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第29話 新婚旅行9
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「お、お待ち下さいっ。違うのです。私は決して反乱分子などではございません。ユージスたちのことは捕らえておりますので、お引渡しいたします。ですから、どうか、どうか……息子のお命だけはお助け下さい……!」
床に頭を擦りつけ、懇願するルエル。そのルエルの目の前には、拘束されたリネル――に扮したユージス――がおり、彼を連れているのは現カトリシア地方伯爵たちだ。
というのも――あのあと、現カトリシア地方伯爵の下へ向かったユージスは、自身は利用されようとしているだけの身だと、現カトリシア地方伯爵に身の潔白を説明した。現カトリシア地方伯爵はそれを信じ、地下牢に残されたフィルリートたちを助けに行くためにも一芝居を打つことにした。それが、ルエルを反乱分子だと疑いをかけてリネル(ユージス)を処刑するぞ、と脅しをかけるというものだ。息子の命を盾に取れば、息子可愛さに反乱を起こすことよりも保身をとると考えたのだ。そしてそれは読み通りだった。地下牢にいるフィルリートたちを差し出すと、ルエルから言質を取った。
――これでフィルリートたちの救出、そして内乱の阻止。両方が達成できた。
ユージスはほっと息をつき、あくまでリネルのふりをして拘束された状態のまま、ルエルたちがフィルリートたちを連れてくるのを待つ。
父親なのに息子の顔を間違うのか、とは思うものの、ユージスは地下牢にいるという思い込みや追い詰められて思考力が低下していること、何よりも腰に下げている剣は紛れもなくリネルのものであることから、非常にありがたいことに勘違いしてくれているのだろう。
そうしてほどなくして――フィルリートたちがみな連れられてやってきた。
フィルリートはユージスと目が合うとぱっと顔を明るくしたが、ユージスたちの作戦を察しているのか言葉には何も出さない。
「こ、これでどうか息子のお命だけはご容赦を……!」
「ああ。許してやろう。おい、リネルを解放しろ。ザエノス侯爵たちは屋敷まで連行だ」
現カトリシア地方伯爵の指示により、リネルに扮したユージスは解放される。そして逆にユージスに扮したリネルは拘束され、フィルリートたちと一緒に現カトリシア地方伯爵に連れられて行った。
「ああっ、リネル……! すまない、大丈夫か!」
一人残されたユージスの下へ、気遣わしげな顔をしたルエルが駆け寄ってくる。抱擁される前にユージスは剣を抜き、切っ先をルエルの喉元に突きつけた。
ルエルは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、立ち止まる。
「リ、リネル? 一体なんのつもり……」
「それはこちらのセリフだ。叔父上」
声色や表情をリネルに寄せるのをやめた瞬間、ルエルの顔が恐怖に引き攣った。息子ではなく、息子に扮したユージスだと気付いたのだ。
「ユ、ユージス……お前、いつの間に」
「説明してやる義理はない。だが、そうだな。お前が裏で取引している相手の名を、教えるというのなら答えてやってもいい」
射抜くような視線をルエルに向けると、ルエルは「うっ」と怯んだ。
「だ、誰が教えるものかっ」
「素直に白状した方が身のためだぞ。お前は計画に失敗した。相手が報酬を支払うことはありえない。どころか、このままでは口封じに殺されかねない。ならば、おとなしくお縄につき、牢獄にでも入って身を守ってもらった方がいいんじゃないのか」
「そ、それは……!」
ルエルは言葉に詰まる。ユージスの助言が的を射ていると、ようやく理解したのかもしれない。躊躇いがちに、ぼそぼそと呟いた。
「……んか、だ」
自分でも声が小さすぎると思ったのか、ルエルはもう一度言った。
「セトレイ殿下だ」
ユージスは沈黙した。――やはりか。ユージスが恨みを買った覚えのある権力者など、セトレイ一人しかいない。
「国王陛下の前でも証言してもらえるか」
「あ、ああ。殺されるより牢獄の方がマシだ」
これでセトレイの悪事を、セトレイの父たる国王の前でも暴ける。そうなれば、王位継承権など剥奪されるだろうし、王族からも除名されるだろう。金も権力も失ってしまえば、ユージスたちを罠に陥れるような大きな画策はできなくなるはず。それで十分だ。あとはもう、ユージスたちが自身で身辺警護を強化するほかあるまい。
「よし。ならば、俺たちについてこ……」
その時だ。凄まじい爆音が轟いたかと思うと、屋敷に火の手が上がった。外からの砲撃によって燭台が倒れたからだとユージスはすぐさま理解する。
次々と響く爆裂音。次々と燭台が倒れ、火は瞬く間に燃え広がっていく。ユージスたちが脱出しようと玄関へ向かおうとも、真っ赤な炎が行く手を阻む。
「ちっ」
屋敷の構図を把握されている。逃げ道を塞ぐように玄関側から砲撃していたのだ。玄関以外からの脱出ルートといったら地下牢の通気口が思いつくが、現状では地下に行くなど自殺行為でしかない。となると――。
「上だ。上に行くしかない」
ユージスの判断に物申すのは、ルエルだ。
「ま、待て、ユージス。上階に逃げても、逃げ道が……!」
「なら、ここで黙って丸焼けになるか? 死ぬのと同意義だぞ」
「……上階からでも逃げる手段があるのか?」
ユージスは、是とも否とも答えなかった。ただ、「行くぞ」とだけ告げる。
ただ黙って炎に焼かれるのを待つのは、みな嫌だったのだろう。みな、口元に手巾を押し当てて煙を避けながら、階段を上がっていくユージスの後に続いた。
すると、幸い二階はまだ火の手が回っていなかった。よって、部屋を自由に行き来できる。そして二階というのは、家主の寝室や客室がほとんど。
「ありったけのシーツを掻き集めろ。それをすべて三つ編みにしてロープを作り、地上に下ろす。それを伝って脱出するぞ」
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