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七欲悪魔編
第23話 謎解き3
しおりを挟む「……ここにあるんですね?」
「えっと、はい」
ユヴァルーシュは、俺の手にある『薄い本』に手をかざした。虚空に小さな魔法陣が浮かんだかと思うと――一番に大きな声を上げたのは、年若い学者様だ。
「え!? どこから出てきたんですか、その本!」
と、驚愕の表情をしている。あ、あれ? もしかして、さっきまで俺以外には見えていなかった……のか? なんで?
戸惑う俺から、ユヴァルーシュは『薄い本』を取り上げて、年若い学者様に放り投げた。
「おい。一時間以内に解読して、俺たちに内容をまとめて教えろ」
「は、はいっ! 急いで取りかかります!」
慌てた様子で文机の席に着き、『薄い本』を開く年若い学者様。どうやら、あの本が儀式に欠けていたものに関する資料みたいだけど……一体どういうこと?
「ユヴァルーシュさん。あの、どういうことなんでしょう」
ユヴァルーシュが俺に協力してほしいって言っていたのは、もしかしてこうしてみんなには見えない本を、俺なら見つけられるって分かっていたからなのか? だとしたら、どうしてそう考えたのか。ちんぷんかんぷんだ。
説明を求めて見上げると、ユヴァルーシュは簡潔に答えた。
「あの本は、おそらく始統王の邪の魂とやらが魔法で隠匿していたんですよ」
「そ、そんなことができるんですか? 魂の状態でしょう」
「魔力というのは魂に依存すると言われています。高度な魔法でも使用できるかと。魂の状態のままで魔法を使用したのか、あるいはこっそり誰かに憑依して魔法を使ったのかまでは、分かりませんが」
むむ……そういえば、すでに現世に干渉しているかもしれない、という話をアウグネストも言っていたっけ。
「では、それを私なら見つけられると考えて、ここまで連れてきたんですか?」
「ええ。魔力の持たないエリューゲン殿下のお目なら、魔法の影響を受けないかもしれないと考えまして」
「じゃあなんで、本が隠匿されていると考えたんです」
「九割がた直感です。ただ、理論的に考えて……先人たちが儀式に欠けていたものについて書き記していたとしたら、普通は一冊にまとめて書き残すはずでしょう。それをわざわざ分けて書き残したのだとしたら、なぜなのか。突き詰めて考えていけば、本を隠匿する魔法を使われることを想定して、別々に書き記したのだという考えに行き着きます」
なるほど、と思う。一冊にまとめてしまうと、その本を隠匿されたら、儀式自体の知識すら解き明かせなくなるわけだ。その事態を避けるために別々に書き残したと。
でも。
「それなら何冊も複製してしまえばよかったのでは? それにどうして儀式自体の手がかりの本は隠匿しなかったんですか」
「これは憶測にすぎませんが……隠匿の魔法は消費魔力が多すぎて一度しか使えなかったのかもしれません。同じ内容の本なら他にもあると思いますよ。かなり高度な魔法の使い方になりますが、同一内容の本を一度の魔法でまとめて隠匿していたのでしょう」
俺は小さく唸った。感心の声だ。ううむ……よく頭が回るな、こいつ。ガーネリア後宮で俺から事情を聞いてすぐ、ここまで思考が進んでいたのか。
そういえば、リュイさんとユヴァルーシュの連絡がずっとつかなかったのって……まさか、俺たちに隠匿した本を見破られると推測した始統王の邪の魂が、わざと二人の通信を妨害していたからなんじゃ。
という、ふと思い浮かんだ俺の考えを、ユヴァルーシュも肯定した。
「おそらくそうでしょうね。先ほど、本の棚を見つけ出した私の視覚の魔法は、おそらく現在の魔族では私しか使い手がいないでしょうから」
おそらくとか、憶測にすぎないとか、前置きして説明しているけど。なんとなくその通りなんじゃないかって思う。だって、点と点が結ばれていくように話の辻褄が合っている。
同時に嫌な予感もする。リュイさんとユヴァルーシュの通信を妨害するのをやめて、こうして俺たちが謎を解き明かしている現状、それって……今から本を解読したとしても、アウグネストたちを救うのにもう手遅れだからなんじゃないかって。
そしてその予感は――大当たりだった。
「え!? 七煌花すべてが必要!?」
「は、はい」
一時間後。本を解読した学者様は、しょんぼりとした顔で説明した。
「各国にそれぞれある七色の七煌花すべての香りを調香し、退魔の香とする。それが前回の儀式に欠けていた、退魔の儀式に必要なものなのだそうです。で、ですが、今から各国に連絡をとってやりとりをしてどうにか確保したとしても、すでに発った陛下たちの儀式に間に合うとは到底思えません……」
「そ、そんな!」
せっかく、退魔の儀式に必要なものが分かったっていうのに!
く、くそっ。どうにかならないのか? ワイバーンに乗って採取して回るとか……いや、でもユヴァルーシュの錬成魔法を連続使用できたとしても、半日以上はかかる。どのみち、アウグネストたちが行う儀式に間に合わないだろう。
万事休す、か。
唇を噛みしめて立ち尽くすしかない俺の耳に――。
「問題ありません」
「……え?」
ユヴァルーシュの力強い声が響いて、俺は隣に立っているユヴァルーシュを見上げる。すると、ユヴァルーシュは勝ち誇ったような表情でもう一度告げた。
「問題ありません。今の私には各国に子分がおりますので。子分たちに七煌花を急いで摘んでもらい、それを私が魔法を通して受け取ります。二時間もあれば、十分です。……それからエリューゲン殿下に調香してもらい、祭壇へ駆けつければギリギリ間に合うはずです」
「「ほ、本当ですか!」」
俺と学者様の声が重なる。
各国にいるユヴァルーシュの子分たち。それってもしかして、謎の長旅をして見つけたひとたちなのかな。ユヴァルーシュの謎の長旅が思わぬところで役に立つわけだ。
なんだか――未来を予知していたみたいだ。
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