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第19話 ニールとノア1
しおりを挟むそれからレジーナは勤務中、仕事がない時はニールとノアの二人と過ごすことが多くなった。というのも、よく一緒にいたチェルシーが、勤務中は時間さえあればダグラスに戦闘訓練をつけてもらっているからだ。
チェルシーが赤獅子と契約を結んで早一ヶ月。季節は夏を迎えつつある。ちなみにレジーナはニールとノアとすっかり打ち解けて、敬語口調も自然とやめていた。
「今日も稽古場はチェルシーの貸し切りかよ。ちぇっ、体が鈍るぜ」
精霊騎士団本部の敷地内にて。
頭の後ろで腕を組んで言うニールの言葉に、レジーナは苦笑した。
「ニール君って本当に体を動かすのが好きだよね」
体を動かすというか、剣を振るうこと、というべきか。
黒豹に背中を預けて座っているノアは、「ニールは脳筋だもん」と口を挟んだ。それにはニールは片眉を上げる。
「俺達は騎士なんだから、戦うのが本分だろ」
「そういう考えが脳筋なんだよ。あー、暑苦しい」
「お前もたまには剣術の稽古をしろよ」
「僕達は精霊騎士だよ? 精霊術で戦うんだから、剣術なんて極める必要ないよ」
「精霊術ねえ……」
ニールは白狼の鼻面を撫でながら、珍しく難しい顔をして考え込んだ。
「精霊と契約を結ぶって、具体的にどうやるんだろうな」
「チェルシーは、自分を見つめ直せって言ってたね」
「お兄ちゃんとかダグラスさんからは、アドバイスないの?」
三人……いや、今は二人が精霊と契約を結べるように手助けすることが、上官であるクリフ達の役目なのだろうから、何かしら助言していてもおかしくないはずだが。
首を傾げるレジーナに、ニールは思い出すように視線を斜め左に向けた。
「ええと……クリフ副隊長は、自分の心と向き合えって言ってたな」
「ダグラスさんは?」
「そう肩肘張らずに楽しく生きていればいいことあるよ、って僕は言われた」
「………」
クリフはともかく、ダグラスの言葉は助言なのだろうか。とはいえ、すっごく言いそうだなあと思うレジーナである。楽しげに笑ってそう言った姿が目に浮かぶ。
この職場で働き始めて一ヶ月半過ぎたが、ダグラスのキャラはなんとなく掴めてきた。真面目なクリフからしたら、そりゃあ辞書を投げつけたり、精霊術をぶっ放したりしたくなるような人柄だろうと今は納得できる。
(ダグラスさん、ここ一ヶ月はチェルシーちゃんの稽古をつけて事務室にいないから、お兄ちゃんのストレスは少しは減ってそう)
まあ、営所の男子部屋では同室らしいし、代わりに食堂でよく絡むようになったので、ストレスが完全に消えることはないだろうけれども。
そんなことを思いつつ。
「精霊と契約を結ぶには、七つの大罪が必要なんだっけ? 二人にはどれが当てはまるんだろうね?」
「俺個人的には暴食かなーって思ってるけど。ほら、よく食べるし」
単純な見解を示すニールに、ノアは呆れた顔をした。
「バカなの? そんな簡単な話なら、とっくに契約を結べてるよ」
「じゃあ、お前は自分に何が当てはまるのか分かるのかよ」
「それは……僕もよく分かってないけどさ」
レジーナ達三人は、うーんと考え込む。考えてもさっぱり分からない。
(チェルシーちゃんは、傲慢な心を思い出したからって言ってたけど、ニール君とノアさんも何か忘れてる心があるのかなあ?)
二人の力になりたいとは思うが、心の問題だ。チェルシーの時は運よく力になれたらしいが、そう都合よくはいかないだろう。
ニールは黙って考えていても仕方ないと思ったのか、
「俺、ちょっとこの辺を百周してくる。行くぞ、マルコ」
「クゥン」
と、白狼を連れて走っていった。「いってらっしゃーい」とレジーナは見送る。百周という言葉に特に驚きはない。いつものことだからだ。最初に聞いた時は仰天したものだが。
ノアと二人っきりになって、レジーナもノアの隣にちょこんと座る。すると、ノアは思い出したように言う。
「あ、そういえば、レジーナ。今日は髪を結んでるんだね。可愛いよ」
「ふふ、ありがとう。最近、暑くなってきたから。そういうノアさんは……その前髪、邪魔じゃない?」
ノアの前髪は長く、左目を覆うように斜めに流している。視界が悪くなって邪魔なのではないかと思うのだが、ノアはにこっと笑った。
「慣れてるから大丈夫。それにこの前髪、クロネリー地方で流行ってるんだよ」
「あ、そうなんだ。へえ、ノアさんって流行に詳しいんだね」
以前、チェルシーとともにお茶会に参加した時のレジーナの服の色が、流行りの色だと理解していたし――実はたまたまだったとは言えないが――、装いの流行には敏感なのかもしれない。そういうところが、おしゃれなチェルシーとは気が合うのだろうか。
ノアはおっとりと笑う。
「そりゃあね。クロネリー地方伯爵子息として、恥ずかしい格好はできないから」
「そっか。大貴族だもんね。体裁っていうものがあるのかあ。同じ地方伯爵子息のニール君は……あんまりそういうことを気にしてなさそうだけど」
「さっきも言ったけど、ニールは脳筋だから。強くなることにしか興味ないよ。まあ、三男だから、家を継がなきゃならない僕と違って能天気でいられるっていうのもあるんだろうけどねえ」
さすが、幼馴染だけあってよく理解している。幼馴染というものがいないレジーナにとって、二人の関係性は少し羨ましい。
「ノアさんは一人っ子だっけ。兄弟ほしいなあって思ったことはあるの?」
「もちろん、あるよ。僕は……そうだな、お兄ちゃんがほしかったかも」
「ニール君がお兄ちゃんみたいなものじゃない?」
それにはノアは嫌そうな顔をした。
「嫌だよ、ニールがお兄ちゃんなんて。口うるさいし、暑苦しい。クリフ副隊長みたいなお兄ちゃんの方がいいよ」
「……うーん、まあ、私もお兄ちゃんが一番かな?」
温和だし、優しいし、けれど叱るべき時はきちんと叱ってくれる。小さい頃から大層可愛がってもらったものだ。
「そういうレジーナは、他に兄弟がほしいと思ったことはあるの?」
「私はお兄ちゃんだけで満足だったよ。でもまあ、今は妹がいたら可愛がってたんじゃないかなあって思うけど」
「あはは、じゃあチェルシーが妹みたいなものじゃない?」
「チェルシーちゃんはお友達だよ」
けれど、と思う。――チェルシーが妹だったら。
(まあ、なんだかんだ可愛がってそうかも……)
ツンデレにやれやれと苦笑しつつも、あれこれ世話を焼きそうだ。そう、実の兄であるアルヴィンのように。
レジーナは、ふとツンデレという言葉にノアを見る。
(そういえば、ノアさんもニール君にはつんつんしてるけど……デレることもあるのかな)
こんな可愛い顔でデレたら破壊力は抜群そうだ、とレジーナはどうでもいいことを思う。
そんなある日のことだった。今日は休みだからと普段着でチェルシーとともに朝食を食べているレジーナの下へ、騎士服のニールと普段着のノアがやって来た。
「二人ともおはよう。隣に座ってもいいか?」
「いいよ。ね、チェルシーちゃん」
「そうね。ただし、私の隣はノアなら許可するわ。ニールは却下」
「なんでだよ!?」
「そりゃ暑苦しいからでしょ。ただでさえ暑いのにニールの隣なんて、体感温度が十度は上がるからね」
「……。……お前ら、マジで可愛くない」
俺の扱いひど過ぎだろ、とニールはレジーナの隣に座りながらぼやく。レジーナは苦笑するしかなかった。まあ、確かにひどいと言えばひどい。
(でも、いじってるだけって感じ……)
二人とも本気で嫌っているわけでないだろうと思う。要は、ニールの優しさに甘えているのだ。
ノアはニールのぼやきを無視し、レジーナを見て首を傾げた。
「レジーナも今日は休みなの?」
「うん。ノアさんも?」
「そうだよ。僕達の休みが重なるなんて初めてだね。そうだ、一緒に出かけない? 近くに湖があるから涼みに行こうよ」
「あ、いいね」
話を進めるレジーナとノアに、
「――ダメだ!」
と、ニールが突然大声を上げた。それにはレジーナとチェルシーは驚いて、ニールに顔を向ける。すると、ニールははっと我に返った顔をして、
「あ、ほら、どうせ行くなら八虹隊全員の方がいいじゃん? あの湖は傍に森があるから魔物が出るかもしれないし、ダグラス隊長達が一緒の方が安心だしさ」
と、努めてにこやかに付け加えた。といっても、感情が顔に出やすいニールなので、明らかに笑みを取り繕っているのが丸分かりだ。
(なんか、ニール君にしては慎重な考え方だなあ……)
むしろ、俺も仕事をサボって一緒に行くぜ、なんて言うかと思っていたが。
じっとニールを見つめていたノアは沈黙したのち、
「……分かった、やめるよ」
と、提案を引き下げた。
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