恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉

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二人の出会い

初めての依頼は岩手県

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 どうやら随分と話し込んでいたらしい。中々食べない二人に従業員の女性は困ったように、次の食事を通して平気か聞きにきた。

 そして運ばれて来た食事がどれもこれも美味しいこと。瞳を輝かせながら食べる美憂の姿を、恵麗奈はどこか優しげな眼差しで見ていた。

 その表情には最初に美憂の挨拶を無視した時の刺々しさはなく、視線に気づいた美憂はくすぐったそうに身をよじる。

「そんなに見られると食べにくいんだけど」

「あらごめんなさい。凄く美味しそうに食べるものだから見ていて楽しくて」

「だって美味しいもん」

「まぁ確かにここの食事は美味しいですわね。ただ美憂さんみたいに星を入れたようなきらめく瞳で食べてもらえたら、きっと料理長も嬉しいでしょう。普段は偉そうな政治家相手に提供しているんですもの」

 そう言われて美憂は途端に恥ずかしくなった。星を入れたなんて、そんな少女漫画みたいな表情で食べていたのだろうか。確かに思い返せば最近はお金のことを考えすぎて、まともな食事を取った記憶がない。

「知ったような口を聞くなとおっしゃるかもしれませんが、わたくしがもし美憂さんの妹の立場ならば」

 食事をしながら恵麗奈はそう切り出す。きっと恵麗奈のような美人な妹がいれば、自分は劣等感に押しつぶされていただろうと美憂は容易に想像ができた。

 由里は姉である自分から見ても可愛らしい子だったが、さすがに恵麗奈と比べたら相手が悪すぎる。

「もし助けてくれた姉が虫まで食べるほどの極貧生活を送っていたと知ったらショックですわ。一生負い目を感じるでしょうね。妹さんにそんな思いをさせるおつもりですの?」

「うっ」

「妹さんが目覚めたらわたくしも挨拶する機会があるでしょう。その際にうっかり話してしまうかもしれませんわ」

「脅すなんて卑怯だよ」

「ならせめてまともな食事をしてくださいまし。幸いにもこれからは仕事が出来る。それならこの料亭とまでは言いませんが、美味しいご飯を食べる余裕はできますわよね? 贅沢しろとは申しません。ただ万人が食材と思えるものを食べましょう」

「……分かった。確かに言う通りだね。ありがとう恵麗奈さん」

 恵麗奈の言うことは最もである。今までは虫や食べられる野草といった、無料で食べられるものを見つけていたが、これからはそれを探す時間はないはずだ。ならスーパーで買ってくるしかないだろう。

 今思えば美憂は自分を劣悪な環境に置くことで許しを得ようとしていたのかもしれない。誰にか、それは他ならぬ由里に。

 呪いを解くはおろか、犯人の目星すらつかない不甲斐ない姉で申し訳ない、そう無意識に自分を責め続けていた。

 ただこれからは恵麗奈のお陰で一歩前進できる。まずは家の周りの安いスーパーを見つけることにしよう。

「なぜでしょう。美憂さんの表情から変な考えが読み取れますわ。それと美憂さん」

「ん? なにかな?」

「恵麗奈でいいですわ。これからわたくしと貴女はパートナー。そんな仲に敬語なんて不用ですもの」

「それもそうだね。なら私も美憂でお願い。これからよろしくね恵麗奈」

「ええ。よろしくお願いしますわ。必ず生きて呪いを解きましょう」

 恵麗奈から差し伸ばされた手を美憂は握った。恵麗奈の手は白くスベスベとしていて同じ女性として羨ましい限りだ。

「美憂の手、小さくて可愛いですわ。それに肌が柔らかくて羨ましい」

「それを言うなら恵麗奈の手だってそうだよ。白魚しらうおのような指って、こういうのをいうんだなって思うもん」

「隣の芝生は青いってことですわね」

 そんなことを言い合って箸を進めた。当初の気まずい空気は一切なく、今日会ったとは思えないくらいに打ち解けた二人は、食事を終えて御空の元へと戻る。

「おかえり。どうやら私が想像していた以上に打ち解けたようだね。その様子ならパートナーとして心配いらなそうだ」

「ええ。わたくしと美憂ならどんな相手でも問題ありませんわ」

「頼もしいな。そんな二人に私から社員証のプレゼントだ」

「社員証ですか? それならもう持っていますが」

「それは表向きの会社の方だ。今から渡すのは退魔衆の証だよ。パートナーを得た二人はこれから依頼を受けることができる」

 御空に渡された新しい社員証は警察官に見せたプラスチック製の白いカードとは違い、黒く硬い質感を持った不思議なカードだった。

「それは特注品だから気をつけてね。特別な素材を使ってるから再発行に百万円ほどかかるよ。

「ひゃくっ!?」

 想像以上の額に二人は驚いた。ただ美憂はその高さに驚いたのだが、恵麗奈はそうではないようだ。

「それは安いですわ。見たところこの社員証の素材は妖怪のものですわよね? なら原価はもっとするのではなくて?」

「え、そうなの!?」

「ははっ。さすが恵麗奈くんの審美眼はすごいな。君の言う通りだよ。だから何度も発行するとこちらが大赤字だから、無くさないようにくれぐれもよろしくね」

 美憂は手に持った社員証を改めて見る。すると黒いそれが次第に札束に見えてきて手が震えてきた。無くさないように金庫でも買って保管したほうがいいのではないだろうか。

「あ、それは肌身離さず持っておいてね。退魔衆は影の組織、だからその社員証が名刺であり異能の証でもあるんだ。社員証に書かれているのは名前と、その横に漢数字の大字だいじがあるよね? それが今の君たちの格だよ」

 確かに亜澄美憂と書かれた横に漆と書かれていた。渡された際になぜうるしと書かれているのか疑問だったのだが、これはどうやらしちと読むらしい。

「基本的には皆、じゅうからなんだけど、二人は独断で漆から始めさせて貰うよ。新人にしたら強すぎるし、拾からだと退魔の仕事は受けられないからね」

「そう言われたら悪い気はしませんわね。それにお互い喫緊きっきんで退魔をしなければなりませんもの」

「恵麗奈くんも美憂くんも宿った力は退魔衆でもトップクラスだよ。だからあとは経験だね。二人ならすぐに大口の依頼をお願い出来るようになるかな」

「お任せくださいまし。すぐにいちまで上り詰めますわ。ですわよね、美憂」

「そうだね。壱になれないようでは恵麗奈に呪いをかけた相手は倒せなさそうだ。それにきっと」

 自分の中に宿る闇。それを内に入れたまま平穏な生活を送れるなんてことは、流石に見通しが甘いだろう。それならば恵麗奈の空亡と同じく、あの闇とも戦わなくてはならない日がくるかもしれない。

「とにかく出来ることから始めよう。御空さん、今すぐ受けられる依頼はないんですか?」

「そういうと思って丁度いい依頼を温めておいたよ。どうする?」

「勿論受けます」

「腕が鳴りますわね。相手はなんですの?」

「目的地は岩手県遠野とおの市。数日前山菜取りに出かけた老夫婦が、川の下流付近で遺体で見つかった。第一発見者は釣りに来ていた地元の者だね。その遺体を警察が調べたところ、妙な事実が判明した」

「妙、ですか?」

「あぁ。司法解剖で溺死と判断されたんだが、二人とも肛門が抉られていたんだよ。そして中から何か取られたみたく、ポッカリと穴のように広がっていた」

「うっ。考えただけで嫌な気分になりますわね」

「暴行された痕と考えられなくもないが、それにしては他が綺麗過ぎる。そこで警察の中にいる退魔衆の協力者が調べたところ、遺体からは残穢が確認された。要するに犯人は魔の者だ。だからこの事件は警察の管轄を外れて退魔衆の物になった」

「岩手県の遠野市といえば有名な妖怪がいますよね」

 美憂には聞いたことがあった。その地には妖怪の伝説が残っていることを。

「詳しいね。今回のターゲットは美憂くんの想像通り河童かっぱだよ。残穢の反応を見たところ、目的地は遺体が見つかった川の上流に位置する森。命を奪われた被害者の無念、二人が仇討あだうってほしい」

 どうやら退魔衆としての初めての依頼は河童の討伐のようだ。

「本来なら仙台にある東北支部の者が受ける依頼なのだが、どうやら人手不足のようでね。次に現場が近いうちが受け持つことになったんだ。そうそう。美憂くんにはこれを言わないとやる気が出ないよね。河童の討伐報酬は百万円だよ」

「やります!」

 仮に河童を三匹倒せたのなら、それだけで今月の由里の入院費が払える。どうせなら百匹くらい出てこないものだろうか。

「美憂……。貴女目がお金のマークになってますわ」

 隣で恵麗奈の呆れたような声が聞こえた気がするが、美憂にはそれどころではない。最初に御空には三百万なら稼げると言われたが、なるほど確かに頑張ればいけそうだと鼻息を荒くする。

 善は急げとばかりに二人は翌日、朝一の電車を使って岩手県へと向かうことにした。
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