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ローストテールと二人のリーダー
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しおりを挟む迎えた週末にウェンは冒険者ギルドへと足を運んだ。デュオールから腹を空かせておけと言われていたので昨日の夜からなにも食べていない。
特にアイザックの空腹度合いはかなり酷いもので昨日から腹の虫が鳴り続けている。同室だったウェンはそれがうるさくて昨晩は中々寝付けなかった。
「おっ!早く来たつもりだったが先を越されたか」
「お招きありがとうございます」
「旦那が無理言ったようですまないね」
「よろ」
ウェンがギルドに着いてからすぐにデュオールもやってきた。デュオールの後ろには三人の嫁も着いてきていてエルフのリリアは上品に、人族のナターシャは姉御肌に、猫獣人のミアはマイペースに挨拶をしている。
「皆さんこんにちは。これからどこに行くんですか?」
「ギルドの地下にある転移門から月光苑へと行けるからまずはそこに行くぞ。しっかり招待状を持ってきたか?」
「ここにあります」
招待状を取り出すとミアがおーっと歓声をあげた。リリアとナターシャの目もキラリと光っている。
「よし。それじゃ行くぞ!いてっ!」
「なんであんたが仕切るのよ。今日はお裾分けして貰う側なのに」
意気揚々と歩き出したデュオールの頭をナターシャが叩いた。それを見たリリアは呆れたようにこめかみを抑えている。
「あはは。僕達はどうしたらいいか分からないのでデュオールさんにお任せしますよ」
「だよな!俺に着いて来い!」
デュオールの案内でギルドの地下へと続く階段を進むと大きな石造りの門が目の前に現れた。
「ウェン達はここに来るのは初めてか?」
「はい。僕たちは指名依頼を受けるほどランクは高くありませんので」
これを使えば一瞬で別の大陸の転移門へと飛ぶことができる。とはいえ使うには大量の魔石を消費するので、かなりのお金がかかるのだ。ただ別の大陸から急ぎの指名依頼を受けた場合などはギルドの経費で使うことができる。
「俺たちも使ったのはまだ数回だけどな。それじゃあ門に招待状を近づけてみろ」
言われるままに招待状を近づけると転移門の中に魔力の膜が張られる。そこへデュオール達が入って行ったのでそれに続くと景色が変わって目の前に大きな建物が現れた。
「わー!なにあれ!」
「あれが月光苑だ。ここのオーナーの故郷の建物で旅館って名前らしいぞ」
「旅館ですか」
ウェン達は初めて王城を見た時のようにポカンと口を開けて旅館を見上げていた。その様子をデュオールが微笑ましそうに見ている。
「そうそう。ミューラとイリヤは浴場が気に入ったと聞いたけど」
「そうなんです!まだ一回しか入れてないけど本当に気持ちよくて!」
「機会があったらまた入りたいって思ってるんですが、やっぱり高いんですよね」
「それならここも浴場はあるからラッキー。でもここのは一味違ってなんと温泉が使われている」
そう言って目を爛々と光らせているミアの迫力に後ろで聞いていたウェンも思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ここの温泉は凄いですよ。お湯に美肌効果のある成分が含まれているようで数日の間はお肌のツルツルが続きます」
「あれは堪らないね。温泉に入れるなら金貨を出すって貴族がいても不思議じゃないよ」
「「はわわわわわ」」
畳み掛けるような温泉の説明にミューラとイリヤは口をアワアワとさせている。
「やっぱりリリアさん達も浴場が好きなんですね」
「そうなんだよ。前まではお前らも入ったって浴場に行ってたんだが、ここの温泉に入ったら向こうじゃ満足しなくなっちまった」
周りに聞こえないように小さな声で話したウェンにデュオールはげっそりとした表情で苦労を語る。その様子に奥さんが多いのも良いことばかりじゃないんだと思いながら月光苑へとたどり着いた。
驚くことに月光苑は一階部分が透けていて初めは壁がないのかと思ったが、それがガラスであることに気づいてウェンは驚きのあまり目を見開いた。ガラスは手の平くらいの大きさでも銀貨が必要な高級品のはずだ。
「まさか全部ガラスなの!?割れたらどうしよう!怖くて近づけないよ」
「ふふ。月光苑のガラスは特別製なので全力で殴っても割れませんよ」
ミューラもガラスということに気づいたようで緊張のあまり後ずさっている。すると急に現れた燕尾服姿の男がにっこりと笑いながら説明してくれた。
「うわっ!誰!?」
「ようグリム。相変わらずの神出鬼没っぷりだな」
「私はお客様を驚かせることを生き甲斐としていますので。お待ちしておりました新緑のそよ風の皆様。そしてお久しぶりでございます紅蓮の大剣の皆様。本日は月光苑へようこそお越しくださいました」
「どうして僕たちのパーティー名を?」
「招待状を手に入れたお客様の名前はこちらに届くようになっているんですよ。まぁ立ち話も何ですのでどうぞ中にお入りください」
促されるままに月光苑へと入ったウェンの足はエントランスでピタリと止まった。その先には豪華な絨毯が敷いてあるからだ。
「これって土足で踏んで良いものなのでしょうか?どう見ても貴族の屋敷にあるような絨毯なんですが」
「確かに……。グリムさん!靴を拭けるような布とかありませんか!?この靴はずっと履いているので綺麗じゃないんです!」
「ちょっとウェン!本当の事だけど言わないでよ!恥ずかしいじゃない!」
この立派な絨毯に汚れを付けようものなら弁償にいくらかかるか分からない。それどころか払えなくて奴隷落ちまであり得そうだった。
「ご心配なさらずともその絨毯には状態維持の魔法がかけられているので汚れることはありませんよ。そのままお上がりいただいて結構です」
「いやでも」
「いいからいくぞ」
中々踏むのには勇気がいると二の足を踏むウェンの横をデュオールが颯爽と歩いていく。堂々と絨毯を踏んで行く姿に流石はゴールドランクだと変な関心をしていた。
「こちらは魔道エレベーターでございます。こちらの水晶に触れれば自動でお客様の宿泊するフロアまで向かいますので試してみてください」
グリムに促されてウェンは水晶に触れると魔道エレベーターが動き出した。そしてチン!という音を立てると扉が開く。
「こちらが本日ご宿泊いただく春風のフロアでございます。お食事は二階にあるメインホール『宴の間』で六時から十時までご利用いただけます。大浴場はいつでもお使いいただけますのでごゆっくりとお楽しみください。それでは失礼いたします」
春風のフロアには部屋が四つあるようだ。きっと男女で組んでいるパーティへの配慮なのだろう。
「よし!まずは部屋を見てみるか!」
デュオールが開けた扉から部屋の中を覗き込むと、入り口は窓がないのになぜか明るい。不思議に思って上を見ると眩しく輝く光の玉があった。
「ここで靴を脱いでこれに履き替えるんだ。スリッパというらしい。履き替えたら中に入るぞ」
スリッパに履き替えると靴と違って締め付けがなくゆったりと履ける。一つ欲しいなと思っているとデュオールが紙で作られた引き戸に手をかけた。入口でこれだけ驚かされるなら中はどれほどのものなのかとウェンは固唾を飲んで見守る。
スーッピシッ!
小気味いい音で引き戸が開くとミューラ達の高い歓声が響き渡るがウェンはあまりの豪華さに言葉を失っている。まず感じたのは部屋の広さで次に清潔さだった。普段泊まるような安宿は傷だらけの床板にほんのり嫌な匂いのするシミのついたベッドが基本だ。
それに比べてこの部屋は光沢のある木が使われた傷一つない床に綺麗な絨毯が敷かれている。そして高級感のある白い机にはサービスなのかフルーツや飲み物が置かれていた。
「わっ!これ凄いよイリヤ!こんなにふかふかで体が沈むのに押すとしっかり弾力もある!」
「本当ですね!このまま寝てしまいそうです」
ミューラとイリヤはベッドに座ってはしゃいでいた。その言葉が本当ならあのベッドは極上の睡眠をもたらしてくれるだろう。掛け布団に描かれたピンクの花は白が基調の部屋によく合っている。
「ねえ!外はどうなってるのかな!」
ミューラが指差した先には外を隠しているカーテンがあった。嬉しそうにカーテンに駆け寄って勢い良く開く。そして見えた光景に全員が言葉を失った。
「もしかしてあたし死んじゃってた?」
「だとしたらミューラだけじゃなくここにいる全員が死んでますね」
呆けたように呟いたミューラは自分の頬をつねっていた。隣のイリヤも頬をつねっているので目の前の光景が信じられないのだろう。
「はー。こりゃ見事なもんだね」
「以前の『白浜』の部屋も見事でしたがこちらの方がエルフ好みですね」
「これはヤバい。感動」
ナターシャ達もその光景にうっとりと目を細めている。ウェンはこの景色の美しさを上手く言葉にできない語彙力のなさを恨んだ。
目の前には数えきれないほどの薄紅色の花びらがひらひらと舞散っていた。辺りには満開の花を咲かせた木が何百本と生えていて一斉に花びらを降らせている。そしてその花びらの間を色とりどりの蝶が飛んでいるのがなんとも幻想的な光景を生み出していた。
「こっから外に出られるみたいだな」
デュオールが扉を開くと風に吹かれた花びらがヒラヒラと部屋に入ってきた。それに誘われるように皆で外に出る。
サーッ
風の音と共に舞い上がった花びらが目の前を薄紅色に染める。思わず手を伸ばすと指先に一匹の蝶が止まって羽を休めた。
「なんだかおとぎ話の世界みたいですね」
イリヤが指差した先には木にとまった沢山の小鳥が綺麗なさえずりで歌を奏でていた。目を閉じてその音色に耳を傾ける。
舞い散る花びらに舞い踊る蝶と小鳥の歌が合わさって本当にこの世のものとは思えない美しさだ。ウェンも思わず頬をつねってしまった。本当はあの時ゴブリンの攻撃を受けて死んでしまったのではないかとさえ思う。
「この花サクラっていうんだって。月光苑のオーナーの故郷で一番好まれてる花らしいよ」
目のいいミューラが奥にある立札を読む。これだけ美しいなら好まれるのも納得だとウェンは一つ頷いた。
それからは花びらを掴んだり飛び交う蝶を指にとめたりしてこの夢のような空間を楽しむ。そうしているとあっという間に時間が過ぎていたようだ。
「風呂でも入りに行くか」
「お風呂!?行く行く!」
部屋に戻り時計を見たデュオールの提案にミューラが何度も頷いている。各々が部屋からタオルと部屋着を持ってくると一行は大浴場へと向かった。
ミューラのイメージ
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