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第3話 義兄の『運命の番』になってしまった件3
しおりを挟むそれから数ヶ月過ぎ――春がきたザエノス侯爵領。
カレンデュラのお花、綺麗に咲きました。
屋敷の前に並ぶプランターに咲き誇る暖色系のお花たち。俺はうっとりとして眺めた。やっぱりお花っていい。癒されるわー。
ちょっとお花を摘んで、ドライハーブを作ろうかな。それでハーブティーにして飲むんだ。
春の麗らかな日差しの下、俺はせっせとカレンデュラのお花を摘む。それらの花弁をちぎって水で洗ってから、自然乾燥させてドライカレンデュラの出来上がり。この異世界じゃ、フードドライヤーがないから時間がかかるけど、でも作っておくと便利なんだ。
数日かけて完成させ、いざハーブティーを!
と、意気込んで厨房に顔を出すのとほぼ同時に、メイドさんの小さな悲鳴と陶器が派手に割れる音が響き渡った。
「あつ、い…っ……!」
顔をしかめて手を押さえているメイドさん。その足元には、粉々に割れたティーポットと、熱々の紅茶が散乱している。
え、もしかして火傷したのか!?
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて俺が駆け寄ると、メイドさんは恐縮した顔で一礼した。って、そんな丁寧な挨拶をしている場合かよ! 早く冷やさないと!
俺はメイドさんの手を引き、すぐさま真っ赤になっている患部を流水に当てた。でもかなりの高温だったらしくて、なかなか赤みが引かない。軽度だと思うけど、完全に火傷だ。
「も、申し訳ありません……お手を煩わせてしまって」
ひたすら、恐縮という二文字の様子。気を遣わせてしまってちょっと申し訳ない。まぁ、俺は一応この屋敷の主人の夫であるわけだから、そりゃあ緊張するのか。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。取って食ったりしませんから」
少しでも緊張がほぐれるように笑いかけたけど、メイドさんの顏は強張ったまま。あ、よくよく考えたら、俺に対して緊張しているだけじゃないのかも。ティーポットを割ってしまったことにも罪悪感を抱いているのかもしれない。
そっちは俺の領分じゃないからなんとも言えないけど、それで怒ってクビにするような主人じゃないだろう、ユージスは。ほとんど関わりがないから、断言はできないけど。
「――紅茶、まだ?」
ひょいと厨房に顔を覗かせたのは……あ。ユージスの執事さん。
名前は、ええとミリマさんだっけ。すっごく美人な顔立ちのオメガなんだけど、よそに嫁がずに献身的にユージスを支えてくれている人だ。
「と、これはフィルリート様。こんなところでどうされました」
不思議そうに首を傾けるミリマさん。まぁ、そうだよな。屋敷の夫人が遊びにくるような場所じゃない。普通ならただメイドさんにドライハーブを渡して、ハーブティーを淹れるよう頼めば済む話だ。それを自分で淹れようと考える俺が変なんだ。
俺は曖昧に笑った。
「ちょっと、自分でハーブティーを淹れてみようと思って足を運びました。ですが、彼女が火傷をしてしまったようで……」
説明すると、ミリマさんは眉をハの字にした。
「そうだったんですか。君、大丈夫?」
声をかけられたメイドさんは、「は、はい」と頷くけど……でも、痛そうだ。悪化する前に手当てしてあげないと。
一方のミリマさんは、おそらくだけどユージスからの要望を叶えることを優先させた。余っていたお湯で手早く紅茶を淹れ直し、紅茶を運んでいく。
「失礼します、フィルリート様。君もお大事にね」
優しくいたわることは忘れず、ミリマさんはきびきびと厨房をあとにした。いかにも仕事ができるっていう雰囲気だな。それに思いやりもあって好感度高い。
って、それよりも。メイドさんの火傷の手当てだよ。
俺は、まだ余っていたお湯を使って濃い目のハーブティーを桶に淹れた。冷ましたそれに布を浸して絞り、ハーブの冷湿布としてメイドさんの患部に押し当てる。
「このまま押し当てていて下さい。念のため、街医者様に診てもらった方がいいですよ」
「ですが、まだ後始末が……」
「無理は禁物です。無理をしたら、逆に周りに迷惑をかけることもあるんですよ。後始末でしたら、わた……いえ、他の者にやらせますから」
「……はい。ありがとうございます」
メイドさんは冷湿布を患部に押し当てたまま、一礼して厨房を出ていった。メイド長に報告して、診療所を受診するんだろう。何事もなければいいけど。
……さて。
「片付けるか」
床に散乱している紅茶やティーポットの破片たちを、片付け始める。この程度の作業、俺一人で十分だ。他に作業をしているメイドさんたちの手を煩わせるまでもない。
後始末をしたら、ハーブティーを飲むぞ。
そうしてさっさと後片付けを済ませ、ハーブティーを淹れた俺は、厨房を出る際にメイド長と鉢合わせた。あのメイドさんから話を聞いて後始末をしにやってきたと思われる。
だけど、俺が片付けたからもう何も残っていない。そのことに、メイド長は不思議そうな顔をしていた。
「あの、フィルリート様。もしや、誰かメイドがここに駆けつけましたか?」
「はい。綺麗に片付けてくれましたよ。名前も顔も覚えていませんが」
存在しない『メイドさん』に手柄を譲り、俺はハーブティーを持っていそいそと二階の自室に向かって階段を上がる。
「あ」
今度はユージスと顔を合わせることになった。
俺は声をかけようか迷って立ち止まったけど、ユージスは俺を一瞥しただけで歩を止めることなく通り過ぎていく。やれやれ、俺って本当に嫌われているよなぁ。仕方ないけど。
「おい」
俺も歩き出そうとしたら、ユージスに呼び止められて振り返る。なんなんだよ。無視して通り過ぎたんじゃなかったのか?
「なんだよ」
「紅茶の次は、ハーブティーか? 飲み過ぎは、妊娠率を下げかねない」
要するにさっさと妊娠してもらいたいんだから、妨げになるような行為はやめろと。
こっちも早く子どもを授かりたいわけだからごもっともな言葉だけど、紅茶の後始末をしただけで飲んでいないから。
っていうか、服の袖に付着した紅茶の匂いに気付くとか、お前は犬かよ。
「紅茶を飲んでいたのはあんただろ。俺は飲んでいない」
素っ気なく返し、さっさと階段を上がった。
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