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七欲悪魔編
第25話 異空間2
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エリューゲンを先に進ませた後、ユヴァルーシュはすぐにきた道を引き返した。急いで向かうのは、もちろん途中で座り込んでいたリュイのところだ。おそらく、強い魔法を使ったために動けなくなっているのだろうと思う。
「リュイ!」
階段にぐったりと横たわりつつあるリュイの体を、ユヴァルーシュは抱き起こす。今にも眠りにつきそうでいたリュイだったか、かろうじて意識があった。
「ユヴァ、ルーシュ……どうしてここに」
「儀式に必要なものを送り届けにきた。大丈夫、リュイたちは元の世界に戻れるよ」
――『リュイたち』は。
奇妙な言い回しに、リュイは朦朧とした意識ながら怪訝に思う。それではまるで、ユヴァルーシュ本人は戻れないみたいではないか。
「何を言っているんですか。戻れるのなら、あなたも一緒に……」
言いかけた時だ。リュイを抱きかかえるユヴァルーシュの体を、青白い炎のようなものが包み込んだ。触れていても熱くはないが、何が起きているのかリュイには分からない。
「始まったか」
ユヴァルーシュが幽玄の祭壇を見やりながら、ぽつりと呟く。
始まった。幽玄の祭壇で始まることといったらくだんの儀式、だろう。それも儀式に必要なものが届いたのであれば、行われるのは封印ではなく退魔の儀式。
そこまではリュイにも理解できるが、それ以上は思考が進まない。ユヴァルーシュの体を包む炎に困惑していると、リュイに視線を戻したユヴァルーシュが優しげに笑む。
「リュイ。さいごに推理クイズ」
「え?」
こんな時になぜ推理クイズ。
戸惑うリュイに構わず、ユヴァルーシュは続けた。
「始統王の邪の魂が異空間にあるのなら、善の魂はどこにあるでしょうか」
「えっと、どこと言われましても……」
「ヒント。始統王は未来予知の魔法で、遠い未来で自分が暴君に転生していることを知ったから、それを阻止しようと魂を分断しました」
「それは私も聞きましたが……」
「じゃあ、暴君になるはずだった始統王の転生体は、どこのだーれだ」
そんなの分からない、といつものリュイならば答えていたはずだ。だが、今この場でそんな推理クイズを出す理由、そして儀式の開始とともにユヴァルーシュの体を包み込む謎の青白い炎、それらは――ある一つの可能性を指し示している。
不思議と今のリュイには、正しく推理できた。できてしまった。
「……ユヴァルーシュのこと、ですか?」
こわごわと口にすると、ユヴァルーシュは柔らかく笑んだ。
「正解」
ならば、ユヴァルーシュの体を包み込むこの謎の炎は――魂を消滅させる送り火なのか。つまりは、退魔の儀式とは邪の魂だけでなく、善の魂をも消滅させる儀式だったということ。
「一見、魂を分断できていても、根っこは繋がっていたってことだね。あーあ、そうでないことを祈っていたんだけどな」
努めて明るく笑うユヴァルーシュ。その頬に、リュイは必死に手を伸ばした。
「ユヴァ……待って下さい。私はまだあなたと」
「最初から自分の魂を丸ごと封印して転生できなくすればよかったのに。でもまぁ、それは結果論ってやつか。それにだからこそ、――俺はリュイと出逢えた」
ユヴァルーシュの手が、リュイが伸ばした手を握りしめる。大きな手の温もりが、少しずつ消えていく。その手の形が薄れていく。
「ごめん、リュイ。俺には、他にいい男がいたら結婚していい、なんてカッコイイことは言えそうにない。浮気なんて許せない。もし、浮気したら相手の男を地獄から呪い殺す」
「わ、私にはあなただけです! だから…っ……」
――逝くな。
――置いていくな。
「今までありがとう」
ユヴァルーシュの唇が、そっとリュイのそれを塞ぐ。
触れるだけのキス。今生の別れを告げる、最期のキス。それは――泣きたくなるくらいに優しく、甘いものだった。
◆◆◆
七欲悪魔たちの力が、香水の香りに宿る。
その香りは密閉されていた異空間中に広がり、大部分の魂はもちろん、飛び散っていた魂の粒子までをも消滅させた。
千年の時を超え、とうとう成功した儀式。
儀式が終わった頃には星空のようだった景色の世界が消え、晴れ渡った青空の下に俺たちはいた。戻ってきた場所は、『ミューリッヒの花畑』だ。
俺と、アウグネストと、ハノス。
異空間で最後にいた場所の関係かな。リュイさんとユヴァルーシュは近くにいなかった。でも、あの二人なら自分たちで王都に戻れるはずだ。
俺は、ほっと息をついた。
「戻ってこられたんだよな……?」
「ああ。そのようだ」
俺の隣にアウグネストが優しい笑みを浮かべて並び立つ。
「迎えにきてくれてありがとう、エリューゲン。――王都へ帰ろう」
「うん…っ……」
俺は泣き笑いの表情を浮かべ、アウグネストと手を繋ぐ。そして、ワイバーン形態に変身したハノスの背中に一緒に乗り込んだ。
その際――ポケットから、香水を入れていた『二つ』の小瓶が地面に滑り落ちた。
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