贄婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?!

深凪雪花

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七欲悪魔編

第19話 出産2

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「エリューゲン。ただいま」

 俺の自室の扉が開き、顔を出したのはアウグネストだ。
 城下町に買い物へ行っていたんだけど、やっと帰ってきた。アウグネストの手には……わぁ、フルーツの盛り合わせが詰められた木の籠がある。俺のために買ってきてくれたんだ。
 アウグネストが帰ってきたからか、リュイさんは気を遣ったんだろう。「シェフィ、そろそろ行きますよ」とシェフィの手を引いて、部屋から出て行った。
 入れ替わるように部屋に入ってきたアウグネストは、俺の傍にある椅子に腰かける。

「旬のイチゴだ。食べないか」
「ありがとう。食べる」

 アウグネストからイチゴを受け取ろうとしたけど、イチゴを一粒手に取ったアウグネストは直接、俺の口の中に放り込んだ。こうして手で食べさせることが、平民流の愛情表現だと以前ハノスから聞いたようで、だからだろう。

「ん、おいしい」

 口の中に甘酸っぱさが広がる。春生まれの俺は、イチゴってなんとなく好きなんだよな。
 顔を綻ばせると、アウグネストも優しげに笑った。

「そうか。それならよかった」

 一粒、また一粒。俺に直接食べさせてくれるアウグネスト。途中から俺もアウグネストにイチゴを食べさせて、お互いに小さく笑う。
 なんてことのないやりとりだ。でも、この平穏な時間は何物にも代えがたい。

「そういえばさ、アウグネスト」
「ん? なんだ」

 アウグネストにずっと聞きそびれていたことがある。いや、正しくは両想いなんだから別に知る必要はないだろうと思って、触れていなかったこと。

「アウグネストは……俺のどこに惚れたんだ?」

 後宮入りした当初、贄婿ライフを満喫しようとしていた俺に突然、好きだと伝えてくれたわけだけど……その時に挙げていた理由は一番の理由じゃないって言っていたはず。
 なら、俺を好きになってくれた一番の理由は、なんだったんだろうなって。

「ああ、それなら。――俺が贈った花を部屋に飾ってくれたことが嬉しかったからなんだ」

 想定外の理由に、俺は目を瞬かせた。

「え? は、花?」
「そう。それまでの俺には、花を贈っても飾ってもらえたことがなくて。それに何か珍しい花があったら、部屋に飾るから贈ってくれと言ってもらえたことも、俺を受け入れてもらえたようで嬉しかった。だから……エリューゲンとなら、幸せな家庭を築けると思ったんだ」
「……そう、だったんだ」

 些細なことのように思うけど、でも恋に落ちる理由なんて案外そんなものかもしれない。
 俺だって……今はアウグネストの好きなところはたくさん思い浮かぶけど、自分の想いに気付いたきっかけ自体はユヴァルーシュ絡みの一件だし。

「改めて、俺の子を産んでくれてありがとう、エリューゲン。……だが、幸せにすると約束したのに、こんな事態になってしまってすまない」
「あ、謝るなよ! アウグネストが悪いわけじゃないんだから。それに、俺はこうしてアウグネストと過ごせる時間が幸せだよ」

 元々、俺は幸せにしてほしいなんて考えを持っていたわけじゃない。二人で一緒に幸せになろうっていう考え方だった。
 こうして幸せな時間を過ごせているんだから、十分だよ。こうして幸せな時間を共有できた記憶があれば、俺はこれからもきっと前を向いて生きていける。
 オークはさ、身体的にも精神的にもタフな種族なんだ。その血筋を引いている俺だから、大丈夫だ。
 そう、大丈夫……だよ。イシュハヴァルトのことだって、みんなと立派に育ててみせる。それで成人したイシュハヴァルトに伝え聞かせるんだ。
 ――お前の父上は、勇敢で、優しくも強いひとだったんだぞ、って。


 そうして――穏やかな日々は終わり、アウグネストたちが儀式に向かう日がやってきた。


「では、エリューゲン。イシュハヴァルトも。行ってくるよ」
「シェフィ。エリューゲン殿下たちの言うことを聞いて、いい子で暮らすんですよ」

 昼過ぎ。アウグネストとリュイさんは、俺とシェフィにそう声をかけてから紫晶宮をあとにした。
 小さくなっていく二人の背中。イシュハヴァルトを腕に抱えている俺だけど、咄嗟に手を伸ばしかけた。でも、ぐっと堪えてやめた。
 本当は行ってほしくない。今生の別れになるなんて嫌だ。アウグネストとも、リュイさんとも、ハノスとも。
 でも……引き止めたらダメなんだ。俺の気持ちだけを優先させて、この世界に災厄を招かせるわけにはいかない。納得はできないけど、頭で理解はできる。
 ――俺は、笑顔で送り出せていたかな。
 ――俺たちのことなら大丈夫だって、伝えられていたかな。
 ぐいぐいと、服の袖を引っ張られた。

「ねぇ、エリューゲン。リュイはすぐに戻ってくるよね?」

 シェフィだ。何も知らされていないシェフィだから、なんの疑いもなくリュイさんの帰りを信じている目をしている。
 そのことに、ちくりと胸が痛んだ。

「いつ仕事が終わるか、だな」
「ええー、時間がかかるの? もうすぐボクの誕生日なのに」

 そういえば、そろそろ十歳になるんだよな、シェフィ。リュイさんも……きっと、シェフィが成人するまでは成長を見守っていたかっただろうに。

「それなら、リュイさんから手紙を預かってるよ。誕生日になったら渡すから」

 暗に誕生日にはリュイさんが顔を出すことはないと告げると、シェフィはケモ耳を垂れ下げてがっかりとしていた。それでもそのくりくりとした目は、リュイさんは必ず帰ってくるのだと信じて疑っていない。「誕生日プレゼントは何を買ってもらおうとかなぁ」なんて、子どもらしくおねだりすることを考えている。
 ちなみにもし、本当にアウグネストたちが戻ってこない場合。三ヶ月後には、宰相のひとが三人を死んだことにして、国中に訃報を知らせることになっている。
 シェフィはその時に、やっとリュイさんの死を知ることになる。その時の反応が今から不安だし、怖い。テオもハノスから事情を聞かないままだったら、同様だ。
 どうか、神様。
 奇跡を起こして、三人をこの世界に帰してくれよ。

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