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本編

第8話 ジェイラスの生誕祭3

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 一方、ジェイラスは気遣わしげな顔をして、俺に駆け寄ってきた。

「ノア。大丈夫か」
「あ、はい……」

 俺はポケットから手巾を取り出し、濡れた顔を拭う。でも、白い夜会服にドリンクの飛沫がところどころ染み込んでいて……あーあ、こりゃ洗濯をしてもらわなきゃ落ちないな。

「行こう、ノア」

 ジェイラスに手を引かれて、俺はテラスを後にした。そのまま連れていかれた先は、会場の外の廊下だ。そこで立ち止まったかと思うと、そっと抱き締められた。
 俺はぎょっとした。――ちょっ、おい! 人目につくかもしれないところで、やめろよ!?

「ジェ、ジェイラス陛下……?」
「助けにいくのが遅くなってすまなかった。そのせいで怖い思いをさせた」

 あ、いや、別に怖くはなかったよ。あまりの豹変ぶりにびっくりはしたけど。
 とは、心が弱々しい設定の俺には言えない。それに加えて俺は今、わがままな側婿を演じているから、ええと……。
 俺はジェイラスの胸元をぽかっと叩いた。

「本当にくるのが遅いです! アイヴァン殿下に詰め寄られて怖かったんですから……!」

 これでいい、のか?
 いやでもなんか……わがままとは違うような気が。

「本当にすまない。聞いていた通り、アイヴァンのことは後宮から追い出すから。もう顔を合わせることはない。安心してくれ」
「………」
「衣装が汚れてしまったな。せっかくよく似合っていたのに。今夜はもう白薔薇宮に戻って休むといい。白薔薇宮まで送るから」

 は!? 今夜の主役が、いっときとはいえ抜け出すっていうのかよ!? よっぽどのことでない限りはダメだろ、それ!

「い、いえ、結構です! ジェイラス陛下とは今はお話したくありません!」

 俺は助けに現れるのが遅かったことを怒っている風にして、拒絶した。椅子から立ち上がって、さっさと走り去る。
 俺に話したくないと言われてどうするべきか判断に迷ったんだろう。幸い、その時はジェイラスが追いかけてくることはなかった。

「ノア様、おかえりなさいま……ど、どうされたんですか、その染み!」
「ただいま戻りました。それが生誕祭で――」

 驚く宮女に、俺は事情を包み隠さず話した。どうせアイヴァンはもう後宮追放処分になるんだ、所業を庇い立てする理由なんてない。
 話を聞いた宮女は「まあ、意地の悪い方ですこと」と眉をひそめ、大層ご立腹だった。

「そういうわけなので、洗濯してもらえると助かります」
「かしこまりました。お預かりします」
「お願いします。では、私は少し疲れたのでもう寝ますね」

 汚れた白い上着だけを宮女に渡して、俺は自室へ引っ込んだ。寝間着に着替えて、ふかふかの寝台に仰向けになり、天蓋を見つめる。
 あーあ、アイヴァンは後宮追放処分か。マジで何やってるんだよ、あのマヌケ。せっかく正婿にしてやろうと援護射撃してやっていたのに。
 アイヴァンがダメなら、次に正婿に近いのはレスター殿下か? エマニュエル殿下は大金持ちの家柄とはいえ、身分がちょっと低いからなぁ。美貌は頭一つ飛びぬけているんだけど。
 はぁ……っていうか、溺愛フラグを叩き折っていたはずなのに、なんでこんなことになっているんだろ。ここまで俺に執着する理由がマジで分からない。
 俺からしたら、アイヴァンが羨ましいよ。後宮から解放されるわけだろ? 俺が代わってやりたいくらい……って、ん?
 そこで俺ははっとした。――そうか! 俺も同じように後宮追放処分になったら、手っ取り早いじゃん!
 おお、あのマヌケも少しは俺の役に立つなぁ!
 俺はうきうきとしてきて、計画の算段を練った。俺もアイヴァンの真似をしたらいい。後宮の秩序を乱す行為をして、それをジェイラスに目撃させるんだ。
 そうしたらきっと、あいつも愛想を尽かして俺も後宮追放処分とするはず。
 後宮から解放されたらどこに行こうかな。それで何をしよう。田舎に引っ込んで自給自足のスローライフを送るのも悪くないし、都会の王都でバリバリ働いて稼ぐ生活というのも、前世でまだ社会に出ていなかった俺にとっては憧れる。
 ああ、早く第二の人生を楽しみたいよ。
 ……ちなみに、だけど。
 それから三日もしないうちにアイヴァンは後宮を去った。俺はもちろん見送りに行かなかったけど、エマニュエル殿下とレスター殿下は見送りに出たみたいだ。
 風の噂によれば、後宮を追放されたアイヴァンをオールポート公爵家はあっさりと見限ったという。家の敷居を跨がせず、行く当てを失くしたアイヴァンがその後どうしたのかは……俺も知らない。
 って、だからこの世界はざまぁ小説かっつーの。




「どうしてあの後、すぐに追いかけてきてくれなかったんですか!」

 生誕祭の翌日の夜。
 白薔薇宮へやってきたジェイラスに、俺は癇癪を起こしているふりをしていた。
 前世の俺は演劇サークルに所属していたんだけど、まさか来世でその経験が活かされるとは思っていなかったよ。無駄になる経験なんてない、って本当だったんだな。
 俺は枕を思いっきりジェイラスに向けて投げつけた。

「私、ずっと待っていたのに!」
「す、すまない。今は話したくないと言っていたから、そっとしておくべきかと思ったんだ」

 困り顔で謝罪するジェイラス。その表情に呆れの色はない。ただただ、どう対処したらいいのかを悩んでいる様子。
 おい、ジェイラス……こんなわがままでヒステリックな男、よく嫌にならないな。俺はわざとわがままでヒステリックに振る舞っているわけだけど、俺だったらこんな相手はごめんこうむるぞ。
 なんか……単純にお前の見る目のなさが心配なんだけど。

「お詫びに好きなものを買うから。機嫌を直してくれ」
「物なんていりません! 私が欲しいのは、『愛』です! 愛してもらえているっていう実感が欲しいんです!」
「どうしたら実感してくれるんだ」
「そんなことは自分でお考え下さい!」

 ぷいっと俺はそっぽ向く。
 ジェイラスはしばし考え込んだのち、ゆっくりと俺の下へ歩み寄ってきた。何をするのかと思えば、俺の体を強く抱き締める。――うわっ、何するんだよ。

「本当にすまなかった。だが、君のことを愛していないから追いかけなかったわけじゃないんだ。俺は君を愛している。俺の気持ちを信じてほしい」
「………」

 さすがに、これ以上は癇癪を起こせないな。っていうか、もう何を言ったらいいのか分からん。いい加減に俺を見限れよ、ジェイラス……。
 俺の考えるわがまま側婿じゃ、こいつの気持ちを変えるのは難しそうだ。となると、やっぱりあの作戦にかけるしかないか。
 俺はそっとジェイラスから体を離し、つんとした顔を作った。

「……この件はひとまず保留にします。そういえばジェイラス陛下にお伝えしなければならないことがありました」
「俺に? なんだ」
「第二側婿のレスター殿下から伝言を預かっておりまして。ジェイラス陛下に重要なお話があるので、明日の正午に青薔薇宮にいらして下さいませんか、ということでした」
「ほう、レスター殿下が。そうか。伝言ありがとう」

 まったくの嘘なんだけどな。
 だけど、これで明日の正午に青薔薇宮へジェイラスが顔を出す。俺はその時を狙って、――レスター殿下にいちゃもんつけてアイスティーをぶっかけるんだ。
 なんでレスター殿下を選んだのかと言えば、別に幸薄そうだからやりやすいなんて性格の悪いことを思ったわけじゃない。むしろ、幸薄そうだからこそ、正婿の座につけて幸せになってもらいたいんだよ。身分的にも正婿にふさわしい人だし。
 ともかくこれで、下準備はできた。
 あとは明日の正午、作戦を実行するだけだ。

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