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第3話 八虹隊の隊員3
しおりを挟む男性――ダグラスは、にこにこと愛想よく笑った。
「いやあ、可愛らしい子だねえ。クーちゃんとはまた違った方向性で」
「……クーちゃん?」
一瞬誰のことを言われたのか分からなかったが、話の流れ的にクリフのことを言っているのだろうと察せられる。そのクリフは「こほん」とわざとらしく咳払いをして。
「レジーナ、他の隊員も紹介しましょう。アルヴィン殿下、今日はもう大丈夫です。また明日、レジーナにご指導していただけたらと思います」
「分かりました。では、俺はこれで失礼します」
アルヴィンは軽く会釈をして、事務室を出て行った。ご指導というと、精霊のトリミングについてだろうか。そこでレジーナはふと思う。
「あれ? お兄ちゃん、そういえば精霊ってどこにいるの?」
契約うんぬんという話だったから、てっきり傍にいるのかと思っていたが、事務室のどこにも精霊らしき姿はない。敷地内で自由にさせているのだろうか。
レジーナの疑問にクリフは、「精霊ならここにいます」と言って、宝石のペンダントを指差した。レジーナはつい「え?」と声を上げる。
「宝石の中……にいるの?」
「宿っているという言い方が適切でしょうか。なにせ、体が大きいので連れ歩くと少々邪魔になりまして。室内だと特にそうですね。時間がある時はたまに敷地内に解放しますが」
「それなら今も敷地内に解放してあげたらいいんじゃ……」
「それがですね、契約を結んだ精霊とは一定の距離以上は離れられないんですよ。ですから、こうしてペンダントに宿ってもらっている次第です」
「へえ、そうなんだ」
レジーナが納得したところで、クリフはダグラスに声をかけた。
「ダグラス隊長。では、レジーナを他の隊員にも紹介してきますので。その間、出来上がった書類にハンコを押してもらえると助かります」
「了解。じゃあまたね、レジーナちゃん」
レジーナはダグラスに会釈をしてから、先に事務室を出て行ったクリフの後を追った。すると、クリフは廊下で待っていてくれて、「では、行きましょうか」と歩き出す。
「チェルシーとは会いました?」
「うん。すっごい美人だよねえ。優しそうな人だったし」
「レジーナもこの十年ですっかり素敵な淑女になりましたよ。引く手あまたでしょう」
「あはは、お兄ちゃんも相変わらずだねえ。私は全然モテないよ」
昔からレジーナを可愛がってくれるクリフの目には、身内フィルターがかかっているらしい。レジーナ自身は平凡な顔だという自覚があるが。
まあ、仮に美人だったとしてもモテたいという願望は特にない。たった一人の伴侶と添い遂げられたらそれでいいと思っている。もっとも、その一人を見つけることが難しいのかもしれないけれど。
「それで、八虹隊って五人なんだよね。お兄ちゃん、ダグラスさん、チェルシーさん……私が会ってないのはあと二人?」
「ええ。ニールとノアの二人ですね。先にニールに会いに行きましょう。稽古場にいるでしょうから」
「分かった。それにしてもお兄ちゃん、副隊長だなんてすごいねえ。手紙で教えてくれたらよかったのに」
隊長や副隊長の平均年齢は分からないものの、それでも一つの隊をまとめる役職についているのは素直にすごいと思う。さすが、昔から賢かった兄だ。
レジーナはそう思ったが、クリフは苦笑いだ。
「いえ……曲がりなりにも伯爵子息ですから、その忖度に過ぎませんよ」
「そうかなあ? 能力がなかったら指名されないと思うけど」
「ふふ、ありがとうございます。肩書きだけ、と言われないように努力はしていますよ」
さあ、こっちです、とクリフは言いながら一階に下りて、その後を追うレジーナは八虹隊の事務室へ向かう時には通らなかった道を通って最奥へ向かった。そして扉を開けると、
(うわあ! 大きな狼!)
広い稽古場の中央で、白い毛並みに紅い瞳を持つ大きな狼が黒髪の少年の剣筋を、宙で一回転して避けて床に下り立ったところだった。追撃しようとした黒髪の少年にクリフが声を張り上げる。
「ニール! ちょっと、こっちに来なさい!」
「ん? あ、クリフ副隊長」
黒髪の少年――ニールは戸口に立っているレジーナとクリフの姿に気付いたようで、剣を鞘に収め白狼を引き連れて目の前までやって来た。
「なんだよ、いいところだったのに」
「今日、私達の隊の専属トリマーに私の妹が来ると話していたでしょう。この子が妹のレジーナです。仲良くして下さいね」
「レジーナです。よろしくお願いします」
レジーナはまたちょこんと頭を下げる。顔を上げると、ニールは快活に笑って「おう、よろしく。俺はニールだ」と応えてくれた。
年は十代後半だろうか。レジーナとあまり変わらなそうだ。
「その子がニールさんの精霊なんですか?」
もふもふの毛並みをしている白狼を、レジーナは目をキラキラとさせて見上げる。するとニールは、
「そう……だな、俺の精霊マルコシアスだ。マルコって呼んでる」
と、僅かに歯切れ悪く答えた。
レジーナは内心首を傾げつつも、「可愛いですね」とにこやかに相槌を打った。ニールは笑って「サンキュー」と応えてから。
「触ってみるか?」
「え、いいんですか?」
「別にいいぜ。なあ、マルコ」
「クゥン」
白狼は了承したように鳴き、レジーナが触りやすくするためだろうか、頭を下げた。レジーナはおずおずとそのもふもふの頭を撫でて、触り心地のよさに感動した。
(すっごい、もふもふ! 毛が伸びたらトリミングのし甲斐がありそう)
これだけ大きな狼だ。一日がかりで臨まねばならないかもしれない。と、トリマーならではの感想を抱き、レジーナは手を離した。
「触らせてくれてありがとうね、マルコ。ニールさんもありがとうございました」
「触りたい時は自由に触っていいぞ。専属トリマーになるんだろ? 慣れておいた方がいいだろ」
「あ、そうですね。マルコと早く仲良くなれるように頑張ります!」
つい言葉に力がこもってしまうと、ニールは可笑しそうに笑う。
「はは、そんなに気負うなよ。こいつは人懐っこいから大丈夫だって」
「クゥン」
再び鳴く白狼は、そうだよと言ってくれているかのようだ。ニールは気さくでよく笑う人だし、白狼も賢くていい子だ。精霊と契約者とは似るものなのだろうか。
そうして挨拶もそこそこに、クリフは「では、次はノアのところへ行きましょうか」と踵を返した。レジーナはニールに「じゃあ、また」と会釈してから、クリフの後に続く。
クリフの隣を歩きながら、レジーナは声を弾ませた。
「なんか、ニールさんって気のいいお兄ちゃんって感じだったね」
「そうですね、面倒見のいい、いい子ですよ。まあ、ちょっと脳筋ですが。ちなみにニールはカウエン地方伯爵家の三男です」
「あ、そうなんだ。あんまり貴族って感じがしない人だったけど」
「そうですね、貴族令息にしては毛色が違うかもしれません。これから紹介するノアも、クロネリー地方伯爵家の長男なんですが、あまり貴族っぽくはないかもしれませんね」
「え、クロネリー地方伯爵家の長男?」
と、つい反応してしまったのは、クロネリー地方伯爵家というのは地方伯爵家の中でも大貴族だからである。クロネリー地方はこの国の最北部に位置し、一年中雪が降る広大な地方だ。ゆえに氷が大量に採取できるため、その氷は国中に行き渡っており、それにより栄えている、のだとか。
「大貴族の……それも長男が精霊騎士なんだ。っていうか、八虹隊って王侯貴族ばっかりじゃない? まさか、ダグラスさんも……」
「お察しの通りです。ダグラス隊長はコングレン侯爵家の次男ですよ」
「ええっ、三大侯爵家のあのコングレン侯爵家!?」
侯爵子息に、伯爵子息に、王女。並べ立てると、なんだかすごい隊だ。精霊騎士というのは王侯貴族ばかりなのかと思ったが、そういうわけでもなく、平民も数多くいるという。八虹隊はたまたま王侯貴族が集まってしまったらしい。
そんなやりとりを交わしつつ、二人は精霊騎士団本部を出た。
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