もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
23 / 32

第23話 七つの大罪『強欲』2

しおりを挟む


「え、な、何?」

 人の波が一気に押し寄せてきて、レジーナは危うく転倒しそうになった。手を掴んで支えてくれたのはアルヴィンだ。

「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう。それにしても、一体何事?」
「ちょっと話が聞こえたんだが、魔物が出たそうだ。それでみんな混乱して逃げているんだろうな。俺達もここを離れてチェルシー達と合流しよう」

 というわけで、レジーナとアルヴィンも人の波に乗って来た道を引き返した。けれど、周囲を見渡してもニール達の姿は見つからない。

(三人とも、どこにいるの?)

 ニール達には精霊がいるし、チェルシーに至っては精霊術が使える。あの三人なら、現れたという魔物に対応できるのではないかと思うのだが。
 そう思いつつ走っていると、向こう側から走ってくるチェルシーとようやく遭遇した。

「チェルシーちゃん!」
「チェルシー、無事だったか」
「はい。お兄様達もご無事でよかったです」

 そう答えるチェルシーは一人だ。レジーナは首を傾げた。

「チェルシーちゃん、ニール君とノアさんは?」
「ニールなら、魔物が出たって聞いたら血相を変えてノアを探しに行ったわ。そのノアはどこにいるのか私も分からない」
「……そっか」
「私は人通りの少ない所まで行って、ヴィネを呼び出すわ。お兄様達は精霊騎士団本部まで戻って、ダグラス隊長とクリフ副隊長を呼びに行って下さい。私達だけで対処できるとは思えないので」

 チェルシーの冷静な言葉に、アルヴィンも冷静に頷いた。

「分かった。気を付けろよ。行くぞ、レジーナ」
「うん。チェルシーちゃん、本当に気を付けてね」
「大丈夫よ。ほら、さっさと行きなさい」

 手で追い払うような仕草を見せるチェルシーに、レジーナは頼もしさを感じつつ、

(それにしても、なんでこんな街中に魔物が出たんだろう……?)

 と、首を捻りながらアルヴィンとともに精霊騎士団本部へと向かった。




 そしてその頃、ニールはノアを探して走り回っていた。

「ノア! ノア、どこにいる!?」

 ノアの銀髪なら人混みの中でも目立つはずだが、さっぱり見つからない。そのことにニールは焦っていた。

(ノアだけは守らねえと……!)

 大切な幼馴染だ。もう二度と、ノアにだけは傷付いてほしくない。そう思うのは、かつてニールのせいで怪我を負わせた負い目があるから、というのもあるかもしれないが。

《――それだけでいいの?》
「え?」

 脳内に直接響くような甲高い声に、ニールは思わず足を止めた。……なんだ、この声。

《僕が選んだ主は、そんなつまらない男だったかなあ?》
「……勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 ニールはきつく拳を握りしめた。
 それだけでいいのか。いいはず、だ。つまらないと言われようとも、ニールにはノアを守るだけでも手一杯。いや、違う。ノアのことさえ……守れなかった。
 ずっと昔、抱いていた勇者になるという夢。それはあの時に粉々に打ち砕かれた。心が折れた。ああ、みんなを守るなんて無理なんだったんだなと。
 どれだけ剣技を磨いても、その虚無感が満たされることはなく。

『私はニール君のその夢、好きだな。みんなを守りたいなんて、ヒーローみたいでカッコいいよ』

 ふとレジーナに言われた言葉が脳裏をよぎって、ニールは顔を歪めた。

(……やめろ。やめてくれ)

 もうその夢は捨て去った。諦めた。
 ……はずだった、のに。

『うん、ニール君ならきっと叶えられる。間違いない』

 魔物から逃げ惑う人々。彼ら全員を守ることが、ニールにできるのか。
 そう自問自答した時。

「ちょっと! 何しようとしてるのよ!」

 レジーナの怒った声が聞こえて視線を向けると、子供に襲いかかろうとした黒い狼のような魔物を、レジーナが鞄でぶん殴ったところだった。意外と鞄の中身は重みがあるようで魔物にクリティカルヒットしたらしい。魔物は吹っ飛ばされていた。
 それを見たニールはぽかんとしてから、

「……ふっ、ははっ」

 と、吹き出してしまった。そして思う。

(あんな小柄で非力な女が見知らぬ子供を守ろうと戦ってんのに……男の俺が戦わないわけにいかねえよな)

 そしてそれは、精霊騎士としての本分でもあるはずだ。
 覚悟を決めたその時、一迅の風が吹いた。ニールは気付いたら、真っ暗な世界で白狼と向かい合うように立っており、白狼は嬉々として言う。

《気付いたみたいだね。君の夢は終わっていないことを》

 勇者になる。そしてみんな守る。
 子供のような夢は、けれど今なおニールの胸にある。

「ああ。俺はみんなを守る。守るために戦う。だから、力を貸せ、マルコ」
《あはは、目に映るすべての人を守りたいなんて強欲だ。でもそれでこそ、僕が選んだ主。いいよ、その強欲を食らう代わりに力を与えよう――》

 そこでぱっと景色が切り替わり、ニールの意識は現実世界へと戻っていた。ニールはすぐさま視線を滑らせ、魔物の数、位置を把握する。そして剣を抜き、地を蹴った。

「――【風迅閃】、一撃!」

 まずレジーナが吹っ飛ばした魔物の前に高速移動し、風を纏った剣で斬り伏せる。次いで左。老人に襲いかかろうとした魔物の背に追いつき、「二撃!」と剣を振るう。
 応戦するニールに背後から襲おうとした魔物は、けれど高速移動するニールに背後を取られて「三撃!」という叫びとともに真っ二つに斬られた。
 そのまま、ニールは縦横無尽に駆け回り、四撃、五撃、六撃……と攻撃は続き、

「これがラストだ! 七撃!」

 と、最後に背中から斬った魔物は、ノアを襲おうとしていた魔物だった……。




「おー♪ 『強欲』の風か~。それにしても、やっぱり戦闘センスあるねえ、ニールは。詠唱なしの風迅閃を七連発に疾風脚の併用か」
「……ダグラス隊長、立っていると見つかりますよ」

 高層住宅の屋根の上に、クリフとダグラスはいた。堂々と立っているダグラスに対し、クリフはしゃがみ込んで身を隠すようにしている。
 クリフの言葉にダグラスは「大丈夫、大丈夫」と楽観的だ。

「誰もこっちなんて見てないよ。みんなニールに注目してるから。あーあ、ニールは来年から碧風隊に持って行かれそうだな~」
「無事に契約を結べたんです。よかったじゃないですか」
「それはそうだけど、寂しくなるじゃん。まあでも、荒療治した甲斐があったね♪」
「……せっかくの祭りをぶち壊してしまって、私は心苦しいですけどね」

 そう、あの魔物はダグラスが闇の精霊術で生み出した使い魔であり、わざと夏祭りを楽しむ人々を襲わせていたのだ。せいぜい体当たり程度の攻撃しかさせてはいなかったものの、夏祭りを台無しにしたことには変わりない。
 罪悪感を覚えるクリフとは対照的に、ダグラスは悪びれずに言う。

「まあこれも、巡り巡って国民のためになるんだから。気にしない、気にしない」
「本当にあんたって人は……はあ、傍観していた私も同罪ですからいいです。それより、レジーナ達がじきに本部に来るかもしれません。戻りましょう」
「そうだね。あ、俺の疾風脚で戻ろうか。お姫様抱っこして運んであげる♪」

 相変わらずふざけた上官を、クリフは冷ややかな目で見上げた。

「そんなことをされるくらいだったら、ここから飛び下りて死んだ方がマシです。もちろん、あんたを灰燼にしてからですがね」
「死んで一緒になろうってこと? え、ヤンデレ属性に目覚めたの?」
「……その無駄に回る軽口、火で炙って強制的に閉じさせましょうか」
「あっはっは、こわっ。冗談だよ。――おいで、グラシャ」

 ダグラスがそう呼びかけると、ペンダントから黒犬が屋根の上に現れた。その背中に、ダグラスとクリフは飛び乗る。

「行って、グラシャ」

 主からの命令に黒犬は応えるように小さく鳴き、翼を羽ばたかせて二人を精霊騎士団本部まで運んだのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...