嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
18 / 31

第18話 シサラの過去1

しおりを挟む


 曰く。十年ほど前の冬のことだ。当時九歳だった『フィルリート』が高熱を出し、当時のザエノス侯爵たちは慌てて街医者を呼び寄せたという。
 その街医者は、急いで馬車でザエノス侯爵邸へやってきて『フィルリート』を治療した。おかげで『フィルリート』は大事にならずに助かった。だけど、なんと街医者が乗っていた馬車はその道中で幼い子どもを轢き殺してしまっていたのだという。
 そしてその幼い子どもというのが、――シサラさんの双子の弟。

「シサラ様の弟君を轢いてしまったのは御者ですし、その御者はきちんと自首をして罪を償いました。街医者も、もちろん先代ザエノス侯爵たちも、すぐさまシサラ様の母君に謝罪をしに行き、見舞金を渡したというお話です。ですがシサラ様の中では、まだ当時の怒りや憎しみが消えていないのでしょう。そしてその矛先はおそらく……」
「フィルリートに向いている、と。なるほど。そうなると、セトレイ殿下に近付いて篭絡したのも、フィルリートへの復讐だったということか」

 俺は目を丸くするしかない。え、嘘だろ。純粋にセトレイ殿下のことが好きだったわけじゃないのかよ。それじゃあ、幸薄美人じゃなくて、美しき復讐鬼じゃん!
 ミリマさんは、俺をちらりと見ておずおずと言う。

「もしかしたら、その……フィルリート様が嫌がらせをするよう、わざと煽って仕向けていた可能性もあると思います。以前までのフィルリート様は少々短気な面がございましたから」
「あ、いや、どんな理由があろうと、嫌がらせはやった方が悪いと思うので。その件は、ええと私が悪かったんです」

 嫌がらせをしたのは前人格の俺であって、断じて俺じゃないけど、それはさておき。
 うーん……なんか、思っていた以上に重い話だな。双子の弟の死、か。兄弟のいない俺は想像するしかないけど、純粋な悲しみはもちろん、自分の片割れを亡くしたような消失感と虚無感に襲われて、相当つらかったんじゃないのかな。
 俺が悪かったとは思わない。でもかといって、俺は関係ないとは言えないのが話の複雑なところ。だって間接的にとはいえ、俺がきっかけになって起こった事故なわけだから。
 俺はよほど難しい顔をしていたんだろう。ユージスもミリマさんも、気遣わしげな顔で口々に言葉をかけてきた。

「フィルリート。あなたのせいではないんだ。あまり考え過ぎなくともいい」
「ええ、そうですよ。シサラ様は……言いにくいですが、怒りの矛先を向ける相手をお間違えになっています。フィルリート様の咎ではありません」

 それは俺もそう思うよ。さすがに弟さんの死は俺のせいなんだっていう発想にはならない。そこまでお人好しじゃないんで。
 でも、な。シサラさんはずっと弟さんの死に囚われて、俺への復讐に燃えるのかな。そんな生き方、亡くなった弟さんやお母さんが望んでいるとは思えない。
 ……って、俺が伝えたところで、シサラさんの胸には何も響かないんだろう。だいたい、俺はそこまでシサラさんの人生にとやかく言うような立場じゃないし。
 それでも、今の俺にできることってなんだろうな。俺がやるべきこと、か。




 悩み考えた末――それから数日後、俺は花束を持って墓地にやってきていた。
 小高い丘の上にある、紫色のヒースが咲き乱れる庭園墓地だ。その一角にある、とあるお墓の前に膝をついて、俺は花束を供えた。
 お墓には、『スズラ』と名前が刻まれている。このお墓は――シサラさんの双子の弟さんのお墓なんだ。十年越しのお墓参りにやってきたというわけ。
 ちなみにユージスも一緒だ。両手を合わせている俺の後ろで、黙とうを捧げている。
 お墓参り。それが今の俺にできる唯一のことだと、俺は判断した。謝罪するでもなく、ただただスズラさんの死を悲しみ、冥福を祈る。
 まだ、たった九歳でこの世を去った同い年の男の子。どんな子だったんだろう。もし、生きていたら、友人になっていたルートもあったのかな。
 しばらくそこでお墓参りをしていると――そこへ。

「な、んで……お前が、ここにいるんだ……?」

 聞き覚えのある声に、俺たちは声の主を振り向いた。すると、そこにいたのは、花束を携えたシサラさんだった。
 声が震えているのは、きっと怒りからだろう。どの面を下げてここにきたんだ、とでも思っているに違いない。

「お前なんかが弟の墓に近付くな! お前に弟の墓参りをする資格なんてない!」

 これまでの猫被りの姿からは考えられないほどの激昂だ。俺を睥睨する瞳は憎悪に燃え、それは今にも爆発してしまいそうだ。
 一方の俺は、静かにその目を見つめた。

「資格はありますよ。私はザエノス侯爵夫人。ザエノス侯爵領の民の死を悲しむ権利がある」
「ふざけるな。何が悲しむだ。思ってもいないくせに。だいたい、今さら弟に謝罪したところで弟は戻ってこない!」

 それはその通りなんだけど、でも勘違いするなよ。俺は。

「私は謝罪をしにきたのではありません。――私はスズラさんの死を悼みにきただけです」

 そう、十年越しに。やっと。
 シサラさんは、訝しげな顔をしていた。

「は? 死を悼みにきた……?」
「そうです。不運な事故で亡くなったスズラさんのご冥福をお祈りしにきたんです。運よく生き長らえた私にできることといったら、スズラさんのことを記憶に刻み、忘れずにいることだけですから」

 死者が蘇ることはない。それでも、生者の記憶の中で生き続けることはできる。誰からも忘れられたその時こそ、本当の死なんじゃないかと思う。
 だから、俺にできるのは、ザエノス侯爵夫人として、ザエノス侯爵領の民であったスズラさんのことをこの命ある限り覚えておくことだけ。それしかできない。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...