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第1話 義兄の『運命の番』になってしまった件1
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「すまない。君とは結婚できない。俺は……子どもが欲しいから」
申し訳なさそうな顔をしつつも、正直で残酷な別れ理由を口にする恋人。学生時代からの付き合いなのに……子を産めない欠陥オメガだと分かった途端に、別れ話かよ。
俺こと椿山香介は、拳をきつく握りしめ――
「お前なんて俺の方から願い下げだ!」
――思いっきり、『元恋人』の頬を引っ叩いてやった。
その弾みでよろめいた『元恋人』は、頭部を電柱にぶつけてずるずると崩れ落ちる。痛みに呻き声を上げる『元恋人』のことなんてもう視界に入れず、俺はさっさと踵を返した。
はぁ。時間を無駄にするっていうのはこういうことかな。十年も交際して、その末路がこれか。長すぎた春ってやつ?
街灯が照らす夜道を一人歩く。凍てつく冬風に涙を滲ませながら、帰路につく。
『ずっと一緒にいような、香介』
嘘つき。
嘘つき。
守れもしない約束なんて、初めからするな。
『愛してる』
子どもを産めるはずだったオメガの俺を、だろ?
◇
そこで、俺ははっと我に返った。
目の前にあるのは、俺を睥睨する美しい青年の顔だ。
「聞いているのか、フィルリート・ザエノス」
金髪碧眼。明らかに日本人じゃない。そして、周りの風景も日本のそれとは違う。青年の背後には、煌びやかな宮殿が見えるし。
それでここは……宮殿の中庭か?
「私の『運命の番』だからとわがまま放題の振る舞い。いい加減もう目に余る。何より許しがたいのは、私が真に愛するシサラに対する数々の嫌がらせ行為だ。貴殿が『運命の番』でなくなった以上、――貴殿との婚約は破棄させてもらう」
一方的に言い放ち、青年は中庭から立ち去っていった。
一人ぽつんと残された俺は、なんともなしに空を見上げる。無数の星が輝く綺麗な夜空だ。……『元恋人』に別れを告げられた日のことを思い出すな。
まだちょっと理解が追いついていないけど……今、また俺は別れ話をされたのか。多分、今度は婚約者だった相手から。
はは……二人続けて振られたのかよ、俺。悲しみよりも、乾いた笑いが漏れ出てしまう。俺って、とことん結婚とは縁遠い男なのかも。
とりあえず、このまま突っ立っていても仕方ない。ひとまず、歩き出した。頭の整理をしながら、中庭を出る。すると、脳が少しずつ状況を思い出して現実を理解し始めた。
まず、俺は『元恋人』に振られた日に運悪く交通事故で死んだっぽい。それでこの西洋風異世界に転生したんだ。フィルリートというザエノス侯爵家の令息として。
さっき、俺に婚約破棄を告げた相手は、王太子セトレイだ。フィルリートは、セトレイ殿下の『運命の番』としてずっと婚約者だったんだけど、傲慢でわがまま放題な振る舞いに対する罰が当たったのかな。『運命の番』でなくなってしまった。だから、セトレイ殿下も遠慮なく俺との婚約を破談にしてきたというわけ。
――『運命の番』。
この異世界で、主に権力者の跡継ぎを確実に孕めるオメガのことだ。権力者になら必ずしも存在するというわけじゃないけど、存在するとしたら一人だけ。でもそれも今の俺のように立場が消滅することもあるらしい。
あーあ、おとなしくしていたらせっかく王太子婿になれたものを。何をしているんだ、前人格の俺。前世でよく聞いていた悪役令息ってやつだったのか?
もう他の誰かの『運命の番』になれるってことはないだろうなぁ。世の中はそう甘くはできていない。今世の俺も、誰とも結婚できないまま死にそうだ。
目の前の門扉を、押し開く。すると――うわっ、眩しい。向こう側の天井につるされた豪華絢爛なシャンデリアの輝きが、視界を白く染める。
目がチカチカとしてよろめく俺を、誰かの腕が力強く支えた。
「大丈夫か」
「あ、は、はい」
咄嗟に敬語で返すと、頭上にある端正な顔立ちが怪訝そうに歪んだ。ん? もしかして俺より格下の貴族とかそういう相手? いやでも、それなら俺に敬語を使うはずだよな?
じっと目を凝らして男性の顔を見上げると、鋭い金茶の瞳と目が合う。
瞬間。
「!」
俺の全身に電流が走るような衝撃が起こった。誰に何を言われなくても、すぐに理解できたよ。――俺とこの男性との関係性を。
多分、俺はぽかんとしていたと思う。そしてそれは相手の男性も同じ。いや、こっちは信じられないし、信じたくないっていう感じの雰囲気かも。
「あなたが……俺の『運命の番』?」
驚愕の声音で言う男性の顏……あ、よく見たら見覚えがある。それもそのはずだ。
ユージス・ザエノス。二十三歳。
――フィルリートの義兄にして、現ザエノス侯爵だ。
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