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プロローグ
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泣き叫ぶ風の精霊に呼ばれ、慌てふためき帰ってきた俺とロクを待っていたのは、正に地獄だった。
倒れ動かぬ者の横で、涙に濡れて蹲る者が伸ばした指の先に、赤々と燃え盛る森があった。アクレア湖の水を必死に操り鎮火を図る水の精霊を嘲笑うように、紅蓮の炎が蜷局を巻く。風に煽られまるで意思を持った生き物のようにのたうつ炎に、直ぐにおかしいと気付いた。
こんなモノがただの火であるはずがない。これは火の精霊が操る、魔の炎だ。
俺が力で全てを捻じ伏せた時、既にはじまりの森は無残な姿に変わっていた。そこかしこに森の精霊達が捨てた肉の器が転がっている。中の魂が何処に行ったのか、果たして無事かどうかも分からない。
必死に気配を探ったが、幾つかの揺らぎを感じるだけで何も掴めなかった……。
その後の一連の出来事は、正直、思い出したくもない。
*****
アウラリの地で悪夢と呼ばれた出来事が起き、守護者である月神アウラリアが消えてから一体何度季節が巡ったのか、正直数えてもいない。
長かったような短かったような苦悩の日々は、この地に住む者達から笑顔を奪った。誰もが途方に暮れる中、泣き言ひとつ零さなかったロクが誰よりも一番苦しんでいたのを俺は知っている。
純粋にアウライアの身を案じるロクが憐れで、探しに行くと言った時、止めずに共に旅立った。
いもしない面影を追い、解けもしない「なぜ」を繰り返した日々。
身体の傷は癒えても、心はまだ、あの日の喪失に喘いでいる。
嗚咽が止んでも、呻きながら越えてきたあの日々のどこにもアイツの姿がなかった事実は、この先ずっと消えない。
世界を覆う夜は律儀に毎朝必ず明けて、昨日と変わらぬ光で大地を包む。時はいつも止まらない。戻りはせずに今日から明日へ進むだけ。冷たい大地の上に佇む者の都合などお構いなしで、笑顔を湛えて前へ進めと背中を小突く。
待ってもいない明日が持って来るのは果たして希望か、それとも絶望か。
なあ、アウラリア。始めたのはお前だ。ならば最後まで見届けるのもまた、お前であるべきだっただろう。
自分の代わりに俺とロクを彼の地に縫い付けて、一体何がしたかったのかなど、昔も今も俺は知りたくもない。悲しかったのなら共に泣けば良かったし、憤ったのなら共に怒れば良かったのだ。
間違ってもその手だけは、放すべきではなかった。ロクからも、アウラリアという地からも。
お前のことを大切に思う気持ちは俺もロクも同じだ。だが、お前のしたことに腹が立たなかったといえば嘘になる。
お前は何物にも縛られず自分の望む通りに動いたのに、俺までお前の望む通りに動かそうなど、いくらなんでも虫が良すぎる話だとは思わないか。
たとえお前がどうしたいのか、俺にどうしてもらいたいのかわかっているとしても、俺は決して駒になる気も、許す気もない。
何はともあれ、これは間違いなく終わりであり、始まりである。
倒れ動かぬ者の横で、涙に濡れて蹲る者が伸ばした指の先に、赤々と燃え盛る森があった。アクレア湖の水を必死に操り鎮火を図る水の精霊を嘲笑うように、紅蓮の炎が蜷局を巻く。風に煽られまるで意思を持った生き物のようにのたうつ炎に、直ぐにおかしいと気付いた。
こんなモノがただの火であるはずがない。これは火の精霊が操る、魔の炎だ。
俺が力で全てを捻じ伏せた時、既にはじまりの森は無残な姿に変わっていた。そこかしこに森の精霊達が捨てた肉の器が転がっている。中の魂が何処に行ったのか、果たして無事かどうかも分からない。
必死に気配を探ったが、幾つかの揺らぎを感じるだけで何も掴めなかった……。
その後の一連の出来事は、正直、思い出したくもない。
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アウラリの地で悪夢と呼ばれた出来事が起き、守護者である月神アウラリアが消えてから一体何度季節が巡ったのか、正直数えてもいない。
長かったような短かったような苦悩の日々は、この地に住む者達から笑顔を奪った。誰もが途方に暮れる中、泣き言ひとつ零さなかったロクが誰よりも一番苦しんでいたのを俺は知っている。
純粋にアウライアの身を案じるロクが憐れで、探しに行くと言った時、止めずに共に旅立った。
いもしない面影を追い、解けもしない「なぜ」を繰り返した日々。
身体の傷は癒えても、心はまだ、あの日の喪失に喘いでいる。
嗚咽が止んでも、呻きながら越えてきたあの日々のどこにもアイツの姿がなかった事実は、この先ずっと消えない。
世界を覆う夜は律儀に毎朝必ず明けて、昨日と変わらぬ光で大地を包む。時はいつも止まらない。戻りはせずに今日から明日へ進むだけ。冷たい大地の上に佇む者の都合などお構いなしで、笑顔を湛えて前へ進めと背中を小突く。
待ってもいない明日が持って来るのは果たして希望か、それとも絶望か。
なあ、アウラリア。始めたのはお前だ。ならば最後まで見届けるのもまた、お前であるべきだっただろう。
自分の代わりに俺とロクを彼の地に縫い付けて、一体何がしたかったのかなど、昔も今も俺は知りたくもない。悲しかったのなら共に泣けば良かったし、憤ったのなら共に怒れば良かったのだ。
間違ってもその手だけは、放すべきではなかった。ロクからも、アウラリアという地からも。
お前のことを大切に思う気持ちは俺もロクも同じだ。だが、お前のしたことに腹が立たなかったといえば嘘になる。
お前は何物にも縛られず自分の望む通りに動いたのに、俺までお前の望む通りに動かそうなど、いくらなんでも虫が良すぎる話だとは思わないか。
たとえお前がどうしたいのか、俺にどうしてもらいたいのかわかっているとしても、俺は決して駒になる気も、許す気もない。
何はともあれ、これは間違いなく終わりであり、始まりである。
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