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本編

第1話 ヒロイン♂に転生した件

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『ノア。必ずや正婿の座を掴み、我がアルバーン公爵家の地位と権力を、確固たるものとするんだぞ』
『……はい』

 そう返答する他なかった。
 今まであれだけ冷遇しておきながら、都合のいい時だけ息子扱い。もううんざりだ。
 ――いっそ、今乗っている馬車から飛び下りて、どこかへ逃げようか。
 そう思った時。馬のいななきが甲高く響いたかと思うと、馬車が急停止した。

「い…っ……!」

 僕ことノア・アルバーンは、壁に頭をしたたか打ちつけ、顔を歪めた。そしてその衝撃で意識を失う寸前――思い出した。前世の記憶というものを。




「うわぁ……挿絵の通りの顔だ……」

 眩い金色の髪。金茶の瞳。取り立てて美しい顔ではないけど、かといって不細工というわけでもない、至って平凡な容姿。
 挿絵で見たことのあるこの顔は、間違いなく『ノア・アルバーン』だ。
 ――俺、本当にBL小説の世界に転生したんだ。
 姿見を覗き込みながら、俺こと柚原晴輝はそう実感した。
 ノア・アルバーン。俺が読んだことのあるBL小説の、――ヒロイン♂主人公だ。ユーラント国王ジェイラス・ユーラントの四番目の側婿として婿入りし、心を通わせていって、正婿争いを制して正婿の座につく。
 もっと詳しく言えば、元々は平民出身だったのが、オメガの父親の死をきっかけに三大公爵家アルバーン公爵家の息子ということが判明し、引き取られたという背景がある。だから、元は平民出身から正婿になるというシンデレラストーリーってわけだ。
 このまま、黙って『ノア・アルバーン』を演じていたら、俺はきっとジェイラスの正婿に選ばれるんだろう。そしてジェイラスに抱かれるという……ノンケの俺からしたら、身の毛がよだつような未来が待っている。
 ――冗談じゃない。
 正婿なんて断固拒否だ。BL小説では正婿に選ばれなかった側婿たちは実家に帰されるという結末を迎えるから、俺だってそのルートでお願いしたい。
 そうなるためにはどうしたらいいのか……うーん。
 考え込んだ俺は、やがて天啓が閃いた。――そうだ! 他の側婿に正婿になってもらえばいいじゃん!
 BL小説の溺愛フラグを叩き折って、正婿ルートを回避しよう! よし!
 俺が心中でそう決めた時だ。コンコンとドアノックの音が響いて「はい、どうぞ」と応えると、扉が開き、見知った顔の青年が顔を出した。

「ノア。体は大丈夫か? 道中、馬車が急停止した衝撃で気絶していたと聞いたが」

 銀色の髪に空色の瞳を持った青年――ジェイラス・ユーラントだ。十八歳の俺より四つ年上のアルファであり、二年前にこの国ユーラントの国王に即位した若き国王。
 容貌は……野郎の顔なんて興味ないんで省略するけど、まぁイケメンなのは間違いない。
 俺はすぐさま跪拝の礼をとった。

「ご機嫌麗しゅう、ジェイラス陛下。ご足労をおかけしてしまって、申し訳ありません」
「俺の婿を見舞うのは当然のことだ。それで体調は?」
「問題ありません。少しの間だけ、気を失っていただけですので」

 いや、思いっきり問題あるんだろうけど。前世の記憶を取り戻したとかさ。
 でももちろん、そんなことは口に出さない。

「改めまして、ノア・アルバーンと申します。本日よりジェイラス陛下の側婿として婿入りしました。これからよろしくお願いします」

 礼節を尽くす俺に対し、ジェイラスは朗らかに笑った。

「ああ。こちらこそよろしく。……ところで、体調が大丈夫なら一つ聞きたいことがあるんだ。いいか?」

 ――きた。
 BL小説の溺愛フラグの一つ目だ。

「はい。なんでしょう」
「君は四人の側婿を娶って正婿を選ぶという、この国の国王の慣習をどう思う」

 本来の『ノア・アルバーン』であれば。謙虚に、そして理性的に、理にかなった慣習であると答えるところだ。だけど、その通りに答えるわけにはいかない。
 控えめで謙虚な『ノア・アルバーン』とは、正反対な人格を演じなくては。

「私は不誠実極まりない慣習だと思います」

 ジェイラスの目を真っ直ぐと見上げて、俺ははっきりと言った。

「添い遂げる伴侶なんて一人いれば十分です。愛する人とだけ結ばれたらいい。愛のない結婚というのは、私は反対ですので」

 我ながら、国王相手に何を言っているんだって感じ。
 政略結婚なんて貴族社会じゃ当たり前だし、多くの子孫を残さなきゃならない国王に伴侶は一人でいいなんて、頭悪いとしか思われないだろ。
 でもまぁ、そこは平民出身ゆえの感覚というわけで。
 ジェイラスは息を呑んだ。きっと、あまりにも理解のない返答に驚いているんだろうな。俺が国王の立場でもそう思うよ。

「……そうか。率直に答えてくれてありがとう」
「いえ。他にもお聞きしたいことがあれば、なんなりと」
「いや、大丈夫だ。では、俺は政務に戻るから。ゆっくりと過ごしてくれ」

 そう言って、ジェイラスは俺の自室を立ち去っていった。
 よし。これで一つ、溺愛フラグを叩き折ったな。あの反応じゃ、俺の返答に呆れたに違いない。頭悪いと思われるのは嫌だけど、これも正婿ルートを回避するため。我慢、我慢。
 あ、ちなみに。俺が今いるのは、後宮の白薔薇宮だ。馬車が急停止したというのが後宮の前だったから、気絶している間に自室に運び込まれたんだ。
 アルバーン公爵家であてがわれていた自室よりも、もっとずっと広くて、なんだか落ち着かない部屋だよ。そのうち慣れるとは思うけど。
 俺は天蓋付きのふかふかな寝台に端座位した。
 あーあ、それにしてもまさか、BL小説の世界に転生するなんてなぁ。柚原晴輝としての記憶は、大学からの帰り道にトラックが突っ込んできたところで途切れているけど、きっとそのまま死んだんだな。まだ成人したばかりだったのに、運がない。
 でも、嘆いていても始まらないな。とにかく、なんとしてでも正婿ルートを回避して、後宮から解放されたい。それで楽しい第二の人生を歩むんだ。
 溺愛フラグは、ガンガン叩き折っていくぞ。

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