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第一章 黒紋の男

9 二つ目の瞳

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 このままウルドの警戒が解けないと、力技でいくしかなくなる。だがいくらロクがいるとはいえ、世界最強種との呼び声高い竜人相手に力技は不味いだろう。ここはきちんと詫びて説明し、頼むより他ない。
 といっても、現状で話せることなどほぼないが……

「理由も分からず探られたのでは誰でも気分が悪くなって当然だ。気持ちが急いて無礼な事をしてしまった。すまなかったな、ウルド。実はお前のその黒紋と我々の間には、些か因縁があってな。事と次第によってはこちらに大きな被害が及ぶ可能性がある。無駄な犠牲を出さぬためにも、まずはウルドが紋を刻んだ者と無関係だという確証が欲しい。確証さえ得られれば全てではないが事情も話せるし、紋の持つ真の意味も教えられる。話が曖昧で色々と納得いかないだろうが、今はこれで精一杯だ。申し訳ないが、先に紋を刻まれた経緯を確認させてくれないか」

 長い逡巡の後、「わかった」と頷いたウルドに安堵の息を吐く。ここで躓けば要らぬひと手間が増えるところだった。非の無い竜人相手に強硬な手段など絶対取りたくない。

「だがそんなことどうやって確認する。俺が知っていることを正直に話したとして、それが真実だと、お前達の言う確証とやら、一体どうやってとる。まさか言ったことは無条件で信じるなんてお人好しじゃ無いないだろ」
「それは大丈夫だ。そのためにロクがいる」
「あぁ、それで呼んだのか、ナルジェ」
「あぁ、それで呼んだんだ、ロク」
「おい、待て。そのデカいのに拷問でもさせる気か。話が違うぞ」
「ウルド、お前、痛めつけられた位で口を割るのか」
「そんなわけないだろ。返り討ちにしてやる」
「流石蜥蜴だ、頼もしい。だが安心しろ。そんな物騒な手段は取らない。見に行くだけだ。それに役得だぞ」

 きょとんとした顔のウルドに、どう説明すべきか。
 聞くよりは実際見たほうが遥かに早いんだが。

「見に行く?何処に行く気だ」
「……それはまあ、行ってみればわかる。ところでウルド、お前男は平気か」
「は?平気って何が」
「だから、男に触れられるのは平気かと聞いている」
「触れる?一体何の話だ」
「ナルジェ、ウルドはさっき了承したぞ。そもそも閨の相手に連れて来たんだ。大丈夫だからさっさとやってしまえ」
「ふん、それもそうだな」

 ソファから立ち上がり、状況が掴めず困惑するばかりのウルドに歩み寄る。正面から見据えると、一層訝し気なウルドの月の瞳が真っすぐ俺を見た。

「ウルド、これからお前の記憶を見に行こう。何が見えても全てただの記憶だ。現実のお前は変わらずこの部屋に居て、触れているのは俺だ。だから決して動じず、ロクの声を追い、目を閉じるな。いいな、忘れるな。お前がいるのは俺の部屋、触れているのはこの俺だ」

 そのまま片手を肩に置き、一気に膝に乗り上げた。両頬に手を添え上向かせると、やっと意図に気付いたらしいウルドが驚愕に目を瞠った。

「出来れば付き飛ばしてくれるなよ」

 小さく願望を口にして、目を見開いて固まったウルドに影を落とした。
 そっと唇を重ねる。少し乾いたウルドの唇に自分のそれを押し当てて、抵抗がないのを確認してから柔く食み、引き結ばれたままのあわいの端を舌先で舐めた。
 僅かに離れると、我に返ったウルドが慌てたように口を開く。
 ……そのまま、言葉が紡がれることはなかった。
 開いた唇の間からやや強引に舌を差し込み、逃げるウルドの舌を追いかけちろりと舐め上げる。
 観念したのか、身体からは強張りが解けた。
 迎える様に舐め返された厚めの舌と緩く絡み合ううちに、俺の背に遠慮がちな腕が回る。二人の温度が溶け合ったところで軽く舌を噛み音を立てて吸えば、背に回った腕に力が籠りぐいと腰を引き寄せられた。
 あとは噛みつく様に唇を貪られ……。

 それがと言わんばかり、突如大きな両手がウルドの頭をガシリと鷲掴んだ。
 視界の隅、楽し気に口角を釣り上げ大きく笑ったロクの顔の中心で、零れそうな程見開かれた黒曜石の瞳が二つ、ぬらりと妖しく輝いていた。


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