嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
30 / 31

第30話 新婚旅行10

しおりを挟む


 屋敷を出て少しして、どこからか砲撃の音が鳴り響いた。
 驚いた俺たちが屋敷を振り返ると、破壊されてぽっかり穴が開いた壁だったところから、煙が立ち上っている。やがて屋敷から火の手が上がり、瞬く間に燃え広がっていった。
 俺は顔面蒼白だ。だって、中にはまだユージスがいるんだぞ。ユージスだけじゃない、屋敷の使用人たちだって残っている。
 誰がこんなことを……!

「俺が砲撃手の下へ行ってくる。ミリマ、お前もついてこい」

 そう声を上げたのは、リネルさんだ。
 王立騎士であるリネルさんはともかく、なんでミリマさん? 俺は疑問符が頭に浮かんだけど、当の本人はあっさりと「分かった」と頷き、二人は走り去っていった。
 あ、あれ? 俺はどうしよう! どうすればいい!?
 いつものごとくあわあわしてしまったけど、少し考えたら分かることだった。そんなことは決まっている。俺は……屋敷の敷地に戻る。

「すみません、カトリシア地方伯爵。私はあちらに一旦戻ります。夫とは、のちほどお屋敷にお伺いしますので」

 ユージスなら、必ずあの屋敷から脱出してくる。俺はそれを一番に出迎えたい。それに……もしかしたら、何か手助けできることがあるかもしれないし。
 現カトリシア地方伯爵が何か言う前に、俺はその場から駆け出した。と、思ったら、新婚旅行に同行した使用人たちがぞろぞろとついてきて、俺はびっくり。

「え、みなさんはどうか避難して……」

 使用人たちの筆頭であるラナさんは、にこりと笑った。

「私たちもついていきますとも。私たちはみな、フィルリート様のファンクラブ会員であり、――旦那様のファンクラブ会員でもありますから」

 他の使用人たちも、にこりと頷く。
 俺はどこか胸打たれるのを感じた。ユージス……やっぱりお前はいい領主なんだよ。お前に生きていてほしいっていうひとがこんなにもたくさんいるんだ。
 だから、絶対に死ぬな。

「ラナさん……。ありがとうございます、みなさん!」

 俺たちは急いで屋敷の敷地に戻り、ユージスたちが出てこないかを見回す。
 リネルさんたちが砲撃手をどうにかしてくれたのか、それとも運よく砲撃の弾が切れたのか、もう砲撃の音はしない。ただ、目の前の屋敷は炎に包まれており、少なくとも玄関から脱出するのは不可能のように思う。かといって、地下牢の通気口ルートを使うとも考えにくい。
 だとしたら――。

「裏手に回ってみましょう」

 ロープとかを使って、二階から降りてくるかもしれない。屋敷を外から見た限りだと、二階にはまだ火の手があまり回っていなさそうだし。
 そしてその予想はズバリ的中した。裏手に回ったところ、ちょうど二階の窓から……シーツを繋ぎ合わせたものかな? それをロープ代わりにして、屋敷の使用人たちが続々と降りてきているところだった。
 ルエルさんを含め、おそらくユージス以外のひとたちが脱出し終えたところで、やっとユージスが窓から姿を現した。
 俺の姿に気付くと、ふっと柔らかく笑む。そしてシーツを繋ぎ合わせたロープを伝って、素早く二階から降り始めた。と、思ったら。
 ――ぶちっ。
 降りてくる途中で、どこかしらに結んでいるだろうシーツによるロープが、とうとう擦り切れてしまった。

「ユージス!」

 宙に放り出されたユージスに向かって、俺は頑張ってジャンプして手を伸ばす。ユージスを受け止め、俺たちはそのまま深雪の中に落下。
 落下する高さがあまりなかったのと、雪がクッションになったことで、ありがたいことに俺たちは無傷で済んだ。俺たちは顔を合わせて、お互いに安堵の笑みを浮かべる。

「ユージス……無事でよかった」
「フィルリートこそ、受け止めてくれてありがとう」

 雪の中に埋もれながら、俺たちは口づけを交わす。
 でも、イチャついている場合じゃない。屋敷から脱出したとはいえ、この場にいたらまだ危ないんだから。いつ建物が崩れ落ちるか分からないからな。
 俺たちはすぐに起き上がって、ラナさんたちと急いでその場を離れた……。




「――このバカ親父がっ!」

 リネルさんの鉄拳が、ルエルさんの頬を容赦なく殴打する。ルエルさんの体は文字通り軽く吹っ飛んで、深雪の中へと埋もれた。
 砲撃手を捕らえて戻ってきたリネルさんたちとあれから合流し、俺たちは今、現カトリシア地方伯爵の屋敷の敷地内にいる。ルエルさん、そして捕まえた砲撃手からの証言で、裏で糸を引いていたのはセトレイ殿下だと判明した。
 ちなみにルエルさんが裏取引した理由は、ユージスが推測していた通り。事業で大赤字を出してしまい、その補填として多額のお金が欲しかったのだそうだ。といっても、自分自身は元々の計画では処刑されるのは承知の上だったらしい。ただただ、妻子に迷惑をかけたくなかったという、どうにも憎みきれない部分があるという。
 だけど、それでもリネルさんの怒りは大爆発。

「内乱になっていたら、どれだけの死人が出たと思っているんだ! それが処刑されずに済むんだから、カトリシア地方伯爵の温情に感謝しろ! しばらく、牢屋に入って反省してこい!」
「……リネル。そこまでにしてやれ」

 激昂するリネルさんを宥めるのは、ユージスだ。

「牢獄に入ってもらう前に、叔父上にはその砲撃手とともに、国王陛下へ証言してもらわねばならない。すべてはセトレイ殿下の陰謀だったと」

 それまで黙って見守っていた現カトリシア地方伯爵が、同意するように頷く。

「その通りだ。危うく我が領民たちに被害が出るところだった。子どものおいたにしては度が過ぎている。陛下へすべてをご報告せねば」

 ユージスたちが話している間に、俺は深雪の中に埋もれているルエルさんの体を起こす。本音では別に助けたかったわけじゃないけど、セトレイ殿下について証言してくれる貴重なひとだから。ルエルさんは罪悪感と恐縮とが入り混じった、複雑な表情をしていたよ。
 そしてそれからすぐ、俺たちは王都へ出発。
 ユージスと現カトリシア地方伯爵の権力パワーですぐさま国王陛下と謁見し、今回の一件について事情を包み隠さず話した。実際にルエルさんの屋敷が焼け落ちていることや、何よりもルエルさんと砲撃手の証言が決定打となり、セトレイ殿下は厳罰に課された。王位継承権を剥奪、王族からの除名、さらには国外追放。
 王城から追い出される際、ユージスに向かって「お前のせいでシサラが…っ……!」と喚いていたから、どうやらシサラさんが行方をくらましたことを、ユージスのせいだと思い込んでの犯行だったみたいだ。
 シサラさん本人が誤解を解いてくれないことには、どうにもならない。だけど、シサラさんの行方は誰にも分からない。一応、誤解だと否定はしたけど信じた様子は微塵もなかったし、何よりも反省する態度すら見せなかった。
 気の毒な部分はあるものの、あんな奴が次期国王になっていたら、とんでもないことになっていたような気がするから、結果的にこの国のためになった事件だったのかもしれない。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

催眠術をかけたら幼馴染の愛が激重すぎる⁉

モト
BL
魔法が使えない主人公リュリュ。 ある日、幼馴染で庭師の息子のセスが自分をハメようと企てていることを知る。 自分の身の危険を回避する為に、魔法が使えなくても出来る術、催眠術をセスにかけた。 異常に効果が効きすぎてしまって、おぉお!? 俺のことをキレイだと褒めて褒めて好き好き言いまくって溺愛してくる。無口で無表情はどうした!? セスはそんな人間じゃないだろう!? と人格まで催眠術にかかって変わる話だけど、本当のところは……。 2023に『幼馴染に催眠術をかけたら溺愛されまくちゃった⁉』で掲載しておりましたが、全体を改稿し、あまりに内容変更が多いのでアップし直しました。 改稿前とストーリーがやや異なっています。ムーンライトノベルズでも掲載しております。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

処理中です...