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第9話 義兄の『運命の番』になってしまった件9
しおりを挟む知らぬ間に、ユージスが帰ってきていた。室内にユージスがいるのに、扉をノックすることなく入室してしまった俺は、慌てて詫びた。
「ご、ごめん。帰ってきてたのか」
「……ああ」
俺を凝視するユージスから、なんだか緊張感のようなものを感じる。
ん? なんだ? こいつが俺に対してこんな反応をするなんて珍しい。それこそ、初対面の時くらいだったんじゃないか?
俺に何か言いたいことでもあるのかと言葉の続きを待つと、ユージスは目線をそのままに赤い薔薇の花束を指差した。
「フィルリート。こ、この花束……」
「あ! それ、俺が置き忘れたやつ!」
そう。屋敷中のお花たちの水やりを終えてから、その花束を探し回っていたんだよ。持ち歩きながら水やりをしていたら、気付いた時には置き忘れていたみたいで。
そうか、ユージスの自室に置き忘れていたのか。
見つけてほっとする俺とは正反対に、ユージスはなぜかぽかんとしていた。
「……は? 置き忘れていた?」
「うん。オルヴァさん……庭師さんに渡そうと思って、作った花束なんだ。邪魔だよな。ごめん、ごめん」
花束を受け取ろうと、俺はユージスに近付いた。
「よかった。ここにあっ……」
ここにあったのか。そう言おうとして、言い終わる前にユージスに手首を掴まれた。ぐいっと引っ張られたかと思うと、体が反転してクローゼットに押しやられる。
――どんっ。
顔の横に突き出されたのは、ユージスのもう片方の手。ええと、つまり……壁ドンならぬクローゼットドン状態だと、数拍遅れて気付く。
な、なんだ? もしかしてそんなに邪魔だったのか? それで怒ってる!?
やっぱり内心あわあわするしかない俺の目から、顔を伏せているユージスの表情はよく見えない。さらに感情を押し殺した声で呟いた。
「お前なんて嫌いだ」
俺は困惑するしかない。急にどうしたんだ。お前が俺のことを嫌っていること、言われなくても知ってるよ。
「そ、そっか。それは悪かったな、義兄う……」
「それなのに、あの日からお前のことが頭から離れない」
あの日っていつのことだ――と聞き返すより先に、俺の唇を何か柔らかいものが塞いだ。すぐには頭が上手く回らなかったけど……え? これ、ユージスの唇じゃないか?
――もしかしなくても、キスされてる!?
咄嗟に突き飛ばすなんてこともできずに、ただされるままでいると、やがてユージスからそっと口を離した。相変わらず顔を伏せたままだから、表情はよく分からない。
「……あなたのことを誰にも渡す気はない。庭師のことは諦めてくれ」
「え? 諦める?」
一体なんの話をしているんだ、こいつ。
きょとんとするしかない俺に、ユージスは続けた。
「庭師に告白するつもりだったんだろう。赤い薔薇の花言葉は、『あなたを愛す』だからな」
おお、花言葉を知っているんだ。意外だ。
だけど、まだまだ知識が浅いな。
「おい、待てよ。よく数えてみろ。薔薇の本数を」
「本数?」
「そうだ。十三本あるだろ? そうなると花言葉は、――『永遠の友情』になるんだ」
だから総合的な花言葉としては、『友人として大切に思っている』ってところだ。オルヴァさん……あの庭師に恋心なんてないっつーの。何を勘違いしているんだ、こいつ。
やっと顔を上げたユージスの目は、大きく見開かれていた。
「ゆ、友情? 恋心ではなく?」
「あの人は、ただのガーデニング仲間だよ。前に言っただろ、俺はあんた以外には手を触れさせないって」
ユージスとの間に子どもを授かれるって分かっているのに、なんでわざわざ不確定要素しかない庭師に告白するんだ。
真っ直ぐ見上げて言うと、なぜかユージスの頬に朱が差し込んだ。
「…っ、そ、そうか。それならいいんだ」
俺の顏の横にあった手が引っ込んで、クローゼットドンから解放。ふぅ、よく分からないけど、誤解は解けたみたいだ。
っていうか、勘違いしたからってなんでキス? まさか、キスで俺の心を引き止めようとしたのか? 跡継ぎがほしいあまりに。
強引なキスっていうのは『イケメンに限る』ってやつだろ。俺の中のお前は、イケメンにカテゴライズされてないんだけど?
まぁ……俺のファーストキスがー、なんて初々しい抗議をするつもりはないけども。
「こっちの手も離してくれよ」
「あ、ああ。悪い」
手首を掴んでいた手からも解放されて、ようやく自由の身になる俺。窓辺に置き忘れた花束をひょいと腕に抱え、そそくさと部屋をあとにする。
「じゃ、またあとで。義兄上」
「……だからその呼び方は」
続きの言葉を聞かず、俺は扉を閉めた。
さて。オルヴァさんに花束を渡しに行こう。そろそろ出勤してきた頃だろうから。
ちなみになんでわざわざ花束を作ったのかっていうと、今日はオルヴァさんの誕生日だからだ。それ以上でもそれ以下でもない、っていう。
◆
フィルリートが立ち去った後、ユージスは片手で顔半分を覆った。
――勘違いだった。
――色々と勘違いだった。
でも。
『前に言っただろ、俺はあんた以外には手を触れさせないって』
ユージスを真っ直ぐ見つめる力強い瞳。それは吸い込まれそうなほど、綺麗な色で。
「はあ……最近の俺は、どうかしているな」
大きくため息をつきながら、寝台に腰かける。
衝動のままにキスをしてしまった。それもファーストキスなのに。フィルリートの方は、あのけろりとした様子だ。気にも留めていなさそうだが。
どうしてあんなことを――と考えた時、自分でフィルリートに言った言葉を思い出した。
『ゆ、友情? 恋心ではなく?』
ユージスは、はっとした。まさか。
「惚れているっていうのか……? 俺が、あいつに」
◆
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