嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花

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第23話 新婚旅行3

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「待ってくれ。先ほどの言葉は、どういう意味だ」

 俺の腕を掴んで離さない、ユージス。だけど、俺は顔を背けているから、ユージスの表情までは分からない。

「俺が愛しているのはあなただ」
「~~っ、もういいよ! 仲良し夫夫ごっこは!」

 跡取りを産んでもらいたいがための溺愛モードっていう演技だ、って分かってる。そんなまやかしの愛なんて最初からいらない。

「跡取りさえ産めば満足なんだろ!? お望み通りにしてやるから、優しくするのはもうやめてくれ! 俺のことなんて本当は嫌いなくせに!」

 ポロポロと口から飛び出る本音たち。ヒステリックにキャンキャン喚くにしても場所を考えろって話だけど、そんな配慮もできないくらいに俺は限界にきていた。

「フィルリート。何か勘違い……」
「もう俺に構うな!」

 渾身の力で、ユージスの手を振り払う。――と思ったら。

「うわっ!?」

 反動でよろめいて、足が階段を踏み外す。わわっ、何をドジしているんだ、俺!

「フィルリート!」

 焦るユージスの声が響いた。
 俺は階段から真っ逆さま……のところを、ユージスの逞しい腕が俺の体を庇うように抱き締める。
 もつれあうようにして階段を転がる俺たち。俺はユージスに庇ってもらったから、ほぼなんともなかったけど――。

「ユ、ユージス!」

 俺を庇ったユージスは全身を強打し、痛みに呻いていた。
 ど、どうしよう! 街医者を呼ぶべきか!?

「だ、誰か! きて下さい!」

 大声で叫ぶと、ミリマさんがやってきて、状況を把握すると仰天していた。が、そこは冷静沈着なミリマさんだ。即座に街医者さまを呼びに行くよう、同じく駆けつけたラナさんに指示を出して、自身はユージスに声をかけて意識を確認。下手に動かさない方がいいと判断したらしく、ユージスをその場に仰向けにするだけにとどめる。
 俺はというと。もう顔面真っ青だ。

「ご、ごめん、ユージス……!」

 俺のせいで。ユージスに何かあったら、親御さんにも申し訳が立たないよ。
 ユージスの意識は朦朧としていたけど、俺に向かって必死に手を伸ばす。その手を、俺はしっかりと掴んで握った。それしかできることがなかった。
 それから数十分後、街医者さまが到着して、急いでユージスの容態を診てくれた。結論からいうと、全身を打撲しているのと、頭部に衝撃が加わって少し脳震盪を起こしているとのことだった。安静にしていれば、落ち着くとのことだ。
 よ、よかった。無事でよかったよ。
 俺は安堵感から、肺が空っぽになるまで息を吐き出した。




 その後、客室の寝台まで運ばれたユージスは、それから数時間ほど眠りについた。はっきりと目を覚ましたのは、真夜中だ。

「う……」

 呻きを上げたかと思うと、ゆるゆると金茶の瞳が開く。焦点の定まっていない目が、さまようように動いて、やがてすぐ傍の椅子に腰かけている俺の姿を捉えた。

「フィルリート。大丈夫か」

 階段から落ちたっていう記憶はあるみたいだ。っていうか、開口一番に心配する相手が俺なのかよ。自分の心配をしろよ。

「大丈夫だよ。その、巻き込んでごめん。庇ってくれてありがとう」
「あなたが無事ならそれでいい」

 ほっとしたように和むユージスの目。その目は、温かさに満ち溢れていて、俺を嫌っているようには見えない。
 これも演技……なのか? 起きてすぐ、演技のスイッチって入るもの? だとしたら、侯爵よりも役者の方が向いていそうだけど……。

「それよりも、話の続きをしよう」
「い、今は安静に……」
「なんともない。心配するな。俺のことよりも、あなたが何か誤解をして不安になっているのなら、その誤解を解きたい」

 ユージスは寝台から上体を起こして、俺の目を覗き込むように真っ直ぐ見つめる。あ……まただ。また、どきりとしてしまった。
 俺は膝の上に握り拳を作り、震えそうになる声を紡いだ。

「俺は何も誤解なんてしていない。ただ、分かっているだけだ。ユージスが俺に優しくなったのは、俺に跡取りを産んでほしくて俺を逃したくないがための演技をし始めたんだって」

 薔薇の花束の件から、このまま冷たくしていたら俺が心変わりして逃げられるかもしれないって危惧したんだろ。だから、急に優しくなったんだ。
 だけどユージスは、困惑した顔だ。

「え……な、なぜ、そういう発想になるんだ。俺は変わったあなたを純粋に好ましく思うようになったから、態度を改めただけなんだが」
「もう嘘をつかなくていいよ」
「嘘ではない。以前から口にしていると思うが、俺はあなたを愛している。仲良し夫夫ごっこではなく、本当に仲睦まじい夫夫になりたいと思っているんだ」
「……嘘だ。発情期しか抱きにこないし、この宿屋でだって部屋を別々にしてるじゃん。跡取りが目当てなだけで、やっぱり俺が嫌いなんだろ」

 唇をきゅっと引き結ぶ。そうしないと、涙がこぼれてしまいそうだった。
 怖くて、ユージスと視線を合わせられない。だから、ユージスがどんな表情をしているのか分からない。面倒臭い男だとでも思われているのかも。

「そ、それは……その、理由もなくどう誘ったらいいのか、分からなかったんだ。今回の旅行で勇気を出そうと思っていたんだが、やはり尻込みしてしまって。だが……不安にさせてしまっていたのなら、すまない」

 俯いている俺の頬に、そっとユージスの手が触れる。

「本当にあなたを愛しているから。信じてほしい」
「………」
「これほどの気持ちを抱いたのは、初めてのことなんだ。あなたのことは守るし、あなたのことを幸せにしたい。だから……改めて、俺の夫になってくれないか」
「……!」

 はっとして顔を上げると、目の前にあるのは愛おしげな金茶の瞳。その優しい目は、やっぱり俺のことを嫌っているようには見えない。
 本当に俺の勘違いだったってこと……? 俺、ずっと演技だって思い込んでいたのか。なんだよそれ。バカじゃん。どうしようもないバカだ。

「うん…っ……」

 プロポーズの言葉が嬉しくて。すっごく嬉しくて。
 俺は涙をこぼしながら、何度も頷いた。しゃくり上げる俺を、ユージスは自身の胸元に抱き寄せる。その温もりが心地よくて仕方ない。

「フィルリート。勘違いだったとはいえ、俺から好かれていないと思っていても、一途に想ってくれてありがとう」
「え?」

 な、なんのこと? あれ、俺たちまだ何か誤解し合っている部分がある……?
 確認しようと思ったけど、キスをされたらそんな雰囲気でなくなって。――その日、初めて発情期以外の夜に俺たちは身体を重ねた。

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