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二人の出会い
パートナーはお嬢様
しおりを挟む「――くん。美憂くん!」
御空の声に美憂はハッと我に帰った。どうやら過去のことを思い出してボーッとしていたらしい。我ながらこの一ヶ月で随分と生活が変わったものだ。
「すいません。それで今回呼ばれた理由は何でしょうか?」
「大丈夫かい? 呼び出した理由だが君のパートナーが決まったよ」
「……その件はお断りしたはずですが?」
退魔衆は二人で行動するのが基本らしいが美憂はそれを断り続けている。一人で活動することが危険なのは重々承知だが、二人だと報酬を分け合う必要がある。
一円でも多く稼がなくてはいけない美憂にとって、その提案はどうしても飲めないものだった。
「君がお金のために拒否しているのは私も分かっているよ。ただ今回の子は少々訳ありでね。報酬のお金は全て美憂くんに渡すと言っているんだ」
「お金を全てですか? それでその人になんの利点が?」
「お金の代わりに倒した妖怪の死体が欲しいと言っている。それなら美憂くんにもメリットがあると判断したがどうだろうか?」
妖怪の死体も売れはするが、公に出せないものということもあって手間と時間がかかる。それなら死体を譲る代わりに二人で依頼を受ける方が効率よくお金が稼げそうだ。そう判断して御空の提案を受けることにした。
「それは良かった。昨日入ったばかりの子なんだけどね、美憂くんの呪いの力も強力だけど、その子もかなり面白いよ。私は君たち二人がこれからの退魔衆を引っ張っていくと確信している。これはお世辞じゃなくて本心だからね」
体に巣食った闇によって美憂は呪いへの強い耐性を獲得した。そのため呪具を扱っても頭痛がするくらいで済んでいるし、経験を積めばそれすら無くなるかもしれない。
そしてもう一つ。あの日部屋着として着ていたウサ耳パーカーが、呪いの余波を受けて呪具となった。
フードを被ると中が異空間になって、呪具ならば何個でも入れられるし、重量も感じない便利な収納といった代物に生まれ変わったのだ。
その代償として美憂以外が着ると強い呪いが降りかかるという、嫉妬深い恋人のような代償があるのだが、美憂が着る分にはなんの問題もない。
しかも嬉しいのが自動で綺麗になってくれるので、洗濯いらずという破格っぷり。パーカー本体が片時も離れたくないと自らに付けた効果なのかは分からないが、ありがたい限りである。
あまりの便利さに普段から着ることにしているのだが、そのせいで美憂は常にウサ耳パーカーで過ごす不思議ちゃんになってしまった。
今はまだ許される年齢ではあるが、歳を重ねたら周りからはイタい人間にみられるだろう。ウサ耳パーカー姿のおばさんなんて見るに耐えない。
だからその前に何がなんでも由里を呪った相手を見つけなくてはならない。それに時間をかければかけるほどに、起きた時に由里の感じる絶望は大きいはず。
小学生だったはずが起きたらすでに成人していた。そんな悲しい思いを最愛の妹には絶対に味合わせたくはない。
「明日その子と十二時にここで顔合わせをしてもらおうと思うが予定は大丈夫かな?」
「大丈夫です。これで私にも仕事を回してもらえるんですね」
退魔衆に入ったが美憂はまだ一度も依頼をこなしたことがなかった。新人を一人で向かわせることは出来ないという判断だろうが、一刻も早くお金を稼がなくてはいけない美憂はその事を不満に思っている。
「無事二人がパートナーになったらね。だから仲良くするんだよ」
「分かりました。それじゃあまた明日こちらに伺います」
そして迎えた翌日に御空の元へと向かう。
「おはようございます御空さん」
「おはよう美憂くん。君のパートナー候補はまだ来てないから、そこのソファにでも座ってゆっくりするといい。コーヒーを用意させよう」
御空が手を叩くと一人の女性が入ってきた。この人はたしか御空の秘書をしている人だったはず。この会社に入ってから何度か見たことがあった。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
秘書が置いてくれたコーヒーに口をつけると、昔飲んだ物とは比べ物にならないほどに香り高い。どうやら父親が得意げに挽いていたコーヒー豆は、御空が用意した物に比べて随分と安物だったようだ。
「お口に合ったかな?」
「はい。凄く美味しくて驚きました」
「だってさ。良かったね愛紗」
「畏れ入ります」
どうやら秘書の名前は愛紗というらしい。それにコーヒーを挽いたのもおそらく彼女なのだろう。そんな愛紗は御空の言葉にも表情を変えずに一礼すると部屋を出て行った。
「相変わらずクールだな。あれだけ美しいんだから、愛想良くすれば男が砂糖菓子に集る蟻のように群がってくるだろうに」
御空の言うとおり愛紗は非常に美しい女性だった。スラリとした長身に腰まである艶やかな黒髪、涼やかな切長の瞳はクールビューティを体現したかのよう。
そんな美人にニコリと微笑まれたらどんな男も一発で恋に落ちてしまうだろう。
背の低くて童顔な自分とは真逆に位置する女性だと美憂は思った。ほんの少し劣等感を感じているとノックの音が聞こえる。愛紗が戻ってきたのかと思ったが、聞こえてきた声は別人のものだった。
「鳳凰院ですわ」
「お、来たようだね。どうぞ入って」
ドアが開くとそこには、これまた美憂の劣等感が刺激されるような少女が立っていた。鳳凰院と名乗った少女は堂々とした態度で部屋に入ると美憂の隣にやって来る。
横目で確認した少女の横顔は絵画のように美しい。異国の血が混ざっているのだろう。長い金の髪は柔く巻かれて人形のようだし、大きな青い瞳は勝気に輝いていて、どこか猫を思わせる。
(モデルみたいに綺麗な人だ)
女性にしては高めな身長も相まって海外のモデルのようにも見える。なぜか着ているのはドレスだが、ここまでの美人が着るなら違和感もなかった。
御空と少女という二人の綺麗な女性を目にして、美憂は劣等感が鰻のぼりになっている。
「待っていたよ。美憂くん、紹介するね。こちらが君のパートナーになる鳳凰院恵麗奈くんだ。そしてこちらが恵麗奈くんのパートナーとなる亜澄美憂くんだよ」
「どうも。亜澄です」
「これで仕事には向かえるんですわよね?」
美憂はとりあえず挨拶をしてみたが恵麗奈はそれを一瞥すると、返事をすることなく御空に話しかけていた。どうやら恵麗奈は中々にいい性格をしているらしいと美憂は小さくため息を吐く。
「仕事に向かえるかは二人次第さ。退魔衆において、パートナーという関係は非常に重い。なんせ命を預け合う関係だからね。仲良く出来ないようでは任務を任せられない。その点今の恵麗奈くんはどうかな」
「うっ。分かりましたわよ。よろしくお願いしますわ。美憂さんでしたわね」
バツの悪そうな表情をした恵麗奈はようやく美憂に顔を向けた。少し顔を顰めた表情も絵になるのだから、美人は得だと美憂は嫌と言うほどに思い知らされる。
なにより御空から言外に挨拶を返せと注意され、すぐに実行した所から察するに、恵麗奈は思ったよりも素直な人物なのかもしれない。
もしくは自分を曲げて挨拶してでも、パートナーを組みたいほどに切羽詰まっている事情があるのか。
どちらにせよ早く任務を受けてお金を稼ぎたい美憂にとっては好都合だ。下手にニコニコしながらよろしくと言われ、何を考えているか分からない相手よりも打算で組むパートナーの方が信頼できる。
「構いませんよ恵麗奈さん。これからよろしくお願いします」
「挨拶は済んだけど、お互い理解を深める時間が必要だろう。そこで食事会の席を用意しておいた。予約してあるから二人で食べに行っておいで。支払いは全てこちら持ちだから、美憂くんはいつもみたいに遠慮しないで、ちゃんと食べてきてね」
そこまで用意していたなんて、御空はサバサバしていそうな雰囲気に反して中々のおせっかい焼きのようだ。あるいはチラリと言っていたように、本当に二人に期待しているのかもしれない。
とりあえずタダでご飯が食べれるなら美憂に文句はなかった。節約をしなければいけない手前、外食をするなど久しぶりなので少し浮かれてさえいる。
恵麗奈は面倒臭そうな顔をしていたが、笑顔を浮かべる御空の圧に負けたのかなにも言わない。こうしてお互いの理解を深めるという名目の元、美憂と恵麗奈は食事会をすることになった。
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