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第21話 アパタイトの恋心7
しおりを挟む「あの二人、上手くいくといいねえ」
一旦家に帰るというシェリルとカイルを見送り、店の表札を『CLOSE』にしてから店内に戻ったマイは、聖石が乗ったトレイを運びながらイアンに話しかけた。
ずっと黙っていたイアンだったが、喜ばしいことだとは思っているのだろう。幾分か表情を和らげて「そうだな」と同意した。
「……それにしても、相手を幸せにするという覚悟、か」
「え? 急にどうしたの?」
「ん? お前が相手の幸せを願って身を引くよりも大切なことがある、と言ったのはそういうことなんじゃないのか?」
「あ! そう言われたらしっくりくるかも!」
あの時、なんとなく思った感情が形になったような気分で、マイは一人納得した。そんなマイにはイアンは「は?」と目をぱちくりとさせる。
「お前……まさか、テキトーに言ったのか? いい加減だな」
「違うよ! ただ、ええと……うーん、なんて言ったらいいんだろう。とにかく、本当にそれ以上に大切なものがあるような気がしたから、ああ言ったの!」
断じていい加減な気持ちで助言したわけではない。
そう主張するマイを、イアンは感心しているような、けれど呆れてもいるような、なんとも形容し難い表情で見下ろした。
「要するに勘ってことだな。……まあ、上手く話がまとまったからよかったが」
イアンはそう話をまとめて、組んでいた腕を解いた。
「帰る。また明日な」
「うん。今日もありがとう。お疲れ様」
イアンが店を後にするのを見送ってから、マイはトレイを持って奥へと下がる。聖石を金庫の中の元あった場所に戻しながら、思う。
(好きな人、かあ……)
いつか、マイも恋する日が来るだろうか。
その時は、シェリルのように真っ直ぐ自分の想いを伝えられたらいい。そして、願わくは両想いになれたらいい、と思う。
まだ来ぬ未来へと思いを馳せながら、マイは閉店作業をこなした。
「シェリル! それにカイルも! 帰って来たか!」
シェリルとカイルが家に帰宅すると、父が弾んだ声で出迎えた。その後ろには母も立っていて、カイルが戻って来たことに安堵しているような表情を浮かべている。
そんな両親にシェリルは真剣な顔をして話を切り出した。
「お父さん、お母さん。私、カイルと王都を出る。……これから、カイルと二人で生きていくわ。親不孝者でごめんなさい」
二人で生きていく、という言葉を、父も母も正確に読み取ったのだろう。二人は驚いた顔をして互いに顔を見合わせていた。
「シェリル……あなた、カイルのことが好きだったの?」
「カイル、お前もだ。シェリルのことが好きだったのか」
両親からの問いかけにシェリルとカイルは迷いなく、
「「はい」」
と、言い切った。
「旦那様、奥様。シェリルのことは、俺なりのやり方で必ず幸せにします。だから、ここから連れて行くことをお許し下さい」
「止めたって無駄よ。じゃあ、今から荷造りするから」
カイルを連れてさっさと二階へ行こうとするシェリルを、父が「待ちなさい」と呼び止めた。
「早まるな。ジェフリー様の脅迫の件なら解決した」
「……え?」
それにはシェリル達は足を止め、父を振り返る。……解決、した?
「どういうこと?」
「実はな、ついさっき、ジェフリー様の父君が事情を聞くためにうちにいらしたんだ。どうやら、ジェフリー様はカイルを楽園(エデン)送りにしようがしまいが、父君に言いつけてうちを潰す気でいたようだな。だが、ジェフリー様の父君は良識のある方だった。事情を話したら、逆に放蕩息子が迷惑をかけて申し訳ないと謝られたよ。もちろん、うちを潰すなどということもしないそうだ」
「本、当に……?」
この店が潰れないと言うのなら、シェリルもカイルも無理に王都を出る必要はない。ともかく、店が存続するのなら一安心だ。
「それならよかったわ。でも、どっちにしてもカイルと二人で生きていくと決めた以上、この家からは出ていく」
「それはお前達の自由だが、急いでうちを出る必要はないだろう。もう夜になるし、今日くらいはうちに泊まりなさい。それに、まだ話がある」
「何?」
「お前達、うちの店を継がないか」
「え……」
思わぬ申し出に、今度はシェリルとカイルは互いの顔を見合わせた。この店を継ぐ。それは不思議とシェリルの頭にはなかった選択肢だった。
どう反応すべきか迷っていると、父は諭すように続けた。
「この狭い店ならこれまでそうだったようにカイルも自由に働けるだろう。もちろん、すぐにこの店を譲るわけじゃない。教えるべきことは山程あるからな、私も母さんもすぐには隠居せん」
「………」
「店を継いでも売り上げは……分かっているだろうが、大したことはない。それでも、二人で暮らしていく分にはなんとかなるだろう。私と母さんが死ぬまでは、どこかに部屋を借りてそこからうちに通勤、という形で構わない。悪くない話だと思うが、どうだ」
シェリルは隣のカイルを見上げた。カイルもまた、シェリルを見下ろしている。目と目が合い、やがて――二人は頷き合った。
「分かった。私達、この店を継ぐわ」
他の職場で働いて、カイルのことを養う覚悟がなかったわけではない。けれど、一緒に働ける職場の方がカイルも引け目を感じなくて済むだろう、そう思っての決断だった。この店に愛着があるので父の代で終わらせたくない、という気持ちもある。
シェリルの返答に父は「よし」と満足げに笑った。
「お前達、明日からビシバシ鍛えるからな。覚悟しておきなさい。……それから、カイル」
「は、はい」
緊張した面持ちで返事をするカイルの肩を、父はぽんと軽く叩いた。
「シェリルのことを頼んだよ。お前になら安心して任せられる」
「ええ、そうね。これからは二人で支え合って生きていきなさい。私と父さんのように」
孫の顔は見られないことを分かっていても、祝福してくれる両親。そのことにシェリルはなんだか涙腺が緩みそうになった。
「……ありがとう、お父さん、お母さん――」
「――というわけで、二人で家業を継ぐことにしました」
そう話をまとめたシェリルに、マイは穏やかに笑いかけた。
「そうなんですか。よかったですね」
王都を出る必要が無くなり、両親からも祝福され、二人で家業を継ぐ。いい形に落ち着いたのではないかと思う。
マイの向かい側のソファーにカイルと並んで座っているシェリルの表情は、初めて来店した時と違ってとても幸せそうだ。
「ありがとうございます。よかったら、今度遊びに来て下さい。商店街にある、『エイマーズ』という服飾店です」
「はい、是非」
「では、用件のみとなってしまいますが、失礼します。貴重なお時間を取ってしまってすみません」
「いえ、どうせ暇……じゃなくて、ちょうどお客様もいませんでしたから。それよりも、シェリル様とカイル様の幸せなご報告を聞けて嬉しいです。お二人も、何かありましたらお気軽に当店へお越し下さい」
ソファーから立ち上がる二人に合わせて、マイも席を立つ。そして、いつものように先回りして店の扉を開け、二人を外まで見送った。
(なんだか、こっちまで幸せな気分になるなあ)
手を繋いで立ち去っていく二人の後ろ姿が微笑ましい。本当に想いが通じ合ったのだな、と改めて思う。
――どうか、いつまでも幸せでありますように。
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