嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
25 / 31

第25話 新婚旅行5

しおりを挟む


「遠路はるばるようこそ、ユージス……いや、ザエノス侯爵、ザエノス侯爵夫人。いやぁ、大きくなりましたな、ザエノス侯爵」
「ユージスでいいですよ、ルエル叔父上」

 ユージスの叔父――ルエルさんが住まう屋敷へとやってきた俺たち。ユージスの顔を見るなり、ルエルさんは嬉しげに目を細めて俺たちを歓迎してくれた。
 ちなみに屋敷は、かなり広く大きい。ザエノス侯爵邸に勝るとも劣らずって感じ。それに飾り気の少ないザエノス侯爵邸と違って、絵画とか壺とか高級そうなものがたくさん飾られている。うっかり間違えて破壊してしまったら、と想像すると恐ろしい。

「はは、そうか。では、ユージス。久しぶりに二人で話さないか。ザエノス侯爵夫人たちには応接間で休憩していただこう」

 確認するように俺を見るユージスに、俺は笑って頷いた。了承の意だ。そりゃあ、甥と水入らず話がしたいだろう。積もる話もあるだろうし。

「そうさせていただくよ。ユージスはルエルさんとゆっくり話してこい」
「ありがとう。フィルリート」

 というわけで、俺たち――ミリマさんやラナさんも――は、一階の応接間に通された。ユージスは少し離れた場所にある別室へと、ルエルさんと向かっていく。

「まぁ、高そうな壺ですね」

 窓辺に飾られている壺を、まじまじと見るラナさん。さすがに自分から触ったりはしないけど、そんなに傍に寄って転んで割ってしまったら大惨事だと、俺は内心ひやひや。ザエノス侯爵家の財力なら賠償はできるだろうけど、税収なんだからそういう問題じゃない。
 ミリマさんも同じようなことを考えたのか、「あんまり近付いたら危ないよ」とやんわりとラナさんを高級品たちから遠ざけていた。
 俺はというと一人、黒革のソファーに腰かけている。これも高級品だろう。ふかふかで座り心地がいい。メイドさんが紅茶を運んできてくれるそうだけど……このソファーに少しでもこぼしてしまったら大変だよな。気を付けて飲まないと。
 てっきり、すぐに紅茶が運ばれてくるのかなと思いきや、添えるケーキ作りに手間取ったのか、チーズケーキとともに紅茶が運ばれてきたのは十数分後のこと。
 柑橘系のいい香りが漂わせた綺麗な赤褐色の紅茶だ。それに添えられたチーズケーキも、しっとりとしていておいしそう。ついチーズケーキに手が伸びそうになったけど、まずは紅茶をいただくべきだろう。
 熱々で湯気の出ている紅茶を吐息で冷まし、俺はティーカップに口をつける。傾け、一口飲んだ瞬間――ビビッと舌が痺れるような衝撃が走った。
 ん? なんだ? 紅茶にまさか香辛料が入っているわけがないし――と考えたところで、意識が薄れていき、手元からするりとティーカップが滑り落ちた。
 ガッシャァアアアン、と派手な音を立ててティーカップが割れる音が響く。けれど、俺の意識が浮上することなく、俺は前屈みにその場に倒れた。

「「フィルリート様!?」」

 驚くミリマさんとラナさんの声が、二重に揃って聞こえたのを最後に、俺の意識は完全に閉ざされた。


     ◆


 話は少し遡り。
 ユージスは、ルエルに招かれて別室に通された。本だらけのこじんまりとした部屋だ。書斎というよりも、書庫という雰囲気かもしれない。

「そこへ座ってくれ、ユージス」
「はい」

 促されるまま、ユージスは椅子に腰かける。ルエルは長卓を挟んで向かい側に座り、二人は正面から向き合う形になる。

「お久しぶりですね。お元気そうでよかったです」

 ルエルとは昔、会う頻度こそ多くはなかったが、それでも会った時は可愛がってもらっていた記憶が残っている。ユージスの父からすると取り立てて優秀ではないそうだが、温和で優しい人柄を好ましく思っていた。
 今、目の前にいるルエルは、記憶の中にある叔父と変わらぬ微笑みを浮かべている。

「ユージスこそ、元気そうでよかった。リネルから手紙を介して無事にやっていることは聞いていたが、やはりこの目で姿を見ないと安心できないものだな」
「気にかけていただいてありがとうございます。おかげさまで元気にやっていますよ」
「お前は兄上たちの大切な忘れ形見なんだから当然だ。しかし、孤児になってから、まさかあのザエノス侯爵に目をかけられて跡取りになるとは思わなかった」
「それは俺も驚いていますよ。人生とは何が起こるか分かりませんね」

 そう、人生とは何が起こるか分からない。第一印象が最悪でずっと嫌いだった『フィルリート』がまさか自分の夫となり、けれどすっかり心を入れ替えたフィルリートを愛するようになるとは、誰が予想できたことだろう。

「なるほど、確かにそうだ。ザエノス侯爵としての仕事は順調なのか」
「ええ。領民はみな、よく働いて税を納めてくれています。私も無駄な支出はなるべく減らすようにして、必要なことへ税収を投入することを心がけていますよ」

 ルエルは、ふっと笑った。

「そうか。まるで兄上のことを想い出すよ。兄上も……領民から慕われるよき領主だった。このカトリシア地方伯爵領は、本来であればお前が継ぐべきものだったのにな」
「過ぎたことは気にしていません。それに現カトリシア地方伯爵もよくお治めになられていると聞きますし、亡き父も特に文句はありませんでしょう」

 領民思いだった亡き父だ。愛する領民たちが不当な扱いを受けていない限りは、別に息子が治めなくても構わないという考えのはずだ。
 ルエルとてそれは分かっている……と思った、のだが。

「……本当にそうか?」
「え?」

 突然、真剣な顔になって呟くルエル。ユージスは訝しむしかない。

「どういう意味でしょう」
「本当にこのままでいいのか。このカトリシア地方伯爵領は、本来であればお前の領土なんだぞ。それをよそ者に預けたままでいいのか。兄上もそれをよしとするのか」
「………」

 なんだ、この話の流れは。これではまるで、カトリシア地方伯爵領をユージスが手に入れるべきだと主張しているようだ。
 なんとなく、嫌な汗を掻いた。ルエルの主張を正面から受け取ってしまうと、――現カトリシア地方伯爵から領土を奪わないか。そう言われている気がしてならない。

「……叔父上。何を考えていらっしゃるのか分かりませんが、俺は現状に満足しています。亡き父も、それで納得しているでしょう」

 お前はお前に与えられた役目を全力でまっとうすればいい。亡き父なら、ユージスにそう言うはずだ。

「カトリシア地方伯爵領を取り戻す気はないと」
「取り戻すも何も、元々俺のものではありませんよ」
「そうか。……ここで賛同してもらえたら、話は早かったのだが」

 何を言っているのだ。それに目の前にいるこの男は、本当に叔父なのか?
 そんな疑問が思い浮かんだ時だ。部屋の外から、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。「フィルリート様!」という声も聞こえてきて、ユージスはさっと顔色を変える。
 目の前にいる男を、睨みつけた。

「……フィルリートに何をした」
「ふっ。そう怖い顔で睨むな。解毒薬はきちんと用意してある」

 ――解毒薬。
 まさか、フィルリートは毒を盛られたのか。なぜ、そのようなことを。
 動揺して一瞬そう思ったが、今までの話の流れからすぐ察しがつくことだった。そして予想通りのことを、男は口にした。

「お前の名を利用させてもらう。我々の手にカトリシア地方伯爵領を取り戻すのだ」


     ◆

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...