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七欲悪魔編
第6話 新婚旅行6
しおりを挟む「た、たくさん、摘みましたね……ハノスさん」
木で編んだカゴいっぱいに入っている七煌緋花たち。
帰りの馬車の中で、俺は苦笑いするしかない。ハノス……一輪でも多くテオに渡したいからなんだろうけど、強欲がすぎないか?
「そうか? 花束にするんなら、このくらい必要かなって」
「どれだけ大きな花束にするつもりなんですか」
呆れた顔で突っ込みを入れるのは、リュイさん。そのリュイさんの頭には、シェフィが作った七煌緋花の花冠が乗っている。
俺とアウグネストも、それぞれ作った花冠を交換し合ってかぶっているけど。
「それに摘み方が雑です。それでは、王都に戻る前に枯れてしまいますよ」
「ええっ、マジですか!」
……どうでもいいけど、なんでリュイさんには敬語なのに、俺にはタメ口なんだ。年齢の問題か? ハノスって体育会系って感じがするし。まぁ、別にいいんだけども。
「な、なんとかなりませんか。リュイさん」
助けを乞うハノスに、リュイさんは考え込む。
「そうですね……お花がこれだけありますから、一部をアイスボウルにするのはどうでしょう。私が凍らせますから、しばらくは溶けないアイスボウルを作れますよ」
「アイスボウルって?」
「丸い容器にお花と水を入れて凍らせるんです。要は、草花を氷に閉じ込めたものです。生花の美しさには及びませんが、枯れたものを渡すよりはいいのでは」
「じゃあ、それでお願いします!」
即決。リュイさんへの信頼度が伝わってくるよな。
「すぴー」
リュイさんの膝の上で、子狼姿のシェフィがお腹を出して寝ている。すっかり安心しきっていて、幸せそうな寝顔だ。こっちも、リュイさんへの信頼度が伝わってくるな。
ほのぼのと平和な雰囲気の箱形馬車が、俺たちを別荘まで運んでいく。
◆◆◆
「おお! アイスボウルってこんな感じなんですか!」
その日の夜。別荘にて。
ハノスは、リュイと七煌緋花を使ったアイスボウルを制作していた。
といっても、ハノスがやる作業といったら、丸い容器に七煌緋花を入れてゆっくりと水を注ぐことだけ。水を凍らせて完成させるのは、リュイになる。
丸い氷の中に閉じ込められた赤い花々。それらのアイスボウルを十個ほど作り、ハノスが持ち帰る分は三つだ。残りの七つは、紫晶宮に飾るのだという。
「ありがとうございます、リュイさん。これ、綺麗ですね」
「ええ。喜んでもらえたらいいですね」
一緒に後片付けをしながら、二人が語るのは互いの想い人のこと。光剣と影剣として同じ職場で働き出しておよそ半年、さらに毎晩のように手合わせをしているこの二人は、以前よりもずっと打ち解けている。
「――で、もう可愛くて仕方なくて」
「それだけ愛されていたら、テオドールフラム様は幸せでしょうね」
「だったら、いいんですけど」
ハノスは、ここにはいないテオドールフラムのことを想う。寂しい思いを……しているだろう、きっと。万が一を考えて、テオドールフラムの生みの父にタウンハウスに滞在してもらっているとはいえ、ハノスの帰りを待ち望んでいるに違いない。
王都に戻って休みをもらったら、目一杯可愛がってやらねば。
「そういうリュイさんは、ユヴァルーシュさんと最近どうなんですか」
詳しい馴れ初めまでは知らないハノスだが、二人が交際中なのは知っている。というか、公衆の面前でキスをされたらさすがに察する。
「しばらく会っていませんが、通信機で毎晩お話はしていますよ」
「ふーん……そろそろ会いにこいって言ったらいいのに。黙っていると、平気だと勘違いされて放置されかねませんよ」
「……困らせたくありません」
「たまには困らせたっていいじゃないですか。恋人に甘えられて嬉しくない男なんていませんよ。理解し合っているとしても、気持ちは言葉にしてちゃんと伝えないと」
ハノスの言葉は正論だろうとリュイも思うが、それができなくて現在進行形で困っているリュイである。みながみな、ハノスのように素直で真っ直ぐな気質ではないのだ。
リュイは曖昧に笑って、話を切り上げた。
「そろそろ、お互い部屋に戻りましょう。もう日付が変わってしまいます」
解散しようとした時だった。イヤリング型の通信機が振動で揺れた。
リュイは「ちょっとすみません」とハノスに断ってから、応答する。
「はい。もしもし」
『今日は遅くなってごめん。そろそろ寝るところ?』
「いえ、まだ大丈夫です。ハノスと作業をしていたせいか、目が冴えているので」
他意はなかった。ただ、事実を話しただけだ。
しかし、ユヴァルーシュの声のトーンが低くなった。
『……あのワイバーンの騎士と作業してた? こんな時間に二人で?』
「はい。夕食のあと、みなでカード遊びをしていたら盛り上がってしまって。時間がズレこみました。つい先ほど、作業が終わったのでお互いに部屋に戻るところです」
『………』
「……あの、ユヴァルーシュ? どうかしましたか」
どうしたんだろう、急に沈黙して。
内心首を傾げるリュイに、ユヴァルーシュは一言だけ言った。
『今からそっちに行く』
ぷつんっ。通信が途切れた。
リュイは戸惑うしかない。今からこっちにくるって、どういう心境の変化だ。いや、会えるのは嬉しいのだけれども。
「リュイさん。ユヴァルーシュさん、どうかしたんですか?」
不思議そうな顔のハノスと、リュイは困惑した顔で向き合う。
「それが……今からこっちにくる、と」
「え、こんな時間にですか? 何かあったんですか」
「分かりません」
しかし、くるというのなら、起きて待っているほかあるまい。
「ハノス、あなたは明日に備えて寝なさい。私たち二人とも寝不足になっては、いざという時に困ります」
「そ、そうですね。分かりました。じゃあ、また明日」
ハノスはアイスボウルを腕に抱え、小走りで部屋に戻っていく。
その背中を見送ってから、リュイも厨房から広間へと移動した。ここであてがわれている部屋は、シェフィと同室だ。部屋でユヴァルーシュを待って対応するのでは、眠っているシェフィを起こしてしまう。
ともあれ――ユヴァルーシュが会いにくる。
戸惑いはあるものの、しかしそれ以上に心が喜びでいっぱいだ。自分で思っていたよりもずっと、ユヴァルーシュに会いたいと思っていたようだ。
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