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七欲悪魔編

第2話 新婚旅行2

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 それからあっという間に半月ほど経ち――。

「ええー! やだっ、ボクもリュイと一緒に乗るっ」

 駄々をこねたシェフィは子狼姿になり、馬車の中に突進してきてリュイさんの膝の上へとダイブ。軽やかに着地して、その身を丸くした。
 シェフィ……最近、お風呂を一人で入るようになったとはいっても、まだまだリュイさんに甘えたいお年頃らしい。やれやれ。
 リュイさんは困ったような、でもどこか嬉しさが滲んだ表情だ。こうも素直に甘えられたら嬉しくてついつい甘やかしちゃうよな。
 ともかく。俺、アウグネスト、リュイさん、ハノス、子狼姿のシェフィ。
 五人を乗せた馬車が向かう先は、王家が所有する別荘地があるというゲルブルク地方だ。新婚旅行の行き先がそこなんだ。
 片道、馬車で十日くらいかかるという。滞在期間は一週間ほどの予定。だから、一ヶ月くらいは後宮を留守にすることになる。昨年の夏の人間領への船旅以来の長旅だ。
 でも、俺は今からうきうき。王婿になるとなかなか外界に出られないし、それにアウグネスと新婚旅行に行けるなんて思っていなかったから。
 思う存分、楽しむぞ。

「出発いたします」

 御者を務めるナティカス騎士団長がそう言うと、箱形の馬車がゆっくりと動き出した。ガタゴトと揺れる馬車の中で、俺は斜め向かいに座るハノスを見た。

「そういえば、ハノス……さん。テオは元気にしていますか?」
「ん? ああ、元気だよ。俺がしばらく家を不在にするって聞いたら、怒ってクッション投げつけてくるくらいには」
「あー……それは大変ですね」

 まぁ、テオの気持ちも分かるけれども。妊娠中の自分をほっぽり出して、長期出張なんてふざけるなって感じだったんだろう。あいつ、ヒステリックだからな。ぎゃあぎゃあ罵声を浴びせる光景が目に浮かぶ。
 ハノスはさぞ大変だったんだろうなって思ったんだけど。

「大変? なんで?」

 ハノスはきょとんとしている。思いもしないことを言われたといった顔だ。

「え、だって、テオのことですから、色々と文句を言われたのでは? 宥めるのに苦労されたでしょう」
「文句は言われたけど、別に苦労じゃないって。怒ったあいつも可愛いから」

 俺は目を丸くするしかない。……怒ったテオが可愛い?

「か、可愛いんですか?」
「だって、そんなに俺に傍にいてほしいんだなーって考えると、可愛いじゃん。やっぱり俺がいなきゃダメなんだな、みたいな」

 ポ、ポジティブだ……。
 確かにハノスの捉え方は真実なのかもしれないけど、でもうるさく小言を言われたらストレスになりそうなものだけど。ハノスの場合は、ストレスにさえなっていないってわけか。

「なるほど。お似合いですね」

 と、口を挟むのはリュイさん。シェフィの背中を優しく撫でている。
 皮肉でもなんでもなく、ただ純粋にそう感じたんだろう。俺もそう思うよ。小言の多いテオの夫を務められるのは、ハノスしかいないかも。
 アウグネストも、テオドールフラムが妊娠中だってことを思い出したみたいだ。眉をハの字にした。

「そういえば、お前たちの事情を考慮していなかったな。すまない、ハノス」
「いえ、陛下が気にすることじゃありませんよ。俺たちなら大丈夫ですから。陛下たちは楽しい新婚旅行にして下さい」

 心から思っていそうな言葉を口にするハノスに、アウグネストは「ありがとう」と表情を和らげた。続けて言う。

「王都に戻ったら、何日か休みを与える。それで埋め合わせしてやるといい」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 アウグネストの目が、今度はリュイさんを見やる。

「リュイにもそのあと、休みを与えよう。異父兄上と逢瀬するといい」
「え、あ、……はい。あ、ありがとうございます」

 ちょっぴり頬を赤らめるリュイさん。リュイさん、ピュアだよな。ユヴァルーシュとは長い付き合いのはずだけど、今なお一緒にいる時はドキドキするっぽいし。
 しかし、ユヴァルーシュの奴は、マジでなんであちこち旅して回っているんだろう。リュイさんとの終の棲家でも探しているのか? でも、今は隣国にいるらしいんだよな。捜索対象範囲が広すぎないか? まさか、魔族領すべてを歩き回るつもりだったりして。
 リュイさん、口には出さないけど寂しい思いをしていないのかな。リュイさんには幸せになってほしいんだけど。ユヴァルーシュ、お前はしっかりリュイさんのこと守れよ。いくらリュイさんが強くても、それとこれとは話が別だ。
 しばらく顔を見ていない義兄に心の中で言っていると、馬車の中の話題が変わった。

「ところで、陛下。テオが話していたんですけど、ゲルブルク地方に行くのなら、もしかして『ミューリッヒの花畑』へも立ち寄る予定なんですか?」

 ん? 『ミューリッヒの花畑』? なんだそれ。
 目を瞬かせるしかない俺に対し、知っている様子のアウグネストは頷いた。

「ああ。そのつもりだ。だが、それがどうした」
「ええと、俺もそこの花で花束を作りたくて。いいですかね?」
「別に構わないが……なぜ」
「テオからミューリッヒの花について聞きまして。せっかくだから、花束にしてプレゼントしようかなって」

 ほう。よく分からないけど、でもエルフの夫に花束を贈るのは感心だ。ちゃんとテオが自然界のものが好きだっていう好みを覚えているんだな。

「アウグネスト、ミューリッヒの花って?」

 俺からもアウグネストに問いかけると、アウグネストは悪戯っぽく微笑んだ。

「それは着いてからのお楽しみだ」
「ええー!」

 なんだよ、今教えてくれてもいいのに。ちぇっ。
 でもまぁ、懸命に俺を楽しませようとしてくれているんだよな、きっと。アウグネストの言う通り、その花畑に連れて行ってもらうまでの楽しみにしておこう。
 それにしても、花畑か。シェフィの奴も、きっと子狼姿になって元気に駆け回りそうだ。
 俺がふいとシェフィに視線を向けると……え?

「すぴー」

 そんな寝息を立てて、シェフィは眠っている。あろうことか、お腹を出して。リュイさんにはお腹を撫でてもらいながら、心地よさそうに。
 元々、森で生きていたっていう話なのに……シェフィ、お前、今はもうすっかり野生の本能が消えたな。よくも悪くも。
 はあ。幸せそうな奴だよ。もちろん、それはいいことなんだけども。

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