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第二章 とある男の物語

14 身に余る名誉

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 人に護られる事に慣れ過ぎた者は、強者と同様、いつも無遠慮に他人との境界を超えてくる。守られているからこその慢心か、危機感の欠如か。
 どちらにしろ、今回も迷惑だ。

「身に余る名誉などとは思わずとも良い。遠慮せず俺に仕えよ」

 眉間に皺を寄せ黙った俺に、お目出たい勘違いをした皇子が諭すように言った。 
 奴隷のままならいざ知らず、すでにこの国の最高権力者である皇帝のお墨付きをもらっている俺には選択の自由があるはず。
 だから疑いもせず言葉にした。

「断る。俺は俺のやりたいようにやる。王族の騎士にはならん」

 言い捨てて帰ろうとする俺を、複数人が問答無用で押さえつけた。
 剣闘奴隷にとって、身動きを封じられるということは通常死に直結する。意図せずとも瞬時に身体が闘う準備を始める。ゆっくりと首を巡らせ自分を押さえつける者達の顔を、それを命じる男の顔を、この場の全てを、順に眺める。
 第二皇子。横に立つ痩せた色白の金髪の男。紫紺のローブ、茶髪の男。よく似た顔の茶髪の女。俺を押さえる焦茶とくすんだ金髪の騎士。もう一人の赤毛。
 全部で七人。どう動き、どう葬るか、流れを頭で描いた所でここが闘技場ではないと思い出した。
 ここは、だ。中とは違う。染みついた奴隷根性が全てに待ったをかけた。同時に、闘技場内であれば僅かも触れさせはしないのにと思うと、すでに解放されたこの身が口惜しい。
 必要以上に力を込めて右腕を抑えるくすんだ金髪を見遣ると、嫌な顔でニヤリと嗤い返してきた。この騎士とは初対面のはずなのに、何が気に要らないのか最初からやたらと好戦的だった。大方奴隷上りが近衛など頭が高い、とでも言いたいのだろう。
 この位の力、本気でやれば容易く外せるだろうが、相手を容赦なく吹っ飛ばすことになる。例えこちらにその気がなくても無傷ではすまないだろう。
 面倒な状況だ。そう思っている間にも、ぎりぎりと締め上げる右腕に更に力が籠る。
……コイツ、折る気だ。
 いくら外とはいえ、これには流石に頭にきた。

「おいっ折る気か。俺が何をした。そっちがその気なら正当防衛だ。応戦するぞ」

 怒気を発した俺に、怯んだ様子の金髪の力が緩む。だが皇子の手前か、俺を押さえる三人の手はどれも離れなかった。
 突如怒った俺に、皇子が大きなため息を吐く。続いた言葉には無知に呆れ、それを咎める響きがあった。

「お前は何も分かっていないな。奴隷上りが市井に出てもすぐに食い詰めて破落戸に成り下がるだけだ。よく考えろ。それよりその強さを帝国のために役立てる機会を与えてやると言っているのだ。王宮の近衛騎士になることがどれ程名誉なことか、奴隷だった者には理解できないのか」

 俺にしてみれば又もや見事な見当違い。悪意が無い者程、引き際を知らない分、質が悪い。

「ああ、勿論ちゃんと理解してるさ。本当にだ。だから俺のことなど放っておけ」

 俺の言葉と態度に激高した両脇の騎士が揃って怒声を上げ、すぐさま膝裏を蹴った。
 コイツらに不本意に膝を付かされたのは、これで二度目だ。
 
「無礼者がっ!奴隷はやはり礼儀がなってないな」
「弁えろっ!殿下のご厚意がどれ程か分らぬか」

 言葉で取り払われたはずの身分の壁は、目に見えないだけで決してなくなることはない。この場にいる全ての者の視線が、何よりも如実にそれを語っていた。


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