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第四章 始まりの地アウラリア

34 選択▼▼(暴力残虐表現有)

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 「よけろ」と叫んだ俺の声を掻き消して、辺りに悲愴な絶叫が響く。間髪入れず隣にいたウルドが強い力で俺を引き寄せた。いつの間に抜いたのか、剣を片手に鋭い視線で周囲を睨んでいる。「ナルジェを頼む」と言い置いたロクが、風の様に駆けて行く。
 その先で、真っ黒なガガリが狂ったように頭を振りたくっていた。
 抜刀したシリスタがすぐさま切り掛かるのが見えたが、一刀目は撥ねる頭が弾く。駆けつけたロクが振り上げた長剣を走らせる。ジョエルも加わり三人がかりで剣を突き立て、黒い巨躯はあっという間に血塗れになった。腕を大きく引いたシリスタが、狙いを定め強く踏み込む。喉元に突き立てた剣先が、肉を突き抜け白い剣先を覗かせる。勢いよく吹き出す赤が大きな血溜まりを作っていく。
 なのに、肝心のガガリがまだ倒れない。
 業を煮やしたロクが長剣を斜め上に振り被り、力任せに薙ぎ払う。剣はガガリの背中に鈍い音と共に喰い込んで、切るというより捥ぎ取るようにその身体を両断した。頭の上半分を持っていかれ、漸く巨躯は水音を立てて血溜まりに沈んだ。
 骸となった黒の向うに、頭からガガリの血に染まり瑠璃の両目を見開くアルガレルが見えた。
 ウルドの腕の中から抜け出し、急いで駆け寄る。辺りは噎せ返るほどの血臭が漂い、赤黒く濡れた大地が惨状を物語っている。

 その中心で、ガガリの切り裂かれた頭に腕を突っ込んで、もう一人の瑠璃の瞳を持つ男、リアドレスが静かに横たわっていた。


 アルガレルの震える唇が、言葉にならない音を何度も繰り返す。
 目の前でぴくりともしないリアドレスにシリスタが駆け寄る。手際よく止血の準備をするシリスタの側に寄り、傷口を覗き見る。
 アルガレルに噛みつこうとしたガガリの口に、咄嗟に自分の拳を差し込んだのだろう。骨ごと砕かれ肉の抉れた手が、辛うじてという様相で付いていた。手首の上を縛り、懸命に止血するシリスタの隣から割り込み、更に上部で縛り直した。

 ガガリは二種類の毒を持つ獣だ。一つは牙から注入する毒でアルコールによく似た作用があり効くのに時間はかかるが獲物を酩酊昏倒させる。そしてもう一つは、噛みついた際口の奥にある毒液袋が収縮することで噴出される毒だ。この毒の作用は強力で、付着したそばから組織を破壊するため牙の毒より厄介といえる代物だ。独特の匂いを放ち、手を付けた獲物を確実に追うための目印の役目も果たす。

 リアドレスの手は最早原型を留めていない。出血は多い。なのに血の気が失せるどころかまるで酒を飲んだ時と同じ様に血色良く桃色に染まり始めた肌と赤黒く変色した腕を見て舌打ちが出る。
 リアドレスの腕の前腕の変色は、既に中程に達しようとしている。引き離すのが遅れせいで、毒が傷口深く入り込んでしまった。黒く変色した部位はすでに壊死を始めているため、たとえ毒を取り除いても死肉だ。回復はしない。
 迷う時間など、微塵もない。

「ロク、ウルド、こっちにきてくれ。シリスタ、俺達で押さえているから変色していない場所で腕を切落とせ」
「なっ、なんだとっ!何を言っている。陛下の腕を切落とすなど出来る訳ないだろう。それより早く治療をっ!」
「出来ないなら邪魔だ。そこをどけ。ガガリの毒は強力だ。早くしないと手遅れになる。骨ごとやるのに俺では力が足りないな。ロクでは荒い。ウルド、綺麗に一太刀でやれるか」
「ああ、大丈夫だ」
「ま、待て。腕はダメだ」

 我に返ったアルガレルが覆い被さり体で腕を庇った。

「剣などどうせもう持てない。変色した部位は既に死肉だ。切落とす。早くどけ」
「手を、手を残してくれ。このまま止血して毒だけ抜けないのか。ハイエルフの治癒術ならどうにかなるのではないか」
「治癒術の講義などしている暇はない。何度も言わせるな、邪魔だ、どけ。今の一分でリアドレスの腕が五センチ短くなったぞ。後一分で肘も失う。五分かかれば手遅れだ。片腕を切落として生かすか、両腕を残して棺桶に入れるか、俺の他に選べる者がいるならすぐに選べ。そいつの言う通りにしてやる」

 落ちたのは奇妙な沈黙。
 それが答えだと、容赦なくアルガレルを付き飛ばす。泣きそうに顔を歪めたアルガレルにセドリックが走り寄り、掻き抱く様に押さえつける。
 既に意識のないリアドレスの血塗れの腕と身体をロクと共に抑え込み、剣を手に立つウルドを見上げる。

「いいぞ、やってくれ」

 俺の言葉に迷いのない顔で頷いたウルドが腕を振り上げる。剣が振り下ろされると同時、ヒュッと風を切る音が耳に届く。目で追えぬ程早い太刀筋のはずなのに、白い刃はやけにゆっくり落ちていく。
 決めたのは俺だ。だから刃が行き着く先から、その結末から、片時も目を逸らさない。それが俺の選択。
 ガツッと音を立て剣先が地べたを抉る。「ヒィッ」と誰かが悲鳴のような音を上げ息を飲む。

 なあ、リアドレス。眠ってなんかいないで、お前の選択を聞かせてくれ。


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