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七欲悪魔編
第20話 告白
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王都を旅立ち、ワイバーン形態のハノスに乗って『ミューリッヒの花畑』に到着したアウグネストたち。真夜中にくだんの門が出現するということで、三人は夕暮れの中、七煌緋花が咲き乱れる花畑でただ静かにその時がくるのを待っていた。
「……二人とも、すまないな」
謝罪の意を口にするのは、アウグネストだ。そっと目を伏せ、己の配下たちに声をかけた。
「ついてこなくていいとは言えない、無力な俺を許してくれ。お前たちの力が必要なんだ」
異空間で何が起こるか分からない以上、確実に幽玄の祭壇まで辿り着くためにはリュイたちの力が必要不可欠なのだ。魔導兵たちと戦闘しながら向かわねばならないのだとしたら、なおさら。
「辛気臭い顔をするのはやめて下さいよ、陛下」
ハノスが苦笑いで返す。手の平に拳をぶつける仕草をし、明るく笑った。
「必ずしも異空間に閉じ込められると決まったわけじゃない。少なくとも、俺は最期まで諦めるつもりはないです。それに陛下についていくのは、光剣として当然のことですよ」
「ええ、ハノスの言う通りですね」
リュイもまた、優しげな笑みを口元に浮かべる。
「私たちは最期まで陛下に付き従います。欠けていたものについて判明しておりませんが、封印の儀式だけは、絶対に失敗するわけにはいきませんし。守りたいもののために戦う、ということは私たちも一緒ですよ」
優しく頼もしい配下たちの言に、アウグネストはふっと笑った。
「……そうか。二人ともありがとう」
これから死地に向かう前にも関わらず、穏やかな空気が三人の中に流れる。春風に揺れる七煌緋花たちの中で、三人は誰も怖気づいてはいなかった。
「そういや、リュイさん。ユヴァルーシュさんとは連絡がついたんですか」
ハノスが思い出したように言うと、リュイは困り顔で笑む。
「……いえ。未だに通信が繋がらないんです」
「そう、ですか。ユヴァルーシュさん、どこにいるんでしょうね……。っていうか、そもそもガーネリア後宮まで顔を出してくれたら、よかったのに」
「本人の中では、何かしなければならないことがあるんでしょう。会えずじまいで何も話せないまま、別れるのはつらいことですが……下手にあのひとの声を聞いて、覚悟が鈍ってしまうのも避けたいことですから。仕方のないことです」
「だが、壊れてもいないのに、ずっと通信が繋がらないというのも奇妙だな……」
顎に手を添え、アウグネストは考え込む。壊れてはいないことを考えたら、何かが通信を妨害しているとしか考えられないが……『何か』とはなんだろう。
そういえば、ダイリニア王国の学者が始統王の邪の魂は、異空間を越えてもう現世に干渉しているかもしれないと話していた。だとすれば、まさか『何か』とは始統王の邪の魂のことだろうか。
そこまでは考えが行き着くが、なぜリュイとユヴァルーシュの通信を妨害するのかまでは分からない。この二人が連絡を取り合うことを妨害しないと、何か不利益をこうむることになるからということだろうが、その不利益というのが具体的に思いつかない。
(始統王の邪の魂にとっての不利益、か……)
最大の不利益になることといったら退魔されること、だろう。とすると、まさかユヴァルーシュがこの話を知ったら、前回の儀式で欠けていたものについて導き出せるのだろうか。
しかし……ユヴァルーシュがどこにいるのか、通信機で連絡を取らねば分からない。その通信が妨害されていて連絡がとれない以上、会いに行こうにも会いに行けない。
何よりも、儀式が差し迫った現状では、動くのはもう難しかった。
――このことに、もっと早く思い至っていたら。
自身の愚鈍さが悔やまれる。欠けていたものについてさえ分かれば、それを用意して退魔の儀式に変え、現世に戻ってこられただろうに。
アウグネストを送り出してくれた、エリューゲンの顔が思い浮かぶ。精一杯、浮かべていたいつもの笑顔を。
あれはきっと、自分たちのことなら心配しなくていいから、という配慮と優しさだったのだろうと思う。エリューゲンはそういうひとだ。
(本当にすまない、エリューゲン……)
できるのなら、エリューゲンとともにイシュハヴァルトの成長を見守りたかった。
それから――日が落ち、暗闇が支配する空の下、三人がしばらく待機していると。やがて、アウグネストたちの前に、どこからともなく虹色の門扉が出現した。
この門扉の向かう側が、おそらく七欲悪魔が作った異空間。幽玄の祭壇へ続く道。
「よし。行くぞ」
アウグネストが先頭に立ち、門扉の向こうへ進んでその姿が消える。すぐにハノスも続いて姿を消し、リュイも追おうとした、ところで。
――ブー。ブー。
リュイのイヤリング型の通信機が音を立てて揺れた。――とうとうユヴァルーシュとの連絡が繋がったのだ。
「は、はいっ。もしもし」
すぐさま応答すると、久しぶりに聞く愛しいひとの声が耳に届いた。
『しばらく連絡できなくてごめん。ちょっと通信機の調子が悪くて……元気にしてた?』
優しい声。もう別れの挨拶さえできないと諦めていたリュイは、嬉しさから泣きたくなるのを、どうにか堪えた。
「え、ええ。あなたはお元気にしていましたか」
『元気にしてたよ。これからガーネリアに戻るんだけど、会えない?』
「………」
咄嗟にどう答えたらいいのか分からず、沈黙してしまった。始統王の邪の魂うんぬんの長話をしている時間はないし、かといって何も言わずに通信を切ることもできず。
「……すみません。今から悪い魂を退治しに行くところでして」
『へ? 悪い魂を退治? どういうこと?』
「説明している時間がありません。急いでいるので。……ただ、一つだけあなたに伝えたい言葉があります」
リュイはすっと深呼吸をした。
もう会うことはない。これが最期の会話になると、覚悟を決めているからだろうか。いつもなら言えなかったその言葉が、すんなりと出てきた。
「好きです、ユヴァルーシュ」
ずっと、ずっと、想いを寄せていたひと。そしてこれからも、恋愛対象として想うのはユヴァルーシュのことだけ。
「あなたは変わらず平和な世界で幸せに暮らして下さい。ただ、たまにはシェフィの様子を気にかけてもらえたら嬉しいです。では」
通信機越しに息を吞むユヴァルーシュに一方的にまくし立て、リュイは通信を切る。
――これで、お別れだ。
僅かに唇を噛みしめてから、リュイは迷いなく虹色の門扉の向こうへ進んだ。
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