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第19話 シサラの過去2
しおりを挟む「謝罪をするとしたら、お墓参りが十年越しになってしまったことだけは申し訳なく思います」
俺は立ち上がって、棒立ちしているシサラさんの横を通り過ぎた。が、そうあっさりと見送ってくれるわけもない。シサラさんは、声を荒げた。
「なんでお前なんかが助かって、弟は死ななければならなかったんだ! お前だけがのうのうと生きていることが私には許せない!」
「天運だったとしか私には言えません。私を憎むのなら存分にどうぞ。それで気が済むのでしたら」
「…っ、お前が死んでいればよかったんだ! そうしたら、弟は…っ……」
俺が死んでいれば、か。それがこの人の本心なんだろうな。
でも、俺はその言葉を受け入れたりはしないよ。その言葉に同意するってことは、俺のことを愛し育ててくれた両親の思いを踏みにじる行為になる。たとえ傲慢だと言われようとも、俺が俺の存在を否定することは絶対にしない。
「あなたがスズラさんのことを愛しているように、こんな私でも愛してくれるひとはいる。謝罪も、許しを乞うことも、私はしません」
毅然として言うと、シサラさんは唇を噛みしめ、それ以上は何も言わなかった。もう罵りの言葉が出てこなかったんだろうと思う。
前に進み始めた俺の背後で、ユージスがシサラさんに声をかけているのが聞こえた。
「……シサラ殿。フィルリートが墓前に供えたあの花の花言葉をご存知ですか」
「そんなもの……知りません」
つっけんどんに答えるシサラさんに対して、ユージスは淡々と続けた。
「リンドウの花言葉はですね、――『あなたの悲しみに寄り添います』なんです」
聞き耳を立てている俺。ほう、知っていたのか。
シサラさんは無言のままだ。だけどユージスは構わず、諭すように言う。
「あなたが欲しかったのは、見舞金でも、形式めいた謝罪でもなく。ただ、弟君の死を心から悼んでくれる誠意なのではないですか」
シサラさんがはっと息を呑む気配が伝わってくる。
誠意、か。当時の御者さんや父上たちに誠意がなかったわけじゃないだろうけど、少なくともシサラさんの胸には届いていなかったんだろう。
「わ、たしは……」
「もうそろそろ終わりにしましょう。他の誰でもない、あなた自身のために。あなたがひとの道を外してしまう分だけ、天国にいらっしゃる弟君と母君が悲しみますよ。……私から助言できるのはそれだけです。では」
ユージスも俺のあとを追いかけてきた。俺たちは横並びに歩いて、庭園墓地を立ち去る。そして道に停車させていた馬車に乗り込んだ。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、ユージスが俺の肩を抱き寄せる。今ばかりは、「ひえっ」なんて飛び上がりそうになるような反応をする元気がない。
なんだか……ユージスの温もりにほっとする。
「俺……あんな感じでよかったのかな」
「あなたの対応はあれでよかった、と思う。あの男が復讐をやめるかどうかは断言できないが……できることはしたんじゃないか」
そう、かな。それならいいんだけど。
シサラさん。どうか前に進めるようになってほしいな。過去ではなく、未来に向かって現在を生きてほしい。そうじゃなきゃ、ずっとつらく苦しいままだ。
あなたの幸福こそが、弟さんたちがきっと何よりも望むことだと、俺は思うよ。
後日、ザエノス侯爵家へ俺宛ての手紙が届いた。
差出人が書かれてない、ただ一言『ごめんなさい』と書かれた手紙だ。でもきっと、シサラさんからのものだと、俺やユージスは察した。
そしてさらに数日後、風に乗って噂が届いた。なんでも、リグニ公爵家からシサラさんが行方をくらましたと。王太子に婿入りさせる気満々だったリグニ公爵は、大層ご立腹しているそうだけど……俺への復讐目当てでセトレイ殿下に近付いただけで、セトレイ殿下のことが好きじゃなかったんなら、まぁ仕方のないことだよな。セトレイ殿下はお気の毒だけど。
ともかく――これから先、また平民に戻って人生をやり直す。シサラさんはそう決めたのだと、俺たちは解釈した。
いい方向に進むといいな。いや、きっといい方向に進むよな。
あてのない真っ暗闇の中を突き進むのをやめて、ようやく光に向かって歩き出したんだから。
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