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岩手は遠野の河童退治
美憂と牛頭鬼
しおりを挟む「人口が半分に。冗談で言ってる訳ではなさそうですわね」
「うん。呪具っていうのはそれだけ危険なんだ。でも私が魔を払うにはそれを使うしかないから。元々特別な力も、神道や仏道で修行もしてきてない一般人だったしね。恵麗奈はどんな力があるの?」
長々と自分の話をしてしまったが、そろそろ恵麗奈の話も聞きたいところだ。
「そうですわね。聞いてばかりではフェアじゃないですわ。わたくしが妖怪を食べなくては生きられない話はしましたわよね? その対価といえばいいのか分かりませんが、食べた妖怪の力の一部を使うことができますわ」
「え、それは凄いね。食べれば食べるほど強くなるってことじゃん」
「そうなのですが実はまだ片手で足りるほどしか食べてませんの。しかも弱い妖怪でしたので全く強くなれていませんわ。ただ」
「ただ?」
「いえ。これは見てもらった方が早いですわね。牛頭鬼、挨拶なさい」
そう呟いた恵麗奈は気を失うように首を落とす。その瞬間に纏う気配がガラリと変わったことに美憂は気付いた。人の中に魔が混じったような感覚、それも強力な呪具のような、えも言われぬ禍々しさを感じる。
そして変わったのは気配だけではない。濃密な呪いの気にあてられたように、恵麗奈の着る白いドレスが黒く染め上がっていく。
なにより卵みたいにつるりとした恵麗奈の額、そこから黒曜石のような二対の角が生えている。
重苦しいほどの重圧の中で顔を上げた恵麗奈は、彼女らしくない不遜といった表情を浮かべていた。空色の目は鮮血のように真っ赤に染まっている。
「よう。初めましてだな」
凛とした美しい声のまま、ただなぜかほんの少しの嫌らしさを孕んだ声音で恵麗奈は挨拶をしてきた。
「恵麗奈?」
「麗しのお嬢様はおねんね中だ。少し強引に体を奪わせてもらったからな。俺は牛頭鬼。地獄で生まれた鬼だ」
「どうして恵麗奈の中に鬼が」
「まぁそれは後々ゆっくり聞いてくれや。あんまり体を奪ってると怒られちまう。俺はお前と話がしたくて出てきたんだ」
獰猛な肉食獣が獲物を見定めたような壮絶な笑み、それを美しい恵麗奈の顔でやられると、かなりの迫力がある。
「俺が知りたかったのはお前の中身だ。お前の中にいるそれはなんだ? なぜ人の身でありながらそこまでの呪力を発している? 形は非力な女のくせに、俺でさえヒリつくような威圧を感じるなんておかしいんだよ」
「そう言われても私も分からないんだ。そんなに凄いの?」
「ああ。並の妖怪が木っ端に思えるほどの力だな。それどころか神仏と会った時のような、なにか得体の知れない圧まで感じる。それなのに理由が分からないだと?」
「うん。闇みたいな呪いが私の口から入ってきたことは覚えてるんだけど」
「他になにか覚えてないのか?」
「他にって言われてもな。うーん。あ、そういえば」
由里が倒れた日は重く苦しいトラウマであり、決して思い出したいものではない。それでも体に巣食う呪いの正体を知りたいと思い、懸命に思い出していると美憂は一つだけ思い出した。
「なにか思い出したか?」
「あの闇。最初はただの塊だったのに、しばらくして人型に変わった。それに無邪気に笑っていたような気がする」
「なるほどな」
「あの闇の正体が分かった?」
話を聞いて考えるように目を閉じた牛頭鬼は、美憂の問いかけにゆっくりと目を開く。その口が自信を覗かせるように弧を描き、その表情に否が応でも期待が高まる。
「なにも分からん!」
美憂は思わず座席からずり落ちそうになった。分かったのだと期待した時間を返して欲しい。
「人に化けるなんてありきたりだからな。そこから判断するなど不可能だ。だが一つだけ言えるとするならば」
「するならば?」
「お前が共に空亡を追ってくれるのなら俺達は必ずお前の力になる。それはお嬢の考えであるし、俺も牛頭鬼の名において約束する。だからその闇と対峙する時、お前は一人じゃないってことくらいだな」
牛頭鬼はとても鬼とは思えないくらいに真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる。その眼差しに妖怪の言うことなのに、どうしてか信じても良いと思わせる誠実さを感じた。
「鬼のくせに随分と律儀なんだね」
「それだけ空亡のクソッタレをぶっ殺してえんだ。そのためならいくらでも力を貸すぜ。それは俺も、お嬢の中に眠る俺の相方も同じだ」
「恵麗奈の中にはもう一人いるんだ?」
「ああ。いずれ挨拶するかもな。おっと、そろそろお目覚めの時間のようだ。じゃあな小娘。空亡をぶっ殺すまでせいぜい死ぬんじゃねえぞ」
牛頭鬼は最後にそう言い残すと再び気を失うように項垂れる。
「もう! 牛頭鬼ったら急に意識を乗っ取るなんてレディに対する扱いがなってませんわ!」
顔を上げた恵麗奈はご立腹だった。その目はルビーからサファイアに変わっており、地獄の鬼相手に紳士とはなんたるかを目を吊り上げて説いている。
「恵麗奈、だよね?」
「ええ。驚かせてしまいごめんなさい。あれがわたくしの同居人ですわ。もっともここまでデリカシーがないことは初めて知りました」
「なんかもう一人いるんだって?」
「まあっ! それはわたくしが言おうとしていましたのに! つくづく気の利かない鬼ですこと!」
驚かせたかったのに!そう悔しげな表情の恵麗奈を見て美憂はどっと疲れたように息を吐いた。自分も闇を飼っているが、恵麗奈も中々癖のある者を飼っていると知って、なんだか気が抜けてしまったのだ。
「そっちの紹介はいずれしますわ。中々出てこない恥ずかしがり屋なんですもの。とりあえず牛頭鬼の力があれば並の妖怪なら戦えます、貴女のパートナーは中々に強いんですのよ?」
「頼りにしてるよ。私は後方支援が多くなりそうだけど、恵麗奈に前を任せて大丈夫?」
「それこそピッタリですわ! 牛頭鬼は腕っぷしが自慢ですもの。家の庭にある象くらい大きな岩を持ち上げたんですから」
「庭にそんな岩があるってどういうこと……」
鳳凰院家の庭はどうなっているのか疑問が尽きないが、そろそろ目的地に着く頃のようだ。車内アナウンスで呼ばれたのは遠野の前の駅で、二人は降りる準備を開始する。
着いたらタクシーを使う予定だが、駅から目的地はそれほど遠くないと御空から聞いた。ともすれば戦いはもう目前まで迫っている。
呪いに巣食われてから退魔衆の先輩に訓練として手合わせしてもらいはしたが、まともな戦闘は今日が初だ。
極めて特殊な存在になったとはいえ、少し前までは荒事と無縁の女子高生だったのだ。しっかり戦えるのかここにきて不安になる。
足を引っ張れば自分ばかりか恵麗奈までも危険に晒してしまう。昨日まで一人で戦おうと決めていた美憂にとって、今はそれが何よりも怖かった。
すると手がなにか暖かいものに包まれる。それが恵麗奈の手だと気付くと同時に、自分の手が無意識に震えていたことに気づく。
そんな震えを止めるかのように恵麗奈は優しく、それでいて力強く手を握ってくれた。
「大丈夫ですわ。わたくし達は最強ですもの。河童の一匹や二匹鼻歌混じりに倒せますわよ」
「ふふっ。その自信はどこからくるの?」
「あら? いずれは太陽と闇を殺す二人ですわよ。それくらいできて当然ではなくて?」
「そうだね。ありがとう、覚悟できた」
二人なのは怖いんじゃなくて強いんだ。頼りになるパートナーの存在に手の震えは自然と止まった。
(勝とう。恵麗奈と由里のためだけじゃなく、自分のためにも)
電車はその速度を緩めていく。どうやら駅に着いたようだ。電車のドアが開き、そこから降りた美憂の目は力強く光を放っていた。
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