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最終話 愛している
しおりを挟むこれにて一件落着。そう思っていた。
だけど――ザエノス侯爵邸へ帰ってすぐ、ユージスからの勧めで街医者さまに体の具合を診てもらった俺は、思わぬ宣告をされることになった。
「え……? もう子どもが望めない……?」
茫然と聞き返す俺に対して、街医者さまは沈痛な面持ちで頷いた。
「……はい。その、毒を盛られたという時の後遺症かと思われます。そのお体ではもう、お子を授かるのは難しいでしょう」
一瞬では、言葉の意味を理解できなかった。
え……毒の後遺症? 子どもを授かるのは難しい? それってつまり。
――今世でもまた、欠陥オメガになったってこと?
目の前が真っ暗になった気分だった。
これは……罰が当たったのか? 恋愛はしたくないけど子どもだけは欲しい、なんて自分勝手な思いを抱いていたかつての自分へ。
相手がユージスだからこそ子どもが欲しいんだ、って改めて気付いたばかりだったのに。ははっ、なんだよそれ。ショックすぎて、涙も出てこない。
俺はただ魂が抜けたような声で、「そう、ですか……」という返答しかできなかった。
――ぱたん。
街医者さまが部屋を出て行ったあと。俺は付き添ってくれたユージスの顏を、怖くて見上げられなかった。自分からは何も話しかけられなかった。
膝の上で拳をぎゅっと握る。唇をきつく噛みしめた。告げられるかもしれない言葉を、黙って待つほかなかった。
『すまない。君とは結婚できない。俺は……子どもが欲しいから』
元恋人に告げられた言葉がフラッシュバックする。
いや、違うかもしれない。この気持ちはきっと前々からあった。ユージスと両想いになってからも、心の奥底にあったんだ。ただ、見ないふりをしていただけで。
そう、俺は……ユージスも、『子どもが産めるオメガの俺』を好きなだけだって、心のどこかで思っていた。
――俺は跡取りが欲しいから離婚しよう。
そう切り出されるのを、俺は内心怯えながら待った。だってそうだろ。『ザエノス侯爵』であるユージスには、跡取りの子どもが必要なんだ。この国では養子が家督を継ぐことを認められているといっても、それが二代以上続く場合は容認されない。つまり、ユージスがさらに養子を迎え入れて家督を継がせる、ということができない。
だから、ユージスは自分の血を引く子どもを、絶対に設けないとならないんだよ。
「フィルリート」
名前を呼ばれて、俺はびくっと肩を震わせた。――きた。
離婚を切り出されるんだろう。ユージスのことだから、きっと申し訳なさそうな顔で。すまない、と。
「すまない」
ああ、ほら。やっぱり。
「俺の危機管理が甘かったために、こんなことになってしまって」
だけど、離婚してほしいって言うんだろ? あっさりと別れるんだろ?
だって所詮、お前が好きなのは『跡取りを産める俺』――
――ぎゅっ。
正面から、力強く抱き締められた。
「侯爵の地位は、隠居した義父上に返上する。どこか田舎にでも行って、二人でのんびり暮らそう」
「え……」
俺は目を見開くほかない。聞き間違いだと思った。
侯爵の地位を捨てて、俺と一緒にいることを選んでくれるのか? 本当に?
そういえば、分かっていたはずじゃん。ユージスは地位や権力になんてさして興味がないひとだってこと。父上から爵位を継いでザエノス侯爵領を託されたから、純粋にザエノス侯爵領の民のために統治に励んでいただけで。
いやでも……仮に平民に戻るとしても。
「子ども……欲しくない、のか?」
「もちろん、授かれたら嬉しいが。前にフィルリートが言ってくれたように、俺だって相手がフィルリートだから子どもが欲しいのであって、相手は誰でもいいわけではない。……あなたを愛するようになって、ようやくそう気付いた」
優しげな声色に、俺の頬を涙がつっと伝う。
「愛しているよ。フィルリート」
「~~っ」
堰を切ったように、涙が溢れた。
俺自身を選んでもらえた嬉しさと、でも子どもを産めなくなった悔しさと。二つの感情が入り乱れて、顔面がもう涙でぐちゃぐちゃだ。
「お、れも、愛してる……!」
俺はなんで疑っていたんだ、ユージスの気持ちを。心のどこかで信じ切れていなかった自分が情けなく、そしてユージスに対して申し訳ない。
それでも、ユージスはそれを許すように慈愛に満ちた声音で言う。
「ああ。ずっと一緒にいよう」
その後、ユージスは本当に父上に爵位を返上した。あまり例のないことだけど、この国では可能なことだから何も問題はなかった。隠居したのに引っ張り出された父上たちには、ちょっと申し訳なく思うけど。
「では、二人とも気を付けて行くんだぞ」
「きっと大丈夫だよ、フィルリート。『朗報』を待っているから」
――春。
ザエノス侯爵領を発つ日がやってきた。両親や使用人のみんなに見送られて、俺たちはザエノス侯爵邸をあとにする。馬車に乗り込んで、向かう先は――港町だ。
と、いうのも。
『旦那様、フィルリート様。東国のカンポウヤクというものをご存知でしょうか』
俺の欠陥オメガ化が判明したその夜のこと。話を聞いたミリマさんが、俺たちがいる広間にやってきた。
『カンポウヤク? なんだそれは』
『植物や鉱物などの生薬から作られた薬のことです。効能が多種多様であり、その中には不妊を改善する作用のものがあると聞いたことがあります』
『『!』』
顔を見合わせる俺とユージスに、ミリマさんは訥々と続けた。
『東国で薬師から治療を受ければ、もしかしたら後遺症が緩和され、お子を授かることができるかもしれません』
――ミリマさんのその情報に一縷の望みをかけ、俺たちはこれから東の国へ渡る。
もし、俺が子を授かったら、ザエノス侯爵の地位はユージスに再び戻し、跡継ぎを俺たちの子どもとする。
もし、父上が亡くなるまでに俺が子を授からなかったら、ザエノス侯爵家は父上の代で取り潰しとする。
俺たち家族は、そう決断した。もちろん、国王陛下からの許可はもらった。元を辿れば、愚息のしでかしたことが原因だからと、あっさりと承諾してくれたよ。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、隣り合って座る俺たちは手を繋ぐ。その手にはもちろん、銀製の結婚指輪がどちらにも輝いている。
「どのような国だろうな、東の国というのは」
「分からない。でも、俺は楽しみだ」
これから未知の世界へ飛び込むわけだけど、きっと大丈夫。だって、俺の隣にはユージスがいてくれるから。二人ならどんな困難でも乗り越えられるよ。
春の麗らかな日差しが、ステンドグラス越しに降り注ぐ。色鮮やかな光が照らす身廊を、婚姻衣装に身を包んだ俺とユージスが腕を組んで歩く。
俺が着ている婚姻衣装のやたらと長い裾を持ち上げ、後ろを歩くのは、今年三歳になった幼い男児だ。――俺たちの息子のソレアスだよ。
東の国へ渡った日から早八年。不妊治療の甲斐があって息子に恵まれ、一年前に俺たち三人はザエノス侯爵領に帰ってきた。そしてユージスは再びザエノス侯爵の爵位を継ぎ、俺も再びザエノス侯爵夫人という立場だ。
結婚してからもう随分と長いけど、今になってなんで結婚式を挙げているのかというと。俺たちの帰りをずっと待っていてくれていた使用人のみんなが、ファンクラブ会費でコツコツと貯めていたお金を使って、式場やら婚姻衣装やらを用意してくれたんだ。ユージスと結婚式を挙げられることも嬉しいけど、何よりもみんなの心遣いが一番嬉しい。
「病める時も、健やかな時も、互いを愛することを誓いますか」
祭壇に建つ神父様からの問いかけに、もちろん俺たちは頷く。
「「はい」」
「では、誓いのキスを」
うっ。みんなに見られているっていうのが恥ずかしいけど。でも、誓いのキス。教会で永遠の愛を誓うっていうのは、俺が憧れていたことだ。
ユージスの顔がそっと近付いてきて、俺は目を閉じ、優しい口づけを受け入れる。
終えたあとは、照れ臭さから小さく笑い合った。
お互いの勘違いから芽生えた恋心から始まった俺たちの関係。今ではもう、当時の俺たちの勘違い合いぶりはすべて笑い話だ。
そう、これは――『嫌われ変異番の俺が幸せになるまで』の物語。
○○○○○○○
これにて完結です!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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>>めぐお様
はじめまして。
コメントありがとうございます!
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だあ!
波乱万丈
だが
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>>なぁ恋 様
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コメントありがとうございます。
色々いざこざが起こっていますが、そうですね、この二人なら大丈夫です(^^)
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>負けずとも劣らず
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