嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
1 / 31

第1話 義兄の『運命の番』になってしまった件1

しおりを挟む


    ◇


「すまない。君とは結婚できない。俺は……子どもが欲しいから」

 申し訳なさそうな顔をしつつも、正直で残酷な別れ理由を口にする恋人。学生時代からの付き合いなのに……子を産めない欠陥オメガだと分かった途端に、別れ話かよ。
 俺こと椿山香介は、拳をきつく握りしめ――

「お前なんて俺の方から願い下げだ!」

 ――思いっきり、『元恋人』の頬を引っ叩いてやった。
 その弾みでよろめいた『元恋人』は、頭部を電柱にぶつけてずるずると崩れ落ちる。痛みに呻き声を上げる『元恋人』のことなんてもう視界に入れず、俺はさっさと踵を返した。
 はぁ。時間を無駄にするっていうのはこういうことかな。十年も交際して、その末路がこれか。長すぎた春ってやつ?
 街灯が照らす夜道を一人歩く。凍てつく冬風に涙を滲ませながら、帰路につく。

『ずっと一緒にいような、香介』

 嘘つき。
 嘘つき。
 守れもしない約束なんて、初めからするな。

『愛してる』

 子どもを産めるはずだったオメガの俺を、だろ?


     ◇


 そこで、俺ははっと我に返った。
 目の前にあるのは、俺を睥睨する美しい青年の顔だ。

「聞いているのか、フィルリート・ザエノス」

 金髪碧眼。明らかに日本人じゃない。そして、周りの風景も日本のそれとは違う。青年の背後には、煌びやかな宮殿が見えるし。
 それでここは……宮殿の中庭か?

「私の『運命の番』だからとわがまま放題の振る舞い。いい加減もう目に余る。何より許しがたいのは、私が真に愛するシサラに対する数々の嫌がらせ行為だ。貴殿が『運命の番』でなくなった以上、――貴殿との婚約は破棄させてもらう」

 一方的に言い放ち、青年は中庭から立ち去っていった。
 一人ぽつんと残された俺は、なんともなしに空を見上げる。無数の星が輝く綺麗な夜空だ。……『元恋人』に別れを告げられた日のことを思い出すな。
 まだちょっと理解が追いついていないけど……今、また俺は別れ話をされたのか。多分、今度は婚約者だった相手から。
 はは……二人続けて振られたのかよ、俺。悲しみよりも、乾いた笑いが漏れ出てしまう。俺って、とことん結婚とは縁遠い男なのかも。
 とりあえず、このまま突っ立っていても仕方ない。ひとまず、歩き出した。頭の整理をしながら、中庭を出る。すると、脳が少しずつ状況を思い出して現実を理解し始めた。
 まず、俺は『元恋人』に振られた日に運悪く交通事故で死んだっぽい。それでこの西洋風異世界に転生したんだ。フィルリートというザエノス侯爵家の令息として。
 さっき、俺に婚約破棄を告げた相手は、王太子セトレイだ。フィルリートは、セトレイ殿下の『運命の番』としてずっと婚約者だったんだけど、傲慢でわがまま放題な振る舞いに対する罰が当たったのかな。『運命の番』でなくなってしまった。だから、セトレイ殿下も遠慮なく俺との婚約を破談にしてきたというわけ。
 ――『運命の番』。
 この異世界で、主に権力者の跡継ぎを確実に孕めるオメガのことだ。権力者になら必ずしも存在するというわけじゃないけど、存在するとしたら一人だけ。でもそれも今の俺のように立場が消滅することもあるらしい。
 あーあ、おとなしくしていたらせっかく王太子婿になれたものを。何をしているんだ、前人格の俺。前世でよく聞いていた悪役令息ってやつだったのか?
 もう他の誰かの『運命の番』になれるってことはないだろうなぁ。世の中はそう甘くはできていない。今世の俺も、誰とも結婚できないまま死にそうだ。
 目の前の門扉を、押し開く。すると――うわっ、眩しい。向こう側の天井につるされた豪華絢爛なシャンデリアの輝きが、視界を白く染める。
 目がチカチカとしてよろめく俺を、誰かの腕が力強く支えた。

「大丈夫か」
「あ、は、はい」

 咄嗟に敬語で返すと、頭上にある端正な顔立ちが怪訝そうに歪んだ。ん? もしかして俺より格下の貴族とかそういう相手? いやでも、それなら俺に敬語を使うはずだよな?
 じっと目を凝らして男性の顔を見上げると、鋭い金茶の瞳と目が合う。
 瞬間。

「!」

 俺の全身に電流が走るような衝撃が起こった。誰に何を言われなくても、すぐに理解できたよ。――俺とこの男性との関係性を。
 多分、俺はぽかんとしていたと思う。そしてそれは相手の男性も同じ。いや、こっちは信じられないし、信じたくないっていう感じの雰囲気かも。

「あなたが……俺の『運命の番』?」

 驚愕の声音で言う男性の顏……あ、よく見たら見覚えがある。それもそのはずだ。
 ユージス・ザエノス。二十三歳。
 ――フィルリートの義兄にして、現ザエノス侯爵だ。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました

和泉臨音
BL
 落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。  大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。  このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。  ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。   転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。  元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。  

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

処理中です...