上 下
21 / 30

第21話 アパタイトの恋心7

しおりを挟む


「あの二人、上手くいくといいねえ」

 一旦家に帰るというシェリルとカイルを見送り、店の表札を『CLOSE』にしてから店内に戻ったマイは、聖石が乗ったトレイを運びながらイアンに話しかけた。
 ずっと黙っていたイアンだったが、喜ばしいことだとは思っているのだろう。幾分か表情を和らげて「そうだな」と同意した。

「……それにしても、相手を幸せにするという覚悟、か」
「え? 急にどうしたの?」
「ん? お前が相手の幸せを願って身を引くよりも大切なことがある、と言ったのはそういうことなんじゃないのか?」
「あ! そう言われたらしっくりくるかも!」

 あの時、なんとなく思った感情が形になったような気分で、マイは一人納得した。そんなマイにはイアンは「は?」と目をぱちくりとさせる。

「お前……まさか、テキトーに言ったのか? いい加減だな」
「違うよ! ただ、ええと……うーん、なんて言ったらいいんだろう。とにかく、本当にそれ以上に大切なものがあるような気がしたから、ああ言ったの!」

 断じていい加減な気持ちで助言したわけではない。
 そう主張するマイを、イアンは感心しているような、けれど呆れてもいるような、なんとも形容し難い表情で見下ろした。

「要するに勘ってことだな。……まあ、上手く話がまとまったからよかったが」

 イアンはそう話をまとめて、組んでいた腕を解いた。

「帰る。また明日な」
「うん。今日もありがとう。お疲れ様」

 イアンが店を後にするのを見送ってから、マイはトレイを持って奥へと下がる。聖石を金庫の中の元あった場所に戻しながら、思う。

(好きな人、かあ……)

 いつか、マイも恋する日が来るだろうか。
 その時は、シェリルのように真っ直ぐ自分の想いを伝えられたらいい。そして、願わくは両想いになれたらいい、と思う。
 まだ来ぬ未来へと思いを馳せながら、マイは閉店作業をこなした。




「シェリル! それにカイルも! 帰って来たか!」

 シェリルとカイルが家に帰宅すると、父が弾んだ声で出迎えた。その後ろには母も立っていて、カイルが戻って来たことに安堵しているような表情を浮かべている。
 そんな両親にシェリルは真剣な顔をして話を切り出した。

「お父さん、お母さん。私、カイルと王都を出る。……これから、カイルと二人で生きていくわ。親不孝者でごめんなさい」

 二人で生きていく、という言葉を、父も母も正確に読み取ったのだろう。二人は驚いた顔をして互いに顔を見合わせていた。

「シェリル……あなた、カイルのことが好きだったの?」
「カイル、お前もだ。シェリルのことが好きだったのか」

 両親からの問いかけにシェリルとカイルは迷いなく、

「「はい」」

 と、言い切った。

「旦那様、奥様。シェリルのことは、俺なりのやり方で必ず幸せにします。だから、ここから連れて行くことをお許し下さい」
「止めたって無駄よ。じゃあ、今から荷造りするから」

 カイルを連れてさっさと二階へ行こうとするシェリルを、父が「待ちなさい」と呼び止めた。

「早まるな。ジェフリー様の脅迫の件なら解決した」
「……え?」

 それにはシェリル達は足を止め、父を振り返る。……解決、した?

「どういうこと?」
「実はな、ついさっき、ジェフリー様の父君が事情を聞くためにうちにいらしたんだ。どうやら、ジェフリー様はカイルを楽園(エデン)送りにしようがしまいが、父君に言いつけてうちを潰す気でいたようだな。だが、ジェフリー様の父君は良識のある方だった。事情を話したら、逆に放蕩息子が迷惑をかけて申し訳ないと謝られたよ。もちろん、うちを潰すなどということもしないそうだ」
「本、当に……?」

 この店が潰れないと言うのなら、シェリルもカイルも無理に王都を出る必要はない。ともかく、店が存続するのなら一安心だ。

「それならよかったわ。でも、どっちにしてもカイルと二人で生きていくと決めた以上、この家からは出ていく」
「それはお前達の自由だが、急いでうちを出る必要はないだろう。もう夜になるし、今日くらいはうちに泊まりなさい。それに、まだ話がある」
「何?」
「お前達、うちの店を継がないか」
「え……」

 思わぬ申し出に、今度はシェリルとカイルは互いの顔を見合わせた。この店を継ぐ。それは不思議とシェリルの頭にはなかった選択肢だった。
 どう反応すべきか迷っていると、父は諭すように続けた。

「この狭い店ならこれまでそうだったようにカイルも自由に働けるだろう。もちろん、すぐにこの店を譲るわけじゃない。教えるべきことは山程あるからな、私も母さんもすぐには隠居せん」
「………」
「店を継いでも売り上げは……分かっているだろうが、大したことはない。それでも、二人で暮らしていく分にはなんとかなるだろう。私と母さんが死ぬまでは、どこかに部屋を借りてそこからうちに通勤、という形で構わない。悪くない話だと思うが、どうだ」

 シェリルは隣のカイルを見上げた。カイルもまた、シェリルを見下ろしている。目と目が合い、やがて――二人は頷き合った。

「分かった。私達、この店を継ぐわ」

 他の職場で働いて、カイルのことを養う覚悟がなかったわけではない。けれど、一緒に働ける職場の方がカイルも引け目を感じなくて済むだろう、そう思っての決断だった。この店に愛着があるので父の代で終わらせたくない、という気持ちもある。
 シェリルの返答に父は「よし」と満足げに笑った。

「お前達、明日からビシバシ鍛えるからな。覚悟しておきなさい。……それから、カイル」
「は、はい」

 緊張した面持ちで返事をするカイルの肩を、父はぽんと軽く叩いた。

「シェリルのことを頼んだよ。お前になら安心して任せられる」
「ええ、そうね。これからは二人で支え合って生きていきなさい。私と父さんのように」

 孫の顔は見られないことを分かっていても、祝福してくれる両親。そのことにシェリルはなんだか涙腺が緩みそうになった。

「……ありがとう、お父さん、お母さん――」




「――というわけで、二人で家業を継ぐことにしました」

 そう話をまとめたシェリルに、マイは穏やかに笑いかけた。

「そうなんですか。よかったですね」

 王都を出る必要が無くなり、両親からも祝福され、二人で家業を継ぐ。いい形に落ち着いたのではないかと思う。
 マイの向かい側のソファーにカイルと並んで座っているシェリルの表情は、初めて来店した時と違ってとても幸せそうだ。

「ありがとうございます。よかったら、今度遊びに来て下さい。商店街にある、『エイマーズ』という服飾店です」
「はい、是非」
「では、用件のみとなってしまいますが、失礼します。貴重なお時間を取ってしまってすみません」
「いえ、どうせ暇……じゃなくて、ちょうどお客様もいませんでしたから。それよりも、シェリル様とカイル様の幸せなご報告を聞けて嬉しいです。お二人も、何かありましたらお気軽に当店へお越し下さい」

 ソファーから立ち上がる二人に合わせて、マイも席を立つ。そして、いつものように先回りして店の扉を開け、二人を外まで見送った。

(なんだか、こっちまで幸せな気分になるなあ)

 手を繋いで立ち去っていく二人の後ろ姿が微笑ましい。本当に想いが通じ合ったのだな、と改めて思う。
 ――どうか、いつまでも幸せでありますように。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

姫軍師メイリーン戦記〜無実の罪を着せられた公女

水戸尚輝
ファンタジー
「お前を追放する!」無実の罪で断罪された公爵令嬢メイリーン。実は戦いに長けた彼女、「追放されるのは想定済み」と計画通りの反撃開始。慌てふためく追放する側の面々。用意周到すぎる主人公のファンタジー反逆記をお楽しみください。 【作品タイプ説明】 イライラ期間短く、スカッと早いタイプの短期作品です。主人公は先手必勝主義でバトルシーンは短めです。強い男性たちも出てきますが恋愛要素は薄めです。 【ご注意ください】 随時、(タイトル含め)手直ししていますので、作品の内容が(結構)変わることがあります。また、この作品は「小説家になろう」様「カクヨム」様でも掲載しています。最後まで閲覧ありがとうございますm(_ _)m

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜

蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。 レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい…… 精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました

深凪雪花
ファンタジー
 トリマーとして働く貧乏伯爵令嬢レジーナは、ある日仕事をクビになる。意気消沈して帰宅すると、しかし精霊騎士である兄のクリフから精霊騎士団の専属トリマーにならないかという誘いの手紙が届いていて、引き受けることに。  レジーナが配属されたのは、八つある隊のうちの八虹隊という五人が所属する隊。しかし、八虹隊というのは実はまだ精霊と契約を結べずにいる、いわゆる落ちこぼれ精霊騎士が集められた隊で……?  個性豊かな仲間に囲まれながら送る日常のお話。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...