時一人で交番まで駆け込んできたんだ。そしてそこで妙なことを言った」

「妙なこと、ですの?」

「嫁と娘が森でから助けてほしい、と。当然訝しんだ警察だったが、とにかく着いてきてくれと言う源三に連れられて森へと向かった。だが河童はおろか嫁も娘もどこにも見当たらない。家を見ても二人はおらず警察は失踪事件として捜査した」

「でもそうなると」

「お嬢ちゃんの考え通りだと思うぜ。真っ先に源三が疑われた。保険金目的やら、他に好いた女と一緒になるために殺したなんて言われてな。この地には河童伝説があるから、それを口実に使ったと。だが有力な証拠が見つかることなく源三は釈放された。それからだ、源三は妻と娘を攫った河童を殺すと森で一人、暮らし始めたのは。その森がよ」

 運転手は車を止めた。どうしたのかと視線を動かすと、いつの間にか目の前に鬱蒼とした森がある。どうやら話に夢中になってる間に目的地へと着いていたようだ。

「この森だ。話では今も源三はこの森にいるらしい。お嬢ちゃん達がここになんの用があるかは今更聞かないが、噂では源三は狩猟用のライフル銃を持ってるみたいだから本当に気をつけてな」

「ここまでご案内ありがとうございました。それにご忠告感謝致しますわ。ではご機嫌よう」

 心配そうな運転手に代金を渡し二人はタクシーを降りる。そこまで距離はなかったにも関わらず、電車やバスに比べて圧倒的に高い運賃に、美憂は改めて経費でなければ絶対にタクシーを使用しないことを決めた。

「さて、美憂も聞きましたわね?」

 タクシーが去ったのを確認すると恵麗奈は森を見ながら、そう問いかけてきた。

「うん。昔にもあった河童の話と、ライフル銃を持った源三というお爺さん。調査するには少し面倒かもしれないね」

「しかも思っていたより森が広いですわ。急がないと日が暮れるでしょうね。夜の暗さで森は捜索が困難ですし、なにより夜は魔の者が活発になる時間ですから」

 そう。妖怪をはじめとする魔の者達は、夜になるとその力を増大させる。それは河童も例外ではないだろう。ならば夜が来る前に見つけ出して倒さなければならない。

「とりあえず森に入ってみようか。そして河童を見つけられなくても、夕方になる前には切り上げよう。お金は大事だけど命はもっと大事だ。恵麗奈の死までの時間も余裕はある?」

「ええ。全然平気とまでは言えませんが、明日に死ぬことはありませんわね。これが初めての依頼ですもの。美憂の言う通り安全マージンを取りつつ行きましょう」

 かくして二人は森へと足を踏み入れた。少し進むと、ここが入口なのだろうか。アーチ状の看板に風化した文字で『ようこそ! 河童の森へ!』と書かれている。

 その横にはデフォルメされた可愛らしいオスとメスであろう河童が描かれていて、水掻きのついた手にはきゅうりが持たれていた。

「ねえ美憂」

「ん? どうしたの?」

「今から探す河童はあんなに可愛らしい妖怪だと思いますか?」

 その問いかけに美憂はもう一度看板に描かれた河童の姿を見る。二頭身ほどの背に亀の甲羅を背負い、黄色いアヒルのようなクチバシはニッコリと笑顔を浮かべている。

 そして何より特徴的なのはその頭。平たいそこは皿のようになっていて、事前にネットで調べた話ではそこが河童の弱点だという。

 とてもファンシーでゆるキャラとしても通用しそうな河童の姿に、恵麗奈は苦笑するように乾いた笑いを浮かべていた。

「あんなに可愛ければいいね。それなら苦労しなさそうだ」

 美憂が思わず皮肉げに口の端を歪めてしまったのも無理はない。そんなことは絶対に有り得ないのを理解しているのだから。

 御空ほどのやり手の人間が、あんなものに百万円なんて大金をかけるはずがない。きっとその額の重さに比例したものが出てくるのだろう。

「急ごう。私達に残された時間に余りなんてないから。なるべく今日中にケリをつけたい」

 自分はいい、どれだけ時間をかけても。でも由里と恵麗奈の時間は、金より貴重なのだと美憂は唇を噛みしめた。

「ほら。また余裕のない顔になってますわよ。こんな時こそ余裕を持ちましょう。なにせここは向こうの縄張りなんですから」

 縄張り。その言葉がきっかけになったのかは分からない。ただ確かなのは自分たちは所詮都会育ち、森にはうといということだろう。

 小さな足音に気づいた頃には真後ろを取られていた。

「何者だ。そのままゆっくり振り向け」

 少ししゃがれた声が聞こえ隣の恵麗奈の肩が跳ねたのが見える。恐る恐る振り返ると、そこには白髪の眼光鋭い老人が銃を構えてこちらを睨んでいた。
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