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第四章 始まりの地アウラリア

31 正体

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 通された部屋の中、無表情が更に恐怖を煽るリーシャに終始見つめられ、居心地悪そうにするグレビア一同と共に待つこと暫し、ハイエルフの里長であるセバと副長で医長のラクピスが堅い表情で部屋に入って来た。
 ハイエルフの隠れ里に人族が正式に訪問するなど一体何年ぶりか、リーシャではないが俺も忘れた。案内したのが俺とはいえ、事前の相談も無く連れてきたのだ。セバもラクピスも困惑しているだろう。悪いな、今回は仕方ないんだ。

 双方の紹介が終わったところで、早速、長のセバが口を開いた。

「話に入る前に先ずは沈黙の誓約を結んで頂きたい。外部の人族からの相談に応じる条件として、我等は必ずこの誓約を課す。もし同意出来ない場合はこのままお帰り頂こう」

 沈黙の誓約は魔術による厳格な秘密保持契約だ。より強力な魔力を使い力技で解術可能だが、今回掛けるのはハイエルフのセバである。解術出来る者がその辺に転がっているわけもなく、結べば確実に秘密は守られるだろう。
 話し合いの内容など関係なく、彼等は里に関するあらゆる情報こそを守りたのだ。
 何も問うこと無くすぐさま了承したリアドレスに、ハイエルフの三人は幾分安堵したのか小さく息を吐いた。決して和やかなスタートとは言い難いが、同じテーブルに着いてくれるだけ良しとするべきだろう。
 そのまま話しを進めるべく、リアドレスを促す。
 グレビアの現状が明らかになるにつれ、三人の表情が一様に険しいものへと変わっていく。一通り話し終えても何やら考え込んだまま口を閉ざしている。

「この話だけで断定するのは難しいだろうが、俺とロクは呪いの類ではないかと思う。お前達はどう思う」

 俺が促すと、セバがリーシャとラクピスと視線を交わした後、言葉を選ぶ様にゆっくりと話し出した。

「現地で解析をせず断定はできないのですが……確かに呪術使われていると思います。状況から通常の病とは考えられない。では魔術かというと、それも無理があります」
「セバ殿、私は魔術に関して専門外だ。すまないが無理だと考える根拠を教えてもらえないか」
「魔術において、魔力の放出と作用は常に対となっている。毎朝傷を大きくするなら、寝ている間に術を上掛けしなければならない。それと魔術を人に確実に掛けるためには、術者は対象を認識する必要がある。話から察するに、現時点で傷のある者は相当数に上るのだろう?」

 リアドレスが頷き、セバが続ける。

「一人で毎夜その全てを回ることは不可能だろう。では数さえ揃えれば可能かというと、それは違う。魔術においては繊細な操作ほど高い技術が必要になる。傷を負わせるのは簡単だが、徐々に大きくするならそれなりの技量がなければ難しい」
「それはハイエルフでも難しい程の技量ということことだろうか」
「対象が一人であれば可能だろう。だが繊細さという点で術者を選ぶ。こういうことは魔力が高ければいいというわけではない。最終的に傷を消すなら治癒術も必要だ。治癒術は誰もが使えるわけではない。」
「治癒術が使える者か」
「ハイエルフは皆それなりの魔力を持っているし、日々魔術の研究もしている。そんな我等が及びもしない高い技術と魔力を持つ魔術師を幾人か用意するか、それなりの実力の魔術師を多数用意しないと実現は不可能だろう」
「ハイエルフを超える魔術師か、それは確かに難しい。だがある程度の力の魔術師を揃える事であれば……」
「数で為そうとすれば相当数になるぞ。住んでいる場所もばらばらだ。一晩に確実に回れるのは二、三人だろう。最低でも魔術師は対象の三分の一は必要だ」
「そんなにか。もっと効率よく術をかける方法は無いのだろうか」
「私自身は今回の様な作用を待つ術は聞いた事が無いが、魔術は良くも悪くも工夫次第で何処までも広がっていく術だ。だからこそ拘れば術の解明だけで膨大な時間を費やすことになる。魔術だとする根拠がないなら、他の可能性も視野に入れるべきだ」
「確かにセバ殿の言う通りだな。国内では奇病か魔術かと議論していたものだから、無意識で魔術に拘っていた。一度離れる必要があるな」
「魔術以外で考えられるのは幾つかある。まずは魔法だが、これは明確な理由が見当たらないので除外していいだろう」
「魔法……魔術と魔法は同じものではないのか?」

 リアドレスが訝し気な顔で尋ねる。

「魔法も魔術も同義と捉える者は確かにいるが、我々ハイエルフにとっては大きく違う。魔法は魔の法に乗っ取り行われる神秘の力。魔術は魔力器に溜められた自身の生命エネルギーを体外に放出する術だ」
「神秘の力と術か。専門外の私には中々理解し難いな」
「魔法は魔術より多くのことが出来るのは事実だが、神秘の力とはいえそれなりに制約がある。今回のように離れた場所に複数同時、継続してという条件を付けた場合、更に相手は絞られる。これ程の力を扱える相手となると……」
「セバ、魔法は除外だ。さっき自分で言っただろう。理由が無いと」

 言いかけたセバの言葉を遮る。はっとしたように見開かれた緑の瞳が俺を見つめ、「そうでした」と静かに伏せられた。
 強引に話を切った俺に視線が集まったが、見ないふりをして続ける。

「リアドレス、魔法というものは魔術よりずっと出鱈目で曖昧だ。だからこそ制約がある。簡単に言うと、使うためには理由が必要なんだ。大きな力ほど正当で確かな理由がいる」
「正当で確かな理由?よくわからないな。何に対して正当な理由が必要なんだ。そもそもそれが正当だと一体誰が判断する」

 そんなこと、当たり前すぎて今まで掘り下げて考えたことが無かった。新しい視点だな。このまま議論するのは楽しそうだが、今は時間がない。それに今回の問題には直接関係ないことだ。また次の機会にとっておくとしよう。

「ふむ、おもしろい質問だが、話が逸れそうだ。議論はまた今度にしよう。グレビアの件に戻すぞ。なぜ魔法に理由が必要かというと、答えは至って単純だ。理由が無ければ魔法が発動しないからだ。今回の被害者は多い。使われた力の総量も大きいはずだ。魔法で実行するには多数の者を長期に渡って傷付ける力を振るう、正当な理由が必要だ。そんなもの、一体どこの誰が持つ」

 意図せず一段声が低くなる。
 今回の件、傍目から見れば母親は元通り、赤子も無事に産まれて一見何の被害もないように見える。事実、出産直後は本人も周囲も安堵しただろう。だからといって、何もなかったことにはならない。日々体の傷が大きくなる中、毎夜夢で決断を迫られる恐怖。体から傷が消えても、心の傷はしっかり残ったはずだ。
 俺に言わせれば、むしろ体の傷も夢も手段で、心こそが目的であったように思える。

「魔法を使う者が大きな力を振るう理由はどれも単純だ。生きるため、守るため。単純だからこそ大義名分としては絶大な力を発揮する。だが今回の件はどうだ。苦しむ者がいるのに、意図が全く分からない」
「リアドレス殿、魔法は誰でも好き勝手に使えるわけではないのだ。神秘の力だからこそ、使える者も理由も限定される。今回のように誰が何のためにやったか分からないなどということはあり得ない。使われた可能性は、魔術よりずっと低いと言えるだろう」
「成程、病でも魔術でも魔法でもないから、残る呪術ということか」
「なあ、リアドレス、利己的な理由で発動する魔法はそう大きくならない。だがな、利己的な理由であるほど、呪いは力を発揮する場合が多い。人の感情程厄介で恐ろしいものは無いからな」
「同感です。理由は分からないが女達を苦しめることが目的の一つであれば、方法としても、齎される結果としても、呪術は最も適した手段と言える」
「呪いか、……では相手は呪術師ということか」
「リアドレス殿、私の推測が正しければ残念ながらことはもう少し複雑だ。今回の件には説明不能の現象がついているからな」
「説明不能の現象とは一体何のことだろうか」
「夢だ。私が知る夢に干渉できる能力を持つ存在は三つ。その内二つは干渉の仕方も干渉する理由も明確に決まっている。だから今回は無関係だろう。問題は残る一つの存在だ」
「残る一つとは?」

 リアドレスの問いに、セバが初めて言い淀んだ。伺うようにちらりと視線が俺に向く。視線で了承すると、意を決したように口を開いた。

「今回の件、被害そのものは呪術によるものでまず間違いないだろう。規模から推測するに、素人ではなく相当の力を持つ呪術師の仕業だ。だがそれとは別に、夢に干渉出来る神力を持つ者が関わっていると考えられる」
「神力を持つ者、というと……」
「神だ」

 低くざらつくロクの声が妙にはっきり部屋に響く。声のした方に視線を向けると、部屋の隅、だらりと椅子に凭れたロクが顔だけ起こし、真っ直ぐ俺を見ていた。
 鉛色の両の瞳に、揺らめく黒い影が踊る。

「グレビア、セバは呪いを掛けた呪術師の後ろに神がいると言っているんだ。つまり、お前達が相手にする者の正体は、どこぞの氏神だ」

 嬉しそうに満面の笑みで口角を釣り上げたロクの目が、全く笑っていないことに気付いたのは俺だけだろう。
 ロクはまだ、あの日の喪失に喘いでいる。ちらつく見知らぬ神の存在に、その瞳が揺れる程には。

 まあ、俺とて人のことなど言えた義理ではないが……。


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