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第28話 新婚旅行8
しおりを挟む――結局、何も思いつかないまま、真夜中になってしまった。
っていっても、ここは地下牢。太陽の有無で判断したわけじゃない。奥から見張りの男たちが夕食を持ってきていたのと、あとは腕時計で時間を確認した。
ふわぁっ、さすがに眠くなってきた。いつもならもう寝ている時間だから。
「フィルリート。今日はもう休もう」
あくびをする俺を気遣うように、ユージスが言う。
「え、でも、急いで考えないと……」
「すぐに争いを起こせるわけではないはずだ。寝不足では、出るアイデアも出てこない。しっかりと休んで、明日また考えよう」
ユージスから横たわるよう促されて、俺は冷たい床に横たわる。すると、毛布を持ったユージスが俺のすぐ目の前に寝転がってきて、俺たちはくっついて毛布にくるまった。背中は寒いけど、触れ合っている部分は温かい。
「……すまなかったな、フィルリート」
ふいに呟くようにユージスが謝罪してきて、俺はきょとん。
「何が?」
「ザエノス侯爵家のことを考えてのこととはいえ、酷なことを言ってしまった。俺でなければダメだと言ってくれて、嬉しかったよ」
毛布の中で、ユージスがぎゅっと俺を抱き締める。ユージスの腕の中にすっぽりと収まった俺は、その温もりが心地よくて身を委ねた。ちょ、ちょっと、心臓がどきどきしているけど……でも、安心感の方が今は強い。
「あなたのことは、なんとしてでも俺が守るから」
以前にも、そう言ってくれたよな。
「うん、信じてる」
ずっと俺の傍にいてくれよ。俺を残して死ぬなんて絶対に許さないぞ。
俺たちはそっと口づけを交わし、それぞれ眠りにつく。
どれだけ眠った頃のことだろう。疲労感よりも緊張感が上回って眠りが浅かったのか、俺は深夜に一度目を覚ました。
――たたたたっ。
鉄格子の前を、何かが軽やかな足取りで通り過ぎていった。……ような気がする。
ん? 猫でも入り込んでいたのかな。
俺たちも小さな動物に変身できたら、この鉄格子の間をすり抜けて抜け出せるのになぁ。人間って肝心な時に不便というか、なんというか。
そんなどうでもいいことを考えつつ、俺はまた目を閉じた。
その明け方のことだ。
――ガチンッ。ガチンッ。
天井近くから音が響いて、俺もユージスも目を覚ました。俺たちが起き上がるのとほぼ同時に、通気口の格子越しにひそひそと声が降ってくる。
「おい、ユージス。大丈夫か?」
あれ、この声って――。
俺たちは慌てて立ち上がって、俺が上になる形でまた肩車をした。通気口と同じ目線になった俺の視界に映るのは、なんとリネルさんだ。
「リネルさん!」
「しーっ。お静かに。見張りに気付かれます」
窘められて、俺は即座に口を引き結ぶ。素直な俺の反応に、リネルさんは可笑しそうに笑ってから、通気口の格子を取り外すように指示を出した。俺はこくこくと頷いて、そっと格子を取り外す。――おおっ、今度は取り外せたぞ!
開通した通気口の中から、リネルさんが軽やかに下り立つ。ぶらんとロープも垂れ下がってきたから、ロープを使いながらここまで進んできてくれたみたいだ。
「リネル。どうしてここが」
訝しげなユージスに、リネルさんは軽くウインクを飛ばす。
「んー、お稲荷さまのお導きってやつ? それよりも、ユージス。お前は早くここを通って外に抜け出せ。そんでもって、現カトリシア地方伯爵の下へ行くんだ」
「現カトリシア地方伯爵の下へ……?」
えっ、現カトリシア地方伯爵の下へ行ったら、それこそ処刑されるって話だったような。
「そうだ。現カトリシア地方伯爵は、お前が本当に反乱を起こそうとしているのか疑問視されている。心配しなくても、すぐ首を刎ねられることはない。自分の誤解を解きに行け。そうすれば、お前たちはみんな助かる」
お前たち『は』。
何気ない物言いにも反応してしまうのは、問題を起こしているのはルエルさん……つまり、リネルさんの父上だからだろう。だって、ルエルさんは、なんらかの処罰をされることは間違いない。最悪、処刑されてしまうかもしれない。
いずれにせよ、それは息子のリネルさんにとってつらいことだろうと思う。そんな感情は一切感じさせない雰囲気を出しているけど、何も感じていないはずがない。
「念のため、剣は貸してやる。ここは俺がお前のふりをしておいてやるから、早く行け」
己の腰に下げていた剣をユージスに差し出すリネルさん。かと思うと、床に両膝をついて、ユージスを肩車しようという体勢を取る。
リネルさんの言動にも行動にも迷いがない。自分の父親の愚行は止めるべきだと、覚悟を決めているんだろうな。
「リネル……ありがとう」
ユージスは俺を肩から下ろした。次いでリネルさんに肩車をしてもらい、垂れ下がったロープを掴んで通気口に入り込んだ。
「フィルリート。俺を信じて待っていてくれ」
「ああ。急いで行ってこい」
想定外の希望が降ってきた。
お稲荷さまのお導き、か。リネルさんが見かけたのが銀狐だとしたら、それは本当に狐の神様なのかもしれない。
ありがとうございます、リネルさん。お稲荷さま。
「よし。問題なくいるな」
見張りの男は、地下牢の中にいる俺たちの姿を確認して、なんの疑問も抱くことなく立ち去っていった。っていっても、牢屋全体の出入り口に待機するんだろうけども。
ふぅ、でもよかった。ユージスとリネルさんが入れ替わっていることに、全く気付かなかったみたいだ。
ちなみにリネルさんは毛布にくるまって、見張りの男に背中側しか見せていなかったんだけど、髪色や体格、返事の声色から総合的にユージス認定された模様。二人は、表情の豊かさこそ違うだけで、何から何までよく似ているもんな。
ユージスがここを発って、早五時間ほど。見張り役たちから朝食が運ばれてきたところだ。
ユージスはもう現カトリシア地方伯爵の下へ無事に行けたのかな。自分が反乱を起こそうとしているのは虚偽の情報であって、ルエルさんが自分を利用しようとしている黒幕だと、きちんと伝えられていたらいいんだけど。
『フィルリート。俺を信じて待っていてくれ』
もちろん、信じて待つよ。
ユージスなら、絶対に俺たちを助けにきてくれるって。
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