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第24話 ガーデンクォーツの悲哀3
しおりを挟む(本当に……何があったんだろう)
追うべきなのか、引き下がるべきなのか。
迷っているうちにデイナの姿が見えなくなってしまい、マイはひとまず店内へ戻った。すると、子竜が飛んできて「きゅう、きゅう!」とまるで何かを訴えるかのように鳴く。
「どうしたの? やっぱり、楽園(エデン)行きが嫌?」
子竜はぶんぶんと首を横に振る。楽園(エデン)行きが嫌だと伝えたいわけではないようだ。では、一体何を伝えたいのか。
マイは子竜の体を抱え上げ、じっとそのつぶらな瞳と見つめ合った。
「心と心を通わせれば……!」
子竜の言いたいことが分かるかもしれない。きゅうきゅうと鳴く、一生懸命な様子の子竜としばらく見つめ合う、――が。
「……イアン君、意思疎通を取るのは無理だったよ」
「そりゃそうだろうな。バカなのか?」
イアンは呆れた顔になって続けた。
「思念を読み取るなんて、思念解除師だってできない。できるのは、眷属だけだ。まあ、すべての眷属ができるというわけじゃないが……ん? 眷属?」
何か気付いたという様子のイアンにマイはぱっと顔を明るくした。
「何かいい案が浮かんだの!?」
「ああ。ほら、人型の眷属ならそいつの通訳をできるんじゃないかと思ってな」
「そっか! さすが、イアン君! じゃあ、王都で人型の眷属を探して……」
「まあ待て。お前には人型の眷属に知り合いがいるだろう」
マイは目を瞬かせ、考え込んだ。
「え? 人型の眷属って……エイベルさんは消滅しちゃったし、カイルさんはシェリルさん以外の思念を読めなさそうだったよ?」
「眷属同士なら読めるかもしれないだろう。この広い王都をしらみつぶしに探す前に、試してみてもいいと思うが?」
確かにそうかもしれない。他に人型の眷属を探すより、すでに知り合いのカイルに頼んでみる方が簡単だ。ダメならその時に他を当たればいい。
「そうだね、そうしよう。ええと、確かシェリルさん達のお店は、商店街にある『エイマーズ』ってお店だっけ。じゃあ、早速……」
「もう夕方だ。ここから商店街へ行けば夜になるだろうし、暗くてその店を見つけるのは難しいだろう。明日定休日なんだから、明日にしよう」
「うーん……それもそうだね」
と、納得してから、マイは「って、あれ?」と首を傾げた。
「明日にしようって……もしかしてイアン君もついてきてくれるの?」
「お前の仕事の監視役だぞ、俺は。それに俺だって気にならないわけじゃない」
「なんか暗かったもんね、デイナちゃん」
「それもあるが……そいつをよく見ろ。体が傷だらけだ」
「え……」
マイは言われて気付いた。子竜の体をよくよく見てみると、イアンの言う通り傷が多い。それも古傷だ。空を飛べる子竜が転んで怪我をしたということはないだろうし、かといって子竜の幸せを願って手放したデイナが傷付けたというのも考えにくい。
「……何があったのかな」
「それを明日調べるんだろう」
「うん。じゃあ、明日一緒に『エイマーズ』に行こう」
カフェへ行くという約束は先延ばしだ。
そして、翌日。
「ここがシェリルさん達のお店かあ……」
服飾店『エイマーズ』。そう書かれてある看板の前に、子竜を腕に抱えたマイとイアンは立っていた。
外観は少々古びた、こじんまりとしている店だ。二階建てで、二階部分がおそらく居住スペースなのだと思われた。聖石店『クロスリー』と同じ造りだ。
「よし、行くぞ」
「うん」
店に入ると、来客を告げるものであろう呼び鈴が鳴って、「いらっしゃいませ」と鈴の音のようなシェリルの声が耳に入る。朝早いということもあってか、他に客の姿はない。
接客をするためか、マイ達の所までやって来たシェリルは目をぱちくりとさせた。
「え、マイさん?」
「おはようございます、シェリル様」
「おはようございます。あ、本当に遊びに来てくれたんですね」
嬉しそうな顔をするシェリルに、マイは「あ、いえ、今日は違います」となんだか申し訳なさを感じつつ、否定した。
「では、服をお買いに?」
「えっと、実はカイルさんに用がありまして」
「カイル、ですか。カイルなら奥にいます。呼んで来ますね」
そう言って小走りで奥へ下がっていくシェリル。ほどなくして、戻って来た時にはカイルを連れていた。そして、自分は席を外した方がいいのだろう、と気を利かせてくれたらしい。シェリルはカウンターに戻っていった。
マイ達はカイルと挨拶を交わしてから、店の端まで移動した。
「俺に用があるって話でしたが、なんでしょう?」
「あの……この子が言いたいことを、通訳してもらえないかと思いまして」
カイルは難しい顔をした。
「前に話したことがあると思いますが、俺、シェリル以外の心は読めないんですよ。だから多分、無理だと思いますけど……」
「ダメ元でいいんです。試してもらえませんか」
「……分かりました。ひとまず、その子の話を聞いてみます」
「ありがとうございます! さっ、コーリーちゃん。このおにいさんに話してみて」
マイに促された子竜は、昨日のように「きゅう、きゅう」と鳴き始めた。その声に真剣な顔をして耳を傾けるカイルだったが――。
「すみません、やっぱりダメです」
「……そう、ですか」
マイも子竜もしゅんとした。いやしかし、そんなにガッカリしてはカイルに気を遣わせてしまうと気付いて、マイは「気にしないで下さい」と笑う。
「ちょっと、この子とお話してみたかっただけなので。無理を言ってごめんなさい。じゃあ、私達は帰るのでシェリル様にもよろしく伝えておいて下さい」
「はい。お力になれず、本当にすみません。では、お気を付けて」
そうして、マイ達は『エイマーズ』を後にした。そして、看板の前でマイは「はあ」とため息をつく。
「ダメだったね。やっぱり、他の人型の眷属を探すしかないかあ……」
「そうだな。こういう時、教団が眷属の管理をしていればいいのになって思うよ。まあともかく、一緒に探すのは効率が悪いから二手に分かれるか。俺は西区を回るから、お前は東区を頼む。とりあえず、正午にお前が行きたがっていたカフェで待ち合わせるっていうのはどうだ」
「分かった。……って、イアン君。ついでに約束を済ませちゃおうなんて思ってない?」
疑わしい目を向けるマイに、イアンは素知らぬ顔をする。
「気のせいだろ。じゃあまた後でな」
さっさと立ち去っていくイアンを見送った後、マイも「よし」と気合を入れた。人型の眷属は珍しいとはいえ、国中から国民が集まるこの広い王都だ。誰か一人くらい見つかるだろう。
そんなわけでマイは子竜を腕に抱えて東区を回り始めた。朝早い時間なので人通りは少ないが、それも時間が経つほどに行き交う人々が増えていく。
こうも人が多いと探すのも大変だと第三者がいたら思うかもしれないが、その点は大丈夫だ。というのも、この国の一般人の髪色は栗色、茶色、焦げ茶色、などの茶系統なのだが、加護持ちと眷属はオーレリアのような赤髪、マイのような黒髪、イアンのような緑の髪、カイルのような青髪、など髪色が奇抜なので人混みの中でも目立つ。というわけで、奇抜な髪色の人を見つけてから、加護持ちか眷属かを判別すればいい。
(あ、いた。……って、祓魔騎士だ)
マイはがっかりしつつ、歩きながらまた別の奇抜な髪色の人を探す。奇抜な髪色の人はぽつぽつといるのだが、全員加護持ちで人型の眷属にはなかなか巡り合えない。
あちこち歩いて回ったが、結局人型の眷属を見つけることができないまま、正午になってしまった。
(イアン君は……まだ来てないな)
待ち合わせのカフェのテラス席に、マイは子竜を膝に乗せて座る。ちなみにこの店の看板商品である果実ジュースを頼んだので、間もなく運ばれてくるだろう。楽しみにしていたことだが、今はとてもではないがそんな気分にはなれない。
(やっぱり、人型の眷属って珍しいんだな……イアン君の方は見つかったかな?)
見つかったことを願うしかない。
マイは子竜を見下ろした。
「……コーリーちゃん、ごめんね。私達じゃ言いたいことを理解できなくて」
「きゅう、きゅう」
優しげな子竜の鳴き声は、気にしないでと言っているかのようだ。けれども、子竜も人型の眷属が見つからなかったことにがっかりしているようですぐに俯く。
マイも俯いて、「はあ」とつい大きくため息をついてしまったところへ、
「お待たせしました。……って、あの聖石細工師の子じゃない。ええと、確かマイって言ったっけ?」
聞き覚えのある声にマイも顔を上げた。すると、そこにはなんとウエイトレス姿のアルバータが立っていて、マイは驚いた。
「アルバータ様! え、ここで働かれているんですか?」
「もう客じゃないんだから様付けしなくていいわよ。ええ、私、王都に来てからはここで働いているの。それよりその子、あなたの眷属? 可愛いわね」
「あ、いえ……この子はお客様からの……その、預かりものです」
「あら、そうなの。とりあえずはい、注文の品よ」
アルバータはお盆からマイが注文していた苺のジュースをテーブルの上に置く。
「それにしても、久しぶりね。元気にしてた?」
「はい。アルバータさんも……ええと、その、お元気にしていましたか?」
「変に気を遣わないでよ。エイベルのことならもう乗り越えたから大丈夫よ」
「そうですか……それならよかったです」
突然の再会に面食らいつつも喜んでいると、
「アルバータ、まって~」
と、舌っ足らずな口調でアルバータのことを呼ぶ声が聞こえた。声の方向へ顔を向けると、外見は五歳くらいだろうか。女児がとてとてとアルバータの下へ駆け寄ってきた。
その女児を見たマイは、これまた驚いた。
(え!? 眷属!?)
そう、眷属だ。人型の。エイベルはアルバータの祖母が生み出したという話だったが、アルバータも人型の眷属を生み出したのか。一体いつ生み出したのだろう。もしかして、エイベルの死を乗り越えて前を向いた心によって生み出されたのだろうか。
いや、今はそれよりも。
「アルバータさん! ちょっと、協力してもらえませんか!?」
「何、急にどうしたの?」
「その子の力が必要なんです! お願いします!」
アルバータはきょとんとしていたが、マイが必死な様子が伝わったのだろう。「分かったわ」と快く了承してくれた。
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