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第26話 新婚旅行6
しおりを挟む「ん…っ……」
「フィルリート!」
目を覚ましたら、視界に映ったのはユージスの切羽詰まったような顔だ。
ん? どうしたんだろう。っていうか、俺、なんで意識を失っていたんだ。運ばれてきた紅茶を一口飲んだだけだったような……?
「ユージス……?」
「大丈夫か。具合は悪くはないか」
気遣わしげな様子で俺の顔を覗き込むユージス。その膝の上に、俺は頭を乗せて横たわっている状態だと気付く。あれ、なんでこんな体勢になっているんだ。
俺は応接間のソファーに座っていたはずで、こんな薄暗いところにいたわけでもないし――と周囲を見渡した俺は、ぎょっとした。だって、広めだけど鉄格子に囲われているんだ。て、鉄格子って……俺たちもしかして、牢屋に入ってる!?
一体、何がどうなっているんだ!
「だ、大丈夫だけど。え、何かあったのか? ここ、牢屋の中だよな?」
「……ああ。だが、あなたが無事ならよかった」
俺が無事ならって、俺の身に何か起こっていたんだろうか。ほっと胸を撫で下ろすユージスの言葉の続きを待ったけど、次いで口にしたのは別のことだった。
「ここは、叔父上が住まう屋敷の地下牢だ。あれからいざこざがあって、あなたが気を失っている間にぶち込まれることになった」
「地下牢にぶち込まれるって……なんで? まさか、ラナさんがうっかり高級品の壺を割ったからじゃないよな?」
隣の壁から響くのは、「違いますよー!」というラナさんの声。あれ、ラナさんも地下牢に入れられてしまっているのか。ってことは、ミリマさんとか他の使用人たちも?
「ラナさんっ、無事なんですか!」
上体を起こして声を張り上げると、「もちろんです!」と返ってきた。それから「フィルリート様もご無事のようで安心いたしました!」とも。
大声でそんなやりとりをしていたら、どこからか看守……というか、見張りのひとらしき男がやってきて、「うるさい! 静かにしろ!」と苛立った声で注意をした。
ひえっ、剣を持ってる。抜き身の刃で刺されたら、即あの世行きだ。身の危険を感じた俺とラナさんは、反射的に「ご、ごめんなさい」と声を揃えて謝っていた。
俺は声を潜め、ユージスに問う。
「ユ、ユージス。それでなんで地下牢に入っているんだ、俺たち」
高級品を損壊させたわけじゃないなら、何も悪いことはしていないはずだろ。地下牢にぶち込まれる筋合いはない。
ユージスはどこか伏し目がちに答えた。
「叔父上に嵌められたんだ。あくまで目当ては俺で、フィルリートたちは巻き込まれた形になるが。すまない」
「なんで謝るんだよ。ユージスは悪くないんだろ。でも、目当てはユージスっていうのは?」
「それが……どうやら叔父上は、このカトリシア地方伯爵領を取り戻したいと考えているらしい。そのために建前上の旗頭として俺の名前を利用し、おそらく――現カトリシア地方伯爵の下へ攻め込んで、このカトリシア地方伯爵領を奪うつもりだ」
俺は息を呑んだ。
え、カトリシア地方伯爵領を取り戻す? そりゃあまぁ、元々はカトリシア家が治める領土だったんだろうけど、今はちゃんと現カトリシア地方伯爵が治めているのに? それも別に現カトリシア地方伯爵が圧政を敷いているわけでもあるまいに、わざわざ争いを起こそうとしているっていうのか? ――はぁ!?
「な、なんでそんなこと……っていうか、領土を治める気なんてないひとだったんじゃ」
「ああ。そんな不相応な野望を抱くひとではないはずだが。それに……引っかかる点も多い」
「引っかかる点?」
俺には何が気にかかっているのか、さっぱり分からない。
ユージスは「そうだ」と頷き、続けた。
「これから有志を募って本当に現カトリシア地方伯爵を攻めたところで、国王陛下は現カトリシア地方伯爵の味方に付くはず。他の貴族だって現カトリシア地方伯爵の味方をする者の方が多いはずだ。となると、反乱を起こしたところで負けるのは目に見えている。それが分からないほどのバカでないはずなんだ、叔父上は」
「じゃあ、勝てるってよほどの自信があるんじゃないのか。戦況をひっくり返せるような兵器を持っているとか」
「それもなくはないが。そんなものを手に入れて、誰にも気付かれずに秘密のままにしておけるとは到底思えない。だから俺自身は、初めから負け戦をしてその先に何か叔父上の利益になることがあるのではないかと、推測している」
負け戦をしたその先に生じる利益? なんだそれ。
ユージスの名前を利用するっていっても、実際に指揮を執るのがルエルさんなら、負けた時点でなんらかの処罰をされるはずだろ。いや、普通に考えたら処刑ものじゃないか? となると、利益なんて出てこないような気がするけど。
「利益ってたとえば?」
「分かりやすいものなら、金銭だな。俺の名前を利用して負け戦をすることで、誰かから金をもらえるような取引をしているのかもしれない」
「お金って……こんなにお金持ちそうなのにもう必要ないだろ」
「そうとも限らない。何か事業に失敗していて、その補填のための金が欲しいという可能性は十分あり得る。まぁなんにせよ」
ユージスは膝の上で指と指を組んで、険しい顔をした。
「叔父上が誰かと何かを取引して負け戦をするつもりだとしたら――その『誰か』は、俺を失脚させる狙いがあると想定される」
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