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第16話 結婚お披露目パーティー3
しおりを挟む俺は唖然とした。だけど、数拍遅れて理解した。――俺は今、シサラさんに陥れられようとしているのだと。
他の王侯貴族たちに、俺は多少変わったという印象付けをできたところなのに。なんだ、やっぱり性根は変わっていないんだなって、冷ややかな評価に逆戻りしてしまう。
実際……しん、と静まり返った会場で、招待客たちから向けられる目は、針のむしろのように突き刺すような厳しいものだ。みんな、シサラさんの言葉を信じているんだ。
違うって即座に釈明したかった。シサラさんが自分から倒れ込んだだけで、俺は何もしていないって。でも、それが正しい対処なのか判断しかねて、咄嗟に何も言えなかった。
俺は今、侯爵夫人の身。そして、今日は多くの招待客を招いた結婚お披露目パーティー。そんなおめでたい席で、キャンキャンと喚くシサラさんと同じ土俵に上がって、騒ぎにするのは賢明じゃないような気がして。
そう思うんだけど……でも、周囲からの視線が痛い。
ははっ、俺のことを信じてくれるひとなんていないんだ。俺の味方なんて誰も――。
「騒がしいな。どうした」
人混みを掻き分けて、現れたのはユージスだ。
「ユー、ジス……」
俺は今、どんな顔でユージスを見ているんだろう。もしかしたら、ひどく情けない顔をしているのかもしれない。普段、強気でいるのに、いざという時はこのありさまだ。
何も言えずにいる俺の代わりに、セトレイ殿下が険しい顔で説明した。
「先ほど、貴殿の夫……ザエノス侯爵夫人が、シサラを突き飛ばしたんだ。シサラはただ、貴殿のことを社交辞令で褒めただけなのに、色目を使うつもりだと勝手に被害妄想をして」
セトレイ殿下は「ふん」と鼻を鳴らし、忌々しげに吐き捨てる。
「ちょっと猫を被っていただけで、性根は腐ったままだったようだな。よくもまぁ、こんな男を夫として迎え入れたものだ」
ユージスは無言でセトレイ殿下の嫌味をスルーし、シサラさんの前に膝をついた。
「立てますか? あなたに詳しい事情をお聞きしたい」
「は、はい」
シサラさんはユージスの手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。すると、わざとらしいくらいに足元がふらついて、先に立ち上がっていたユージスの胸に倒れ込んだ。慌てた様子ですぐに離れたけど。
「ご、ごめんなさい。その、怖かったものですから」
「………」
ユージスは何も応えない。あっさりと手を離して、淡々と質問した。
「私の夫があなたを突き飛ばしたというのは本当ですか」
シサラさんは躊躇いがちにこくりと頷く。その姿はまるで、恐怖に怯える子ウサギのように庇護欲をそそるような仕草だ。
「は、い。俺から奪う気かと怒り出して」
「被害妄想からカッとなっていたと。それであなたの胸倉を掴み上げてから、床に突き飛ばしたということでしょうか」
「そ、そうです。殴られるのかと恐怖のあまり、抵抗ができず……」
「なるほど。――それは少々おかしいですね」
ユージスは、あくまで穏やかな口調で断言した。その言葉に、シサラさんはもちろんセトレイ殿下も怪訝そうな顔になる。俺も何がおかしいと言っているのか分からなかった。
会場全体に疑問符が浮かぶ中で、ユージスは続けた。
「あなたの胸元です。シワ一つ寄っていない。綺麗なものだ。もし、フィルリートに胸倉を掴まれていたのなら、もっと乱れているはずでは?」
シサラさんははっとした顔をする。
「そ、それは、直したから……」
「突き飛ばされてすぐ悲鳴をあげられたのですよね。でしたら、多少なら整えることはできるでしょうが、元通りにすることは難しいでしょう。何よりも、恐怖のあまり抵抗ができなかったとおっしゃっているのに、乱れた胸元を直す精神的な余裕はおありだったのですか」
「…っ……!」
とうとう反論できなくなったシサラさんを、セトレイ殿下が庇いに入った。
「貴様! シサラが嘘をついているとでも言いたいのか! 失礼だろう! シサラがそんな芝居を打って誰かを陥れようとすることなど、ありえない!」
「失礼だというお言葉、そのままお返しします。私の夫への侮辱はやめていただきたい。フィルリートはもう心を入れ替えたのです。フィルリートがそのような乱暴なことをするわけがない。私は、私の夫を信じていますので」
王太子相手に一歩も怯まず、挑むような眼差しのユージス。
茫然と立ち尽くしているしかない俺だけど、胸にこみ上げてくるものがあった。信じてくれているという安堵感、守ろうとしてくれている頼もしさ、そして――味方がいるっていう嬉しさだ。それらがないまぜになった感情が、胸の奥に渦巻いている。
ユージス……ありがとう。
「――あ、あの。申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか」
睨み合うユージスとセトレイ殿下の沈黙を破ったのは、ラナさんの声だ。その場の全員の注目が、ラナさんに集まった。
「いいぞ。何かあるなら話せ」
ユージスが許可を出すと、ラナさんは最初こそこわごわとしていたけど……俺の顔をちらりと見ると、何か覚悟を決めたように凛とした声で言う。
「私、見ました。シサラ様からフィルリート様の傍まで歩み寄って何か囁いたかと思うと、ご自分から後ろに倒れ込んで悲鳴を上げたところを。――ですから、シサラ様の自作自演です」
――ざわっ。
ラナさんの証言により、その場がざわつく。シサラさんの顏はもう真っ青だ。
それでも、シサラさんを信じるセトレイ殿下は喚いた。
「でたらめだ! この屋敷の使用人の証言など、公平性がないっ!」
うっ、それは確かにそうだ。身内を守るための嘘だと思われても仕方ない。
ユージスもあっさりと頷いた。
「おっしゃる通りです。が、貴殿の主張もおかしいですね。貴殿に言わせれば、フィルリートは『性根が腐っている男』のはず。であれば、使用人が嘘をついてまで庇いに入るとは考えにくいのでは? 今、使用人の彼女がどれだけの勇気を出して声を上げたのか、分からないわけではありますまい」
「そ、それは、フィルリートから脅されて……」
「では、計画的犯行だったと? それもおかしい。今回の一件は、シサラ殿の社交辞令がきっかけだったはずですが」
あっさりとセトレイ殿下の主張を論破するユージス。セトレイ殿下は「ぐ…っ……」と悔しげに顔を歪める。もう反論の言葉が出てこないみたいだ。
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