5 / 30
第5話 スモーキークォーツの慈愛4
しおりを挟む(どうしよう……)
アルバータの聖石を握り締めたまま、マイはソファーに座って考え込んでいた。
一向に新しい聖石アクセサリーを作る気配がないことを訝しんだのか、同じくソファーに座っているエイベルが声をかける。
「マイちゃん、客からの注文品を作らないの?」
「え、えっと……その……」
なんと返したらいいのだろう。言い淀むマイにエイベルはふっと笑った。
「ありがとう」
「え?」
「ごめんね。ちょっと思念を読ませてもらったわ」
思念を読む。それは相手の考えていることを読むということだ。
思念体である眷属には、そういった能力がある者がいるという。ただし個体差はあり、人間の心はもちろん、動物や植物の心を読むことができる眷属もいれば、まるで思念を読めない眷属もいるそうだけれど。
「……エイベル様は思念を読めるんですね」
「強い思念だけよ。例えば、妻子への愛が薄くて不倫相手に入れ込んでいる男の正体は、見抜けなかったしね」
「それって、もしかしてアルバータ様の恋愛事情ですか?」
「ええ。あの時は見抜けなかった自分に腹が立ったわ。その八つ当たりも込めて、相手の男を殴り飛ばしたけどね~」
殴り飛ばした時はすっきりしたわあ、とエイベルは笑う。マイは果たして笑っていいのか分からず、「アルバータ様のことを大切に思っているんですね」と無難に相槌を打った。
「そうね。赤ん坊の頃から見守ってきたのだもの。幸せになってほしいと思っているわ」
エイベルは優しい笑みを浮かべる。その表情は慈愛に満ちていて、どれだけアルバータのことを大切に思っているのか伝わってくる。
(こんなに思っていてくれるのに……)
アルバータは何故、今になって手放そうとしているのか。
内心疑問に思うマイに、エイベルは話を続けた。
「……でもねえ、あの子、男運が悪くて。いえ、男を見る目がないと言った方がいいのかしら。とにかく、惹かれるのはダメンズばっかりで困ったものだわ」
「ダメンズ、ですか」
「ええ。浮気、DV、ギャンブル、借金。それでもアルバータのことを好きなのなら、まだマシだったわ。けど、それさえもなかった」
思念を読めるエイベルだ。相手の男性に恋愛感情がないことも分かるのだろう。
「そのことをアルバータ様に伝えてきたんですか?」
「最初は言わないわ。付き合っているうちに恋愛感情が芽生えることもあるし、あの子が自分で気付いて学習するべきだと思うから。でもそうね、相手のダメンズぶりが加速してきたら、やめなさいと忠告するわ。ま、ろくに聞いてくれないけど」
エイベルは肩を竦めてみせた後、目をそっと伏せた。
「……今回もね、あの子に貢がせる男がいるんだけど、その金を確保するためにあの子は働き過ぎて過労で倒れてしまって。これはやばいと思って、ついどれだけ尽くしてもあんたの思いは報われないって言っちゃったのよねえ。それで頭にきて、あたしを楽園(エデン)送りにしようと決めたみたい」
「そう、だったんですか……」
エイベルを鬱陶しいと言っていたのは、自分の恋愛に口を挟まれるからかもしれない。恋は盲目というし、どんなにダメンズでも好きな人のことを悪く言われるのは嫌だったのだろう。
けれど、と思う。
「そういう事情でしたら、なおさらアルバータ様に考え直していただいた方がいいんじゃないでしょうか。今はただ、感情的になって冷静ではないだけだと思います」
「いえ、いいの。新しい聖石を用意してあげてちょうだい」
「どうしてですか! 楽園(エデン)送りになったら、もう……!」
必死に食い下がるマイに、エイベルは困ったような顔をして。
「……もう自信がないのよ。あたしじゃ、あの子を幸せに導いてあげられない。でも、新しい聖石から違う眷属が生まれたら、それが変わるかもしれないでしょ?」
「でもだって、エイベル様はこんなにもアルバータ様のことを大切に思っているじゃないですか! アルバータ様にはエイベル様が必要です!」
「ふふ、ありがとう。でも、本当にもういいの。あの子の望み通り楽園(エデン)へ行くわ。あの子の幸せな姿を見届けられないのは残念だけど……」
「そんな……」
エイベルの決意もまた、固そうだ。
うなだれるマイは、どうにかこの二人のすれ違いを解消できないか、と二人が店にやって来た時の会話を振り返る。すると、疑問が生まれた。
「あの……アルバータ様は自分だけの新しい聖石が欲しいと言っていましたが、今、身に付けている聖石もお祖母の形見とかなんですか?」
「今、身に付けている聖石……?」
エイベルははっとした顔になって、その顔はみるみるうちに青ざめていった。
「マイちゃん、お願い! あたしの聖石をアルバータの所へ持って行って!」
「え?」
「あの子、あたしの他に聖石なんて持っていないわ! だから今、何も身に付けていないはずなのよ!」
「ええ!?」
それはまずい。この世界において、聖石は悪魔から身を守る必需品だ。
あまりにも堂々と聖石を置いていったから、てっきり他に聖石を身に付けているのだろうと勝手に思い込んでしまっていた。マイのミスだ。
マイはアルバータの聖石を持って――眷属は自身の聖石を持ち歩くことはできない――、慌ててエイベルとともに店を出ようとした。
その時。
(ん!? 悪魔の気配……!?)
そのことにエイベルも気付いたのだろう。二人は足を止めた。
悪魔の気配はこの店に向かってきている。身構える二人の前に、店の扉が開いて姿を現したのは――。
「アルバータ!?」
そう、アルバータだった。全身から黒いもやが出ており、額には角が生えている。しかし、その角はまだ透けていることから、悪魔化まではいっていないと推察された。
「エい……べル……」
「アルバータ、しっかりしなさい!」
店の戸口の前に崩れ落ちたアルバータの下へ、エイベルはすぐさま駆け寄る。マイもその後ろに立った。
(まだ、今なら祓える!)
マイは神学校で祓魔科に在籍していた。聖石細工師になるために必要だったことで、そこでは聖力の扱い、そして悪魔祓いの仕方をきっちり学んでいる。
聖術を発動しようとしたマイに、けれどエイベルは止めた。
「待って、マイちゃん。私がやるわ」
「え、でも……」
戸惑うマイにエイベルはふっと笑って。
「楽園(エデン)送りになって逝くより、この子を守って逝きたいの」
その言葉にマイは、聖術を使うのに躊躇してしまった。その一瞬をついて、エイベルはアルバータに向かって聖術を発動する。
白光の魔法陣がアルバータの体の下に出現したかと思うと、彼女の体は白い光に包まれた。やがて光が消えた時には角は消え、黒いもやもなくなっている。悪魔祓いに成功したのだ。
けれど、その代償は重いものだった。
「大丈夫? アルバータ」
「う……エイ、ベル……?」
顔を上げたアルバータの目の前にはエイベルがいる。しかし……その体は透き通っており、いくつもの小さな白い光が周囲に浮いている。
いつもとは様子が違うことに、アルバータは戸惑いの表情を浮かべた。
「え、何? どうしたの?」
「……アルバータ。あんたはいい女よ」
「え?」
エイベルは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、そっとアルバータの頬に手を触れた。
「だからあんたを大事にしてくれない男なんて、あんたから切り捨てなさい。男なんて星の数ほどいるんだから。いつか、あんたを大事にしてくれる男と出逢えるわ」
「な、何? 急にどうしたの? それになんで体が透き通っているわけ……?」
「最期に一つアドバイス。結婚して幸せになる、じゃなくて、一緒にいて幸せだと思える人と結婚すること。結婚なんてね、スタートに過ぎないんだから。大変なのはその先よ」
アルバータの頬に触れていたエイベルの手が、ゆっくりと消えていく。そのことにエイベルは少し寂しそうな顔をして、けれど笑った。
「あんたと過ごした時間、楽しかったわ。じゃあね、あたしのだ――」
何か言いかけたところでエイベルの体が一際強い白光を放ち、弾け飛ぶようにその体は消え失せた。
と、同時に再び店の扉が勢いよく開き、
「おい! 悪魔の気配がしたが、大丈夫か!?」
祓魔騎士の制服に身を包んだ少年が駆け込んで来た。しかし、悪魔はもういない。祓魔騎士はそのことに訝しんだ顔をしたが、目の前にうつ伏せになっているアルバータが聖石を身に付けていないことに気付いたのか、懐から聖石のペンダントを取り出して彼女の首にかけた。
けれど、アルバータはそんなことに構わず、立ち上がってマイに詰め寄った。
「ねえ! どういうこと!?」
「……エイベル様は聖力を使い果たして、消滅しました」
「え……?」
何を言われたのか分からない。そんな顔をするアルバータの目の前に、マイは彼女の聖石を掲げてみせた。淡茶色の宝石にはヒビが入っており、それは聖石が壊れたことを意味していた。聖石が壊れれば、眷属は消滅する。眷属とはそういう存在だ。
目の前に突き付けられてアルバータはそのことを理解したようだったが、なおも言う。
「も、戻せるのよね!?」
「一度壊れた聖石は直せません。仮に直せたとしても……エイベル様はもう戻ってきません」
そう告げるマイの面持ちは沈痛だ。
一方のアルバータは鈍器で殴られたような表情を浮かべていた。そして、へなへなとその場に座り込む。その目には涙が滲んでいた。
「嘘……嘘、でしょう。私…っ……謝ろうと思っていたのに。ひどいことを言ってごめんって……それでまた一緒にいようって……う、ぁ……うぁあああああああ!」
アルバータの悲痛な泣き声が、店内に響き渡った……。
10
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
異世界転生したけど趣味(鉱物)に生きてもいいですよね?
毛玉狩り
ファンタジー
じい様から受け継いだ山で水晶堀ってたら何だかんだで異世界に転生?しましたが相も変わらず鉱物を集めて加工して数寄に生きています!
たとえ女の子に成っても数寄に生きます!
本文中にある鉱物知識はなるべく調べて書いていますが、間違っている知識が有るかもしれないので鵜呑みにしないで下さい。
お気に入り数100越え、ありがとうございます!
話更新してないのにお気に入りが増えていくのは心苦しいですが、中々時間が取れないので更新間隔がかなり伸びてしまいますがこれからもよろしくお願いします。
翡翠編終わり次第、部分的に書き直そうかと思います。
なろうの方にも投稿しています、内容は同じなので読みやすいほうで閲覧して頂ければと思います。
http://ncode.syosetu.com/n6144eq/
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!
神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話!
『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください!
投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる