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第8話 八虹隊とは4
しおりを挟む「え……」
精霊と契約を結べずにいる精霊騎士の集まり。
それは予想外の話だったが、昨日ニールに白狼がニールの精霊なのかと訊いた時に歯切れ悪く答えていたことが、腑に落ちた気がした。
「じゃあ、お兄ちゃんも……?」
「いえ、私とダグラス隊長は契約を結んでいます。結べていないのは、他の三人です」
「そう、だったんだ……」
なんといったらいいのか分からない。けれど、ニール達の前ではあまり触れない方がいい話なのだろうな、とは思う。
「精霊と契約していなくても、精霊は傍にいてくれるものなの?」
「気に入った人間の傍にはいるようですね。それを精霊騎士としての適性がある、と評します。まあそれも、精霊が愛想を尽かせば離れて行くようですが」
「精霊騎士の適性があるっていうと……そういえば、お兄ちゃんも適性があるって言われたから騎士学校に進学したんだっけ」
「おや、よく覚えていますね。そうです。レジーナも受けたでしょうが、街学校を卒業する時の精霊騎士適性検査で適性があると判断されました。本当は文官志望だったんですけどねえ」
精霊騎士適性検査とは、街学校を卒業する生徒と精霊を引き合わせ、精霊騎士として適性があるかどうかを見極める検査のことだ。そこで適性があると判断されれば、有無を言わせず騎士学校へ進学させられる。それは精霊騎士が希少だからだという。この広い国の中で、一年に一人適性者がいればいい、というくらいに少ないらしい。
「まあともかく。そういうわけなので、ウチの隊の仕事は魔物討伐ではなく、三人が契約を結べるようにすることです。私達には遠征がないので、彩七隊専属トリマーよりも仕事が多くなるでしょう。すみませんが、よろしくお願いします」
「ううん、仕事が多いのは嬉しいことだよ。私もニール君達が早く契約を結べるように陰ながら応援してるね」
「ふふ、ありがとうございます。では、私は先に事務室へ戻りますので、トリミング室の後片付けをアルヴィン殿下から教わって下さい。行きますよ、アモン」
「クゥン!」
灰狼を引き連れてクリフは立ち去っていく。その背中を見送るレジーナの隣に、アルヴィンが立った。空気を読んで口を挟まずにいてくれたようだ。
「じゃあ、後片付けするか」
「あ、うん」
アルヴィンとともに再びトリミング室へ戻ったレジーナは、灰狼を洗った場所の掃除をすることになった。といっても、あまり汚れていないけれど。
ブラシを使って掃除をしながら、レジーナはふと思い出して口を開いた。
「アルヴィン君、そういえば精霊は何を食べるの?」
「ん? ああ、後で教えてやるって言っていたな。まあ、俺も詳しくは分からんが、精霊は『七つの大罪』を食べるんだそうだ」
「七つの大罪……?」
「そうだ。教会における罪の根源とされる七つの感情、欲望のことを指す。傲慢、嫉妬、強欲、色欲、憤怒、暴食、怠惰。これらを食べる代わりに契約者に力を与えるらしい」
「へえ……どれも人間なら少なからず持っている心に思えるけど」
「そうだな。だから精霊の判断基準は厳密には分からん。まあ、おそらく精霊の選り好みなんだろうな」
ふむ、とレジーナは考え込む。では、クリフやダグラスはどの七つの大罪を差し出したのだろう。訊けば教えてくれる……かもしれないが、なんとなくプライベートに土足で足を踏み込むようなことのような気がしてならない。
(気になるけど、訊くのはやめておこうかな……)
そう思いつつ、掃除を続けていると、今度はアルヴィンがふと口を開いた。
「あ、そういえば、レジーナ。チェルシーのことなんだが、今朝さりげなく昨日お前に何を言ったのか聞き出そうとしたんだが……できなかった。力になれなくて悪い。もし、不愉快になるようなことを言ったんだとしたら、妹が失礼した」
「別にいいよ。気にしてないから忘れてるんだし」
「……そうか」
けろっとして言うレジーナに、アルヴィンはなんとも形容し難い顔だ。大人しそうな顔の割に神経図太いよなこいつ、と実は思っているのだが、レジーナは知るよしもない。
そうして掃除を終えて再び事務室へ戻りがてら、レジーナはクリフからもらったシフト表を腰袋から取り出して眺め見た。すると、出勤一日目は疲れるだろう、と配慮してくれたのかもしれない。明日は休日になっていた。
(明日はお休みかあ……せっかく、王都に来たんだし、王都を見て歩きたいな。あ、そうだ。お兄ちゃんに王都の案内を頼めないかな?)
八虹隊は魔物討伐に行く予定がないのだし、そんなに忙しくはないだろう。一日くらいなら出勤日でも休みをとれるのではないか。
アルヴィンにそう話したら、アルヴィンは何故か片眉を下げて、
「……どうだろうな。まあ、兄貴に訊いてみろ」
と、含みのある言い回しで応えた。
なんだろう。まだ八虹隊には何か事情があるのだろうか。
レジーナは内心首を傾げながら、アルヴィンとともに事務室へ戻った。
「「ただいま戻りました」」
「お、アルヴィン殿下、レジーナちゃん、おっかえり~」
「おかえりなさい」
そう出迎えたのはクリフとダグラスだ。クリフは文机で書類仕事をしており、ダグラスは椅子にふんぞり返っている。灰狼の姿はない。どうやら、クリフのペンダントの宝石に宿っているようだ。
レジーナはクリフの下に行き、声をかけた。
「ねえねえ、お兄ちゃん。明日はお仕事?」
「ええ、そうですが。それがどうかしましたか?」
「明日、お休みできない? 私に王都を案内してほしくて。お願いっ」
ぱあん、と両手を合わせてお願いのポーズを取ると、けれどクリフは困った顔をした。
「レジーナ、案内してあげたいのは山々なんですが……」
「……ダメ?」
「そうですね、仕事が忙しいので。明日、急に休みを取るのは無理です」
「そっか……」
断られてしょんぼりとするレジーナだったが、
「……思うんだけど、何がそんなに忙しいの? 魔物討伐に行く予定はないんでしょ?」
と、疑問を口にした。
魔物討伐に行く予定はなく、仕事といったらニール達三人を精霊と契約を結べるようにすること。そこまで忙しい要素はないように思うのだが。
すると、クリフは、
「よくぞ聞いてくれました、レジーナ」
と言って、怒りがこもった目をダグラスへと向けた。
「私が忙しいのはあの男のせいなんですよ」
「え、ダグラスさんの?」
「ええ。あの男が他の隊の事務仕事を片っ端から引き受けてくるんです……!」
レジーナもダグラスを見ると、ダグラスは腕を頭の後ろで組んで悪びれることなく言う。
「だってさ~、ウチの隊の別名『給料泥棒隊』よ? 少しは仕事してるアピールしておかなきゃ、隊長の俺が肩身狭くってさ」
「だからって、全部引き受けることはないでしょう!? だいたい、書類を作るのは私で、あんたはハンコ押すだけじゃないですか!」
「だってそれが上司の仕事だもーん。いやあ、優秀な補佐がいると助かる、助かる♪」
「この…っ……!」
「わーっ、お兄ちゃん、暴力はダメだよ!」
分厚い辞書をダグラスめがけて投げようとするクリフを、レジーナは慌てて止めた。
落ち着いて、お兄ちゃん、と宥めるように声をかけられたクリフははっとする。しまった、ボロが……もとい、素が出てしまった。
(これだから、こいつは嫌いなんだよ!)
周囲と上手くやっていくために作っているキャラが、ダグラスの前では崩れる。そしてそれを面白がってふざけているのだ、ダグラスは。ああ、本当に腹が立つ。
クリフは深呼吸してから、温和な表情をレジーナに取り繕った。
「……すみません。怒りのあまり取り乱しました」
「あ、ううん。お兄ちゃんだって、そういうことあるよね」
と、レジーナは理解を示しつつも、内心では兄の意外な一面に面食らっていた。温厚なクリフにこんな反応をさせるとは……ダグラスはある意味すごい。
「まあとにかく、そういうわけなので、申し訳ありませんが、明日は休めません。他を当たって下さい」
「分かったよ。でもうーん、他を当たってって言われてもなあ……」
ニール達とは知り合ったばかりだし、クリフの他に案内を頼めそうな知り合いなんて王都にはいない……と思ったところで、レジーナは「あっ」と声をあげた。
そうだ。いるではないか、もう一人。
レジーナは、今度は後ろにいるアルヴィンを見上げた。
「アルヴィン君は明日お仕事?」
「ん? いや、休みだが」
「よかった! じゃあ、明日私に王都を案内してくれない?」
「俺がか? まあ、別に構わないが」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべるレジーナ。対して、アルヴィンは相変わらずの仏頂面で。
「じゃあ、明日の十時に営所の前で待ち合わせな」
「うん!」
「妹のことをよろしくお願いします、アルヴィン殿下」
「はい」
そんなやりとりをしている事務室の扉の廊下側で、
(お兄様と二人で出かけるですってえ……!?)
と、チェルシーが聞き耳を立てていることに誰も気付かなかった。
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