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第11話 結婚お披露目パーティーに向けて2
しおりを挟む両腕をぴんと横に伸ばす。すると、巻き尺を持ったメイドさん――ラナさんが、すかさず俺の体の採寸を始めた。
ラナさんっていうのは、以前、手に火傷を負ったところを俺が応急処置した若いメイドさんだ。あれからちょくちょく会話を交わすようになっていて、俺が一番親しいメイドさんといってもいい。だからこうして、結婚お披露目パーティーに向けた俺の夜会服のため、採寸を担当してくれているというわけだ。
「へぇ、結婚のお話が出ているんですか。よかったですね」
「ありがとうございます。挙式の際は、フィルリート様たちをお招きしたいと考えておりまして。その、出席していただけますでしょうか……?」
おずおずと言うラナさんに、俺は「もちろんですよ」と柔和に笑い返した。
結婚。こんなおめでたいことはない。俺自身は恋愛を拒否しているけど、それとこれとは話が別だ。屋敷で働いてくれるみんなには存分に幸せになってもらいたい。
「幸せになって下さいね」
「はい! お心遣いありがとうございます。……って、まだ先のことですけれど」
苦笑いで付け加えるラナさんだけど、その声音は幸せに満ち溢れている。愛する人と結婚となったら、そりゃあ幸せの絶頂だろうなぁ。
と、考えた時、ふと思い出すのは『元恋人』の言葉。
『すまない。君とは結婚できない。俺は……子どもが欲しいから』
まだつい最近のことのように感じられて、思い出すたびに胸がちくりと痛む。別にあいつに未練があるわけじゃないけど……もし、俺が欠陥オメガじゃなかったら。正常なオメガだったら、あいつと結婚して幸せを掴んだルートがあったのかなーって。
ま、たらればを考えても仕方ないんだけど。だいたい、あいつの本性というか、結局、本当に俺自身のことを愛していなかったって本音がおかげで分かったわけだから、結婚しなくてよかったのかもとも思う。
もっとも、あの後すぐにトラックに轢かれて死んで異世界転生したっていうのは、想定外すぎるけども。あの時に俺が庇いに入った狐さん、そういえば無事に助かったのかな。都心に狐さんが出没するなんて珍しかったよなぁ。
つらつらと考えていたら、体の採寸があっという間に終了。
「ラナさん、ありがとうございました」
「いえ。私に一任されたお仕事ですから。ところで、夜会服のお色は何色がよろしいかなどご要望はおありでしょうか。これから街の仕立て屋さんに行こうと思うのですが」
早速、仕立て屋さんにオーダーするってことか。夜会服の色かぁ、何色がいいんだろう。俺の髪色は金色でちょっと主張が強めだから、柔らかい色の方がいいような気もする。いや、それとも髪色に負けないような鮮やかな色の方がいいのか? 素人だから分からん……。
うーん……どうせなら見栄えよく着たいよな。俺の好みの色をオーダーするよりも、仕立て屋さんに判断してもらった方がいいのかもしれない。
そう思い至って、俺はラナさんに同行することを決めた。一応、ユージスから許可をもらって、ラナさんと街の仕立て屋さんまでお出かけ。
何気に結婚してから、街へ繰り出したことがない俺だ。っていうのも、王侯貴族の夫人という立場だと、ほいほいと外出できない風潮があるんだ。夫以外の子どもを妊娠したらよろしくないからっていう考え方が強いから。この国にはまだ、お腹の赤ちゃんの父親を判別できる技術がないことも背景にあるんだろう。
ともかく、久しぶりの外出に胸弾む俺。屋敷の敷地内に出るのと街中に繰り出すのとを比べたら、やっぱり開放感とか空気が違う。
仕立て屋さんに顔を出すついでに、お花屋さんにも寄り道しちゃおうかな。秋に育てるお花の種が欲しい。何がいいかなぁ。
「ふふ、楽しそうですね。フィルリート様」
くすりと笑うラナさんに、俺は上機嫌で笑う。
「そりゃあ、久しぶりの市街地ですから。仕立て屋さんは、どの辺りなんですか?」
「ミリマさんからいただいた地図によりますと、ここの大通り沿いに――」
ラナさんが言いかけた時だ。説明を遮るように、女性の甲高い声が横合いから響いた。
「だからっ、なんであいつと結婚するの!? あいつと私のどっちが大切なのよ!?」
思わず俺たちは足を止め、声の主を振り向いた。するとそこには、路地で若い男女が言い争っていた。
おや、女性の言い分から察するに、男性側が二股でもかけていたのか? で、女性のことを捨てようとしているから、女性が激怒しているところとか。
「お、落ち着け。あの子も、お前も、どっちも大切だから」
宥めるように言い聞かせる男性。二股男の常套句……とはちょっと違うかも。そこは、君の方が大切だよ、になるんじゃないのかよ。優柔不断だな。
「ラナさん、行きましょう」
つい立ち聞きしてしまったけど、俺たちとは無関係の人たちだ。巻き込まれても面倒だし、ここはスルーして仕立て屋さんに向かおう。
ラナさんを促す俺だけど、ラナさんはなぜか茫然とした顔で立ち尽くしていた。
「ロ、ロイ……?」
小さな呟きだったのに、不思議と言い争う若い男女にも聞こえたみたいだ。二人とも、こっちを振り向いた。
「え……ラナ?」
男性が驚いた声で、ラナさんの名前を呼ぶ。
……あれ? ラナさん、この男性と知り合いなのか?
きょとんとしていると、ラナさんの可愛らしい顔が般若のように変わり、つかつかと男性の前へと歩み寄って――。
「この浮気者! 最低っ!」
ぱあんっ、と平手打ちする乾いた音がその場に炸裂。もちろん、ラナさんが平手打ちしたのは、ロイと呼んでいた男性の方だ。
ええと……これってまさか。――修羅場ってやつ?
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