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七欲悪魔編

第21話 謎解き1

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 どんなにつらくても、朝はやってくる。
 アウグネストたちを見送った日の翌朝。俺はイシュハヴァルトの泣き声で目を覚ました。涙で濡れた枕から起き上がって、ベビーベッドに横たわる愛息子を抱き上げる。

「イシュハヴァルト。お腹が空いたのか」

 微笑みながら声をかけると、肯定するように泣き声が大きくなった。元気だな。早く厨房でミルクを作って、飲ませてあげないと。
 俺はイシュハヴァルトを抱っこしたまま、いそいそと自室を出た。
 これまで、代わりにミルクを作ってくれていたアウグネストはもういない。そしてアウグネストが用意したミルクを、光速で自室まで届けてくれていたリュイさんももういない。
 送り出して早くも、二人のいない現実が恋しく悲しい。
 アウグネストたちはもう封印の儀式に挑んでいるのかな。それとも、まだ幽玄の祭壇とやらに向かっている途中かな。異空間がどれだけの広さなのか分からないし、そもそも現世と時間の流れが違うかもしれないから、予想することも難しい。

「エリューゲン殿下! おはようございます。今すぐ、ミルクをご用意いたしますね」

 厨房に顔を出すと、交代制で待機している宮男たちが動いてくれた。俺も自分でミルクを作ってあげたい思いはあるけど、抱っこしてあやしていると両手が塞がって当然ながらできないんだよな。クラーケンみたいに触腕がたくさんあったら話は別なんだけど。
 というわけで、ミルクの用意をお願いすることにして、出来上がるのを待っている間、俺は体を揺らしてイシュハヴァルトを精一杯宥めていた。その時だ。

「お、お待ち下さいっ! たとえあなた様でも、勝手に入られては困ります!」

 おや。筆頭男官のフライルさんの声だ。え、誰かが紫晶宮に許可なく入ってきたのか?
 つい相手の顔を確認したくなったけど、不審者だったらイシュハヴァルトを連れて見に行くのは迂闊な行為だ。この子のことだけは、親としてしっかり守らないといけないんだ。俺だけなら、直接オークパンチをぶち込んで撃退するところだけども。
 ここは、フライルさんや他の宮男たちに対応を任せよう。
 と、冷静に判断を下したんだけど……侵入してきた『誰か』は、フライルさんたちを押しのけて、厨房までやってきてしまった。
 や、やばいっ。両手が塞がっているから、ここはオークキックをぶちかまして――

「エリューゲン殿下、今お時間よろしいですか!」
「ユ、ユヴァルーシュさん?」

 顔を覗かせた『誰か』とは、なんとユヴァルーシュだった。
 アウグネストとの新婚旅行以来だから、およそ一年ぶりの対面になる。といっても、お互いさほど変わっていない。変わったことといったら、俺が父親になったことくらいだろう。
 まぁ、それはともかく。ユヴァルーシュの奴、珍しく余裕がなさそうというか、焦っているような表情だな。もしかして、ようやくリュイさんと連絡をとったものの、一方的に別れでも告げられて、慌てて俺に事情を聞きにきた感じ?
 ……はあ。お前はもっと早くリュイさんに会いにきていればよかったものを。ユヴァルーシュなら三人に同行して、たとえ異空間に閉じ込められる形でもリュイさんと一緒にいられるルートがあっただろうに。

「お久しぶりですね。リュイさんを放置してまで忙しくしていた、謎の長旅はもう終わったんですか?」

 ちょっと嫌味を言ってやる。だって、リュイさんがどれだけこいつに会いたがっていたことを考えたらさ。言いたくもなるよ。
 ユヴァルーシュはぴくりと眉を動かしたけど、それだけだ。反論はしてこなかった。

「……お久しぶりです。そのリュイのことで何か事情をご存知であれば、私にも教えていただきたいのですが」
「機密情報ですが、守秘していただけるのなら構いませんよ。アウグネストから許可はもらっていますので」

 そう。もし、ユヴァルーシュが俺の下へ足を運んできて事情を知りたがったら、話してもいいってアウグネストから言われているんだ。ユヴァルーシュなら決して言い触らすことはしないだろうから、って。

「もちろん、守秘義務は守ります。私は、約束は守る男ですので」

 確かにそうだな。俺との賭けに負けた時も、本当に約束通り後宮を出て行ったし。その辺りは俺も信用できるかも。

「分かりました。では、事情をお話しますので、広間へ行きましょう」

 ぎゃんぎゃんと泣き喚く腕の中のイシュハヴァルトを宮男に預け、俺はユヴァルーシュとともに広間へ移動した。テーブルを挟んで向かい合うようにソファーに座り、一から経緯を説明する。ユヴァルーシュは黙って耳を傾け、俺が話し終わるまで口を挟むことはなく。

「――という事情です。ですから、アウグネストたちが戻ってくる確率は……低いかと」

 改めて自分で口にすると、現実を突きつけられるようで胸が痛い。他の七煌魔王の誰かが儀式に欠けていたものについて気付いた、という奇跡でも起こってほしいものだけど。
 ユヴァルーシュはしばし沈黙していた。多分、頭では理解できても感情がついていけないんだろうと思う。

「そうですか……お話して下さってありがとうございます、エリューゲン殿下」
「いえ。こちらこそ、夫に同行してくれたリュイさんには感謝しています」

 謝罪はしない。別に影剣だから当然のことだろうと思っているわけじゃなくて、謝罪されたところでユヴァルーシュは困るだけだろうと思ったからだ。
 恨むなら、恨んでくれ。それで気が済むわけではないだろうけど、それでも俺たちを憎むことで心を強く保てる面はあるだろう。
 と思ったけど、ユヴァルーシュは特に憎々しげな目を俺に向けることはなかった。すっ、とソファーから立ち上がる。

「お心遣いありがとうございます。――では、行きましょうか」
「え?」

 俺は目を点にするしかない。行きましょうかって、どこにだよ。だいたい、お前と一緒に出かけるなんて嫌だよ。
 そんな思いが顔に出ていたのかもしれない。ユヴァルーシュは淡々と続けた。

「今、私たちが抱いている思いはおおむね一緒でしょう。それを叶えるために、ご協力していただきたい。ですから、私についてきていただきたく」

 俺たちが抱いている思い。それはきっと、アウグネストたちに無事に帰ってきてほしいという思いのこと。
 そのために……俺にもできることがあるのか?

「……どこに、ですか」
「ダイリニア王国。図書の天塔です」

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