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七欲悪魔編

第18話 出産1

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 それから、あっという間に春がきた。

「お疲れ様、エリューゲン。よく頑張ってくれた」

 赤ん坊を抱っこしながら、ねぎらってくれるのはアウグネストだ。そう、俺はとうとう出産の日を迎え、無事に我が子を産み終えたところなんだ。
 出産に関しては……コメントは控えるとして。可愛い我が子にやっと会えた時の感動といったら。そりゃあもう泣いてしまうくらいだった。
 アウグネスト譲りの赤毛と、俺譲りのすみれ色の瞳を持った、可愛い我が子。名前は前々から決めてあって、『イシュハヴァルト』と名付けた。
 健やかに育ってほしいな。早くもどんな大人になるのか楽しみで仕方ない。俺や後宮のみんなでしっかりと育てないと。
 でも、十八年後……成人したイシュハヴァルトの傍には、アウグネストの姿はあるのかな。
 結局、くだんの儀式に必要なものに関する情報は何も得られず、俺たちもこれといって思いつかず……ただ、時間だけが過ぎていっている。
 アウグネストとの時間はこれまで以上に大切にしているけど、でも……アウグネストたちがいなくなってしまうかもしれない覚悟なんてまだ決められていない。
 儀式をやらなきゃいけないのが、なんで俺たちの時代なんだよ。運が悪いなんてもんじゃない。他の誰かを犠牲にするくらいなら自分たちが、なんて発想にはならないよ。俺はそこまで聖人君子じゃないから。
 アウグネストとイシュハヴァルトと、家族三人で幸せに暮らしたい。
 俺の胸にある想いは、そんなにも欲張りなことなのか? 贅沢な願いなのか? 俺は……強欲なのかな。

「エリューゲン。残り半月ほどは……家族三人で過ごそう」

 アウグネストがためらいがちに口を開く。はっとして顔を上げると、アウグネストは精一杯の落ち着いた笑みを浮かべていた。

「あとの政務は宰相に任せる。俺がもし戻ってこない場合も、宰相がイシュハヴァルトの摂政としてしばらく代わりに政務を行うということで、話はついてあるから」

 ふと思う。
 俺は自分の気持ちばかりに目を向けているけど、異空間に閉じ込められるかもしれないアウグネストは怖くて、もっとつらいはずだよな。でもそれを俺に吐き出すことはしない。
 アウグネストの覚悟は、きっともう決まっているんだ。
 俺も……いい加減に腹をくくるべきなのかもしれない。アウグネストたちが儀式に行く時、いつも通りの表情で送り出せるくらいに強くならなきゃ。俺たちのことは心配するな、って。
 それに――会えるのが最期になるのなら、アウグネストの中の俺が笑顔じゃないと、アウグネストが負い目を感じることになるだろうから。
 俺は努めて笑顔を浮かべた。

「うん。三人で一緒にいよう。俺も傍にいてほしい」

 少しでも長く、家族三人で過ごす。
 それが今の俺たちにとって、大切なことだ。




「わぁ、可愛い!」

 数日後。俺のところへやってきたシェフィは、イシュハヴァルトを見て、目をきらきらと輝かせていた。尻尾をぶんぶんと振りながら、その目はベビーベッドに釘づけだ。
 付き添いでやってきたリュイさんは、寝台の上で安静にしている俺の下へ近付いてきた。

「ご出産おめでとうございます、エリューゲン殿下。エリューゲン殿下のお体はもちろんのこと、イシュハヴァルト殿下もご無事に生まれて安心いたしました」

 柔らかく笑むリュイさんに、俺も笑みを返す。

「ありがとうございます。イシュハヴァルトのこと、可愛がってもらえたら嬉しいです」
「もちろんです。お二人のお子の顔を見られて嬉しく思います。陛下が父親になったのだと思うと……少々胸にくるものもございますね」

 優しい眼差しで、ベビーベッドに横たわるイシュハヴァルトを振り返るリュイさん。アウグネストとは義兄弟のように育ったリュイさんだからこそ、抱く感情だろう。
 それにしても、リュイさんもいつも通りだ。儀式へ行く時間が迫ってきているのに。リュイさんも……覚悟は決めてある、っていうことかな。

「あの、リュイさん。そういえば、ユヴァルーシュさんとはまだ連絡がとれませんか」

 音信不通状態となっている二人。リュイさんがガーネリアに帰国してからも、なぜか通信が繋がらないみたいなんだ。リュイさんだってユヴァルーシュと少しでも長く一緒にいたいだろうし、せめて通信機越しにでも連絡をとりたいだろうに……。
 リュイさんは、眉をハの字にしながら答えた。

「そう、ですね。通信が繋がらないもので」
「そうですか……」

 ユヴァルーシュ。お前は一体どこで何をやっているんだよ。
 連絡がとれないのなら、こっちに顔を出してリュイさんと会えよ。リュイさんは基本的にガーネリア後宮にいるって分かってるはずだろ。
 このまま会えずじまいで別れることになったら、俺たち以上にリュイさんが不憫だ。
 ああ、不憫といったら……テオもそうだよな。どうもハノスから事情をまだ聞いていないらしくて、たまに届く手紙は小言を言いつつもハノスが傍にいることを嬉しく思っていそうな、幸せそうな文面だから。
 ハノスはいつ話すのか、それとも詳しく話さずに儀式に行くのか。どっちか正しいのかは俺には分からないけど、でもハノスが戻ってこなかったらテオはショックだろうな……。
 シェフィもそう。シェフィにも誰も詳しい事情を話していなくて、ただ春に仕事に出かけるとだけリュイさんは伝えているみたいだ。
 リュイさんに懐いているシェフィのことを思うと、これまた胸が痛むというか……。
 初めから別れを知らされているのと、何も知らないまま別れるのって、どっちがマシなんだろうな。永遠の別れにならないことが一番なのは確かだけど。
 なんとも言えない表情の俺に、リュイさんは柔らかく笑んだ。

「エリューゲン殿下、私のことはお気になさらず。それよりも……謝罪させて下さい。私は陛下の影剣でありながら、お二人に対してなんのお役に立てないことを」

 思わぬ謝罪を受けて、俺は目を点にするしかない。
 え、なんでリュイさんが謝るんだよ。悪いのはリュイさんじゃないだろ。

「リュイさんが謝る必要はありませんよ。むしろ、こっちこそ夫に同行して下さることに感謝しかありません。どうか、夫のことをよろしくお願いします」

 仕事を放棄して逃げ出すこともできるのに、リュイさんもハノスもそれをしない。それぞれ大切な存在を守るために、っていうことかもしれないけど……その点は感謝しかないよ。
 リュイさんも思わぬことを言われたといった顔をしたけど、すぐに笑った。

「ええ。お任せ下さい。エリューゲン殿下たちの未来は、必ずお守りいたします。ですからどうか、エリューゲン殿下もお心を強く持って生き続けて下さい」

 それはなんだか、遺言のようにも聞こえた。

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