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第30話 新婚旅行10

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 屋敷を出て少しして、どこからか砲撃の音が鳴り響いた。
 驚いた俺たちが屋敷を振り返ると、破壊されてぽっかり穴が開いた壁だったところから、煙が立ち上っている。やがて屋敷から火の手が上がり、瞬く間に燃え広がっていった。
 俺は顔面蒼白だ。だって、中にはまだユージスがいるんだぞ。ユージスだけじゃない、屋敷の使用人たちだって残っている。
 誰がこんなことを……!

「俺が砲撃手の下へ行ってくる。ミリマ、お前もついてこい」

 そう声を上げたのは、リネルさんだ。
 王立騎士であるリネルさんはともかく、なんでミリマさん? 俺は疑問符が頭に浮かんだけど、当の本人はあっさりと「分かった」と頷き、二人は走り去っていった。
 あ、あれ? 俺はどうしよう! どうすればいい!?
 いつものごとくあわあわしてしまったけど、少し考えたら分かることだった。そんなことは決まっている。俺は……屋敷の敷地に戻る。

「すみません、カトリシア地方伯爵。私はあちらに一旦戻ります。夫とは、のちほどお屋敷にお伺いしますので」

 ユージスなら、必ずあの屋敷から脱出してくる。俺はそれを一番に出迎えたい。それに……もしかしたら、何か手助けできることがあるかもしれないし。
 現カトリシア地方伯爵が何か言う前に、俺はその場から駆け出した。と、思ったら、新婚旅行に同行した使用人たちがぞろぞろとついてきて、俺はびっくり。

「え、みなさんはどうか避難して……」

 使用人たちの筆頭であるラナさんは、にこりと笑った。

「私たちもついていきますとも。私たちはみな、フィルリート様のファンクラブ会員であり、――旦那様のファンクラブ会員でもありますから」

 他の使用人たちも、にこりと頷く。
 俺はどこか胸打たれるのを感じた。ユージス……やっぱりお前はいい領主なんだよ。お前に生きていてほしいっていうひとがこんなにもたくさんいるんだ。
 だから、絶対に死ぬな。

「ラナさん……。ありがとうございます、みなさん!」

 俺たちは急いで屋敷の敷地に戻り、ユージスたちが出てこないかを見回す。
 リネルさんたちが砲撃手をどうにかしてくれたのか、それとも運よく砲撃の弾が切れたのか、もう砲撃の音はしない。ただ、目の前の屋敷は炎に包まれており、少なくとも玄関から脱出するのは不可能のように思う。かといって、地下牢の通気口ルートを使うとも考えにくい。
 だとしたら――。

「裏手に回ってみましょう」

 ロープとかを使って、二階から降りてくるかもしれない。屋敷を外から見た限りだと、二階にはまだ火の手があまり回っていなさそうだし。
 そしてその予想はズバリ的中した。裏手に回ったところ、ちょうど二階の窓から……シーツを繋ぎ合わせたものかな? それをロープ代わりにして、屋敷の使用人たちが続々と降りてきているところだった。
 ルエルさんを含め、おそらくユージス以外のひとたちが脱出し終えたところで、やっとユージスが窓から姿を現した。
 俺の姿に気付くと、ふっと柔らかく笑む。そしてシーツを繋ぎ合わせたロープを伝って、素早く二階から降り始めた。と、思ったら。
 ――ぶちっ。
 降りてくる途中で、どこかしらに結んでいるだろうシーツによるロープが、とうとう擦り切れてしまった。

「ユージス!」

 宙に放り出されたユージスに向かって、俺は頑張ってジャンプして手を伸ばす。ユージスを受け止め、俺たちはそのまま深雪の中に落下。
 落下する高さがあまりなかったのと、雪がクッションになったことで、ありがたいことに俺たちは無傷で済んだ。俺たちは顔を合わせて、お互いに安堵の笑みを浮かべる。

「ユージス……無事でよかった」
「フィルリートこそ、受け止めてくれてありがとう」

 雪の中に埋もれながら、俺たちは口づけを交わす。
 でも、イチャついている場合じゃない。屋敷から脱出したとはいえ、この場にいたらまだ危ないんだから。いつ建物が崩れ落ちるか分からないからな。
 俺たちはすぐに起き上がって、ラナさんたちと急いでその場を離れた……。




「――このバカ親父がっ!」

 リネルさんの鉄拳が、ルエルさんの頬を容赦なく殴打する。ルエルさんの体は文字通り軽く吹っ飛んで、深雪の中へと埋もれた。
 砲撃手を捕らえて戻ってきたリネルさんたちとあれから合流し、俺たちは今、現カトリシア地方伯爵の屋敷の敷地内にいる。ルエルさん、そして捕まえた砲撃手からの証言で、裏で糸を引いていたのはセトレイ殿下だと判明した。
 ちなみにルエルさんが裏取引した理由は、ユージスが推測していた通り。事業で大赤字を出してしまい、その補填として多額のお金が欲しかったのだそうだ。といっても、自分自身は元々の計画では処刑されるのは承知の上だったらしい。ただただ、妻子に迷惑をかけたくなかったという、どうにも憎みきれない部分があるという。
 だけど、それでもリネルさんの怒りは大爆発。

「内乱になっていたら、どれだけの死人が出たと思っているんだ! それが処刑されずに済むんだから、カトリシア地方伯爵の温情に感謝しろ! しばらく、牢屋に入って反省してこい!」
「……リネル。そこまでにしてやれ」

 激昂するリネルさんを宥めるのは、ユージスだ。

「牢獄に入ってもらう前に、叔父上にはその砲撃手とともに、国王陛下へ証言してもらわねばならない。すべてはセトレイ殿下の陰謀だったと」

 それまで黙って見守っていた現カトリシア地方伯爵が、同意するように頷く。

「その通りだ。危うく我が領民たちに被害が出るところだった。子どものおいたにしては度が過ぎている。陛下へすべてをご報告せねば」

 ユージスたちが話している間に、俺は深雪の中に埋もれているルエルさんの体を起こす。本音では別に助けたかったわけじゃないけど、セトレイ殿下について証言してくれる貴重なひとだから。ルエルさんは罪悪感と恐縮とが入り混じった、複雑な表情をしていたよ。
 そしてそれからすぐ、俺たちは王都へ出発。
 ユージスと現カトリシア地方伯爵の権力パワーですぐさま国王陛下と謁見し、今回の一件について事情を包み隠さず話した。実際にルエルさんの屋敷が焼け落ちていることや、何よりもルエルさんと砲撃手の証言が決定打となり、セトレイ殿下は厳罰に課された。王位継承権を剥奪、王族からの除名、さらには国外追放。
 王城から追い出される際、ユージスに向かって「お前のせいでシサラが…っ……!」と喚いていたから、どうやらシサラさんが行方をくらましたことを、ユージスのせいだと思い込んでの犯行だったみたいだ。
 シサラさん本人が誤解を解いてくれないことには、どうにもならない。だけど、シサラさんの行方は誰にも分からない。一応、誤解だと否定はしたけど信じた様子は微塵もなかったし、何よりも反省する態度すら見せなかった。
 気の毒な部分はあるものの、あんな奴が次期国王になっていたら、とんでもないことになっていたような気がするから、結果的にこの国のためになった事件だったのかもしれない。

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