7 / 31
第7話 義兄の『運命の番』になってしまった件7
しおりを挟む◆
「あ! ミリマさん!」
書斎を出たミリマが階段で遭遇したのは、息を切らしたメイドだ。メイドは腕に小袋を抱えていて、ミリマを前にすると一礼した。
「長く外出していて申し訳ありませんでした。フィルリート様の抑制剤を買いに出かけていたのですが、運悪く街になく……隣街まで買いに出ておりました」
「ああ、そうなんだ。ご苦労様」
ねぎらうと、メイドは「いえ」と恐縮そうな顔だ。その手には湿布が貼られている。つい先日、火傷を負ったメイドなのだとミリマはようやく思い出した。
「じゃあ、これからフィルリート様にお薬を届けに行くところ?」
「はい」
「そう。じゃあ、これもついでに一緒に渡してきてくれる?」
ミリマがポケットから取り出したのは、数十錠ある抑制剤だ。オメガであるミリマも常備してあるのは不思議ではない。しかし、数が数だけにメイドは内心首を傾げた。
「もしや、ミリマさんも抑制剤を買いに行かれていたのですか?」
「うん。フィルリート様の薬棚に何もないことに気付いて、個人的なツテで手に入れていたんだけど、その前にフィルリート様にヒートがきちゃって、旦那様と……まあ、そういう流れになったみたいだから。渡しづらくて」
苦笑いで言うミリマに、メイドはあっさりと納得した。
「そうでしたか。では、ご一緒に届けて参ります」
ミリマが差し出した抑制剤の束を受け取って、メイドはフィルリートの自室へいそいそと向かう。
その背中を、ミリマは感情の見えない目でじっと見送っていた。
◆
翌朝、目を覚ますと、テーブルに書き置きがあった。可愛らしい字で、『抑制剤を買って参りました。お待たせしてしまい、申し訳ありません』と書かれてあったから、例のメイドさんが寝ている俺に気を遣って書き置きしたものだろう。
実際、薬棚には抑制剤がたくさん補充されていた。間に合わなかったのは残念だけど、まあ過ぎたことは仕方ない。
「さてと。お花に水やりをするか」
シワになっている衣服を手で直しつつ、俺は自室を出た。まだ朝早すぎて、メイドさんたちは屋敷内を見渡す限り誰もいない。もしかしたら、厨房では朝食を作ってくれているのかもしれないけど。
屋敷を出ると、まだひんやりとした風が頬を撫でる。でも、新鮮な空気が気持ちいい。そしてその晴れ渡った空の下に並ぶ、プランターで咲き誇るカレンデュラたち。
そろそろ、次のお花の種を蒔く頃かな。次はなんの種を蒔こう。この時期だと……薔薇がいいかな?
考えつつ、水やりをしていた時だ。屋敷の扉が開いたかと思うと、中から出てきたのはユージスとミリマさんだった。
おや。こんな朝早くから二人でお出かけか? あれ、でも結構な荷物があるから……もしかして、遠出?
つい見つめてしまった俺の視線に気付いたんだろう。ユージスはこっちを向き、足早に近付いてきた。うげっ、早速顔を合わせる事態になってしまった。
「よ、よお、義兄上」
片手を上げ、努めて笑顔を作る。我ながら、謎のキャラだ。ユージスは「だからその呼び方はやめろ」と言うだけだったけども。
「今日から一ヶ月ほど、領地の視察へ行く。屋敷のことは任せた」
「え、あ、そうなのか。それはお気を付けて」
俺が水やりに出ていなかったら、何も言わずに出て行っていたわけか。相変わらず、嫌われているなぁ、俺。別に好感度を上げようと努力しているわけじゃないから、当然だけど。
ふと、ユージスの目と目が合う。
「フィルリート。体調を崩さぬように」
「へ?」
思ってもみないことを言われて、俺は目を点にするしかない。え、なんだよ。急に優しくなってどうした。頭でも打ったのか?
今度は俺が不気味そうな目でユージスを見上げると、ユージスははっとした顔をして付け加えた。
「帰ってくる頃、発情期だろう。その時に風邪で寝込まれていては、チャンスを逃す」
「あ、ああ、そういうことか」
そういう意味だったのか。なるほど、どうりで。そうじゃなきゃ、こいつがそんな優しい言葉を投げかけてくるわけがないよな。
って、別にこいつが冷酷ってわけじゃないだろう。非は、前人格の俺にあるだろうから。今の俺も俺で、特にその印象を覆そうと頑張っているわけでもないし。
「それからもし、先に発情期がきた場合だが。きちんと抑制剤を常備しておけ。誰彼構わず発情されては困る」
ああ、そうだよな。自分以外の子どもを孕まれたら、そりゃあ困るか。
俺だってもうあんな目に遭いたくないから、素直に頷いた。
「分かってるよ。あんた以外に手は触れさせないよ」
子どもを授かれるのなら相手は別にユージスじゃなくてもいいんだけど、確実に子どもを授かれると分かっているユージスと性行為した方が効率的だ。
よって深い意味はなかったんだけど、なぜかユージスは虚を突かれたあと、何とも形容し難い表情を浮かべた。戸惑いの中に嬉しさもあるような、そんな不可思議な色だ。
「当たり前だ。あなたに触れていいのは俺だけだ」
ではなと、どことなく機嫌よく立ち去っていくユージス。変な奴だな。夫夫なんだから基本的にそうなるんだろうけど、いちいち言葉にすることか?
よく分からないながらも、俺はあっさりとユージスから視線を外して、水やりを再開。見送ることなんてろくにしなかった。
1,185
お気に入りに追加
1,613
あなたにおすすめの小説
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました
和泉臨音
BL
落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。
大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。
このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。
ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。
転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。
元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!
こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる