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第12話 結婚お披露目パーティーに向けて3
しおりを挟むロイさんを引っ叩いた後、ラナさんはその場から走り去ってしまった。
「ラ、ラナさん!」
俺は、慌ててラナさんを追いかけた。でも、俺よりラナさんの足の方が速くてなかなか追いつけず、結局、公園の中でラナさん自身が止まるまで追いかけっこは続いた。そういえば、『フィルリート』って運動音痴なんだった……。
ゼーハーと息を切らしながら、ラナさんの背中越しの肩に手をぽんと置く。
「ラ、ナさん……落ち着いて、下さい」
俺があまりにも息を切らしているからだろう。ラナさんははっとした様子でこっちを振り向いて、即座に謝罪してきた。
「も、申し訳ありません、フィルリート様……! 私ったら、怒りのあまりフィルリート様を置いて、あの場から離れてしまって……!」
「それはいいん、ですよ。私の体力が、ないだけです、から」
途切れ途切れになる言葉。弾む息をどうにか整えて、俺はラナさんの顔を覗き込むように見つめた。
「それよりも。怒りではなく、悲しみでしょう? ラナさんの胸にあるのは」
「え……」
息を詰めるラナさんの目尻には、うっすらと涙が浮かんでいる。
きちんと話を聞いたわけじゃないから察するしかないけど……ラナさんの婚約者がロイさんなんだろう。もうすぐ結婚する相手に裏切られたと感じたら、そりゃあ悲しくもなる。その悲しみが怒りに転じて、平手打ちしたくなる気持ちもよく分かるよ。
だって、前世の俺もそうだったから。
「少し、ここでお話しましょう。ちょうどベンチも空いていますし」
にこりと笑って言うと、ラナさんは僅かに躊躇してから、
「はい……」
こくりと頷いた。
俺たちは、木製のベンチに隣り合って座る。ちょうど木陰になっているから、初夏の日差しを遮ってくれてありがたい。
「ロイさんという方は、ラナさんの婚約者さんなんでしょうか」
話を切り出すと、ラナさんも誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。ぽつぽつと答えてくれた。
「はい。かれこれ五年くらいの付き合いです。彼が隣街からこの街へやってきてすぐ、道に迷っていたところを案内した縁で交際を申し込まれました。それで来年には結婚しよう、とプロポーズしてきたばかりなのに……まさか、浮気をしていたなんて」
俯くラナさんの目は涙で潤んでいて、必死に泣くのを堪えているのが一目瞭然だ。俺は懐から手巾を取り出して、「どうぞ」と差し出した。
おずおずと受け取ったラナさんは、手巾で目元を押さえたら……涙腺が決壊したみたいだ。嗚咽を漏らして泣き始めた。
「ずっと信じていたのに……私のことだけを愛してくれているって。初めて付き合った人だから、二股とかなんの疑いも持っていなくて……ふふ、バカですよね。私」
「バカなんかじゃありません。ラナさんはそれだけ誠実で一途にロイさんのことを想っていたということです。その純粋な恋心を笑う奴がいたら、私がぶっ飛ばしますよ」
裏切られたと感じて悲しくなるのは、それだけ真摯に相手を信じていたという証だ。ラナさんはバカなんかじゃないよ。むしろ、誇っていいことだと思う。
ラナさんは虚を突かれた顔をした後、泣き笑いの表情を浮かべた。
「ありがとうございます。フィルリート様」
しばらくすすり泣くラナさんだったけど、次第に気持ちが落ち着いてきたらしく。まだ傷心中ではあるだろうけど、それでも涙は止まった。
その頃合いを見計らって、俺はまた口を開く。
「……あの。ロイさんのことですが」
「あいつのことでしたら、平手打ちしてすっきりしました。もちろん、お別れします」
きっぱりと断言するラナさんの横顔には、迷いがない。好きだから関係を続けるっていう選択肢は、当然ながらないらしい。女性って逞しいな。
――でも。
「ちょっと待って下さい。ロイさんとお別れする前に、きちんとお話してみませんか」
ラナさんは、目をぱちくりとさせる。
「え? お話……ですか?」
「はい。正直、ロイさんが浮気していたのだろうと感じますけど……でも、本人の口からはまだ何も聞いていません。もしかしたら、あの女性は浮気相手じゃないのかもしれない。そうだとしたら、ここで一方的に別れて後悔しませんか」
前世の俺も、さ。ラナさんと同じように『元恋人』の頬を引っ叩いた。俺の場合はきちんと理由を述べられて振られたわけだからだけど、ラナさんは違う。現時点では、ラナさんが一方的に怒って喧嘩別れしそうになっている状況だ。
あのやりとりから察するに十中八九、浮気していたんだろうけど……でも、それをロイさんないし相手の女性からきちんと話を聞くまでは、勘違いの可能性もあると思うんだよな。
「ラナさん自身が心のけじめをつけるためにも、相手の言い分も聞いてあげた方がいいんじゃないかと思うんです。そうしないと、心にどこか後悔が残るんじゃないなかって」
「でも……」
「もし、浮気していたって白状されたらまた平手打ちをかまして、今度こそ真っ正面から振ってやったらいいじゃないですか。それで他にいい方を見つけて幸せになって、ロイさんにはあの時は殴ってごめんなさいねー、おほほ、なんて笑って余裕を見せつけましょうよ。……生きているうちにしかできないことですよ」
そうだ。死んでしまったら、聞くことも、伝えることも何一つできない。異世界転生した俺だって、もう『元恋人』とは何も話すことができない。
あいつに未練はないけど、後悔はしているんだ。もっとあいつの言い分にきちんと耳を傾けておけばよかったなって。子どもが欲しいからって言っていたけど、どうしてそんなに子どもが欲しかったのか、とか。お家を存続させたいからかもしれないし、純粋に自分の血を引く子どもが欲しかったのかもしれない。今はもう想像することしかできない。
ラナさんには、俺と同じような後悔をしてほしくないんだ。
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