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番外編 初恋2(ユヴァルーシュ×リュイ)
しおりを挟むそれからは、三人で遊ぶ日々だ。アウグネストと遊ぼうと思ったら、当然のようにリュイがもれなくついてくるので、仕方がなかった。
そうして冬が終わり、春を迎えた頃――。
「ん? 何やってるんだ、リュイ」
リュイが道端にしゃがみ込んで、野花たちをじーっと眺めている。
「ここから目が離せない」
「もしかして、花が好きなのか?」
「分からない」
……分からないって。少なくとも、綺麗だから目を離せないんだろうに。
「花冠、作ってやろうか」
今、アウグネストは剣術稽古でいない。だから暇だった。つまり気まぐれだ。
野花たちを摘んで、手早く小さな花冠を作り上げる。そして出来上がったそれを、リュイの頭の上にかぶせた。
「おー、よく似合ってるじゃん」
「似合ってる? 私に?」
「ああ。綺麗だよ」
まるで花々の精霊のようだ。いや、雪男なのだけれども。
リュイはきょとんとしてから、呟いた。
「ユヴァルーシュは……」
「何?」
「ひどい。いつもアウグネスト様のおもちゃを取って」
「……へ?」
驚いたのは、話の内容ではない。リュイが自身の言葉を発したこと自体に驚いたのだ。
――お前、普通に話せるんじゃないかよ。
内心突っ込みを入れつつも、次に思ったのは発言の内容だ。ひどい。そうだ、ユヴァルーシュは異父弟からおもちゃを奪ってばかりの、ひどい兄貴だ。
それは至極当たり前の感想なのだが、ここはユヴァルーシュの味方をする大人ばかりの後宮だ。ゆえにリュイの発言はなんだかとても新鮮に聞こえ、そして――本当の自分を見てもらえているような気がした。
それからだ。リュイともっと話がしてみたくて、リュイから言葉を引き出させようと奮闘するようになったのは。
リュイを魅了するつもりだった自分が、いつの間にかリュイに魅了されていったのだ――。
◇◇◇
トントンと木製のまな板に包丁がぶつかる音が聞こえる。
ソファーに横になっていたユヴァルーシュは、その小気味いい音で目を覚ました。
(懐かしい夢を見たな……)
もう十八年近くも前のこと。子供だったユヴァルーシュはもう立派な大人であり、そして第一王子でもなくただの平民だ。
リュイとの出逢い。恋に落ちていく記憶。決して忘れはしないが、かといって常時思い出しているわけでもない。リュイと過ごした日々は長く、たくさんの想い出があるし、それに。
「ユヴァルーシュ。夕食ができましたよ」
台所から顔を出すリュイ。青いチェック柄のエプロン姿だ。
「こっちにきて下さい。冷めてしまいますから、早く食べましょう」
「うん。ありがとう」
――現在進行形で、リュイとの想い出は増えているのだから。
遠距離恋愛になったといっても、ユヴァルーシュは定期的に王都に戻っている。今日も昼前に戻ってきたところで、数日は滞在する予定だ。
ちなみに、今ここにいる部屋は、集合住宅の一室である。アウグネストの元・古光剣カリエスとその夫が住んでいた部屋だ。
秋に古光剣の職を辞したカリエスは夫と田舎へ隠居したのだが、ここの住まいを年契約で結んでいたため、残り半年ほど借りっぱなしになる。そのため、契約終了日まで自由に使っていいと承諾をもらい、その代わりに不要な家具などは処分しておいてくれと頼まれたのだ。
というわけで、王都に滞在中はこの部屋を使わせてもらうことにしたのだった。
ユヴァルーシュはソファーから下りて、リュイの隣に並ぶ。
「夕飯、なに?」
「シチューです。最近、寒いですから体の温まるものがいいと思って」
「へぇ、楽しみ」
リュイがまともに作れる料理は、そもそもカレーかシチューしかないのだが、メニューの種類なんて別に気にしない。リュイが懸命に手料理してくれたという事実が何より嬉しいのだ。
他の料理を食べたい時は、ユヴァルーシュが自分で料理すればいいだけのこと。
「ねぇ、リュイちゃん。俺ってまだ『ひどい』かなぁ?」
「急にどうしたんですか? まっとうに生きているんですから、別にひどくはないのでは」
「それならいいけど」
なんて言いつつ、ユヴァルーシュは自分でよく分かっている。自分は『ひどい』男だと。
だって、リュイのこと以外はほとんどどうでもいいと思っている。リュイさえいたら、それでいい。他に何もいらない。
永遠に二人だけで生きられる世界があったらいいのに、と思う。そうしたら、ずっと二人で愛し合いながら暮らせる。邪魔をするものは誰も何もない。
ユヴァルーシュにとっては、いずれ自分たちを分かつ死さえも邪魔だ。
それなのに、対してリュイには大切なものがいくつもある。アウグネスト、シェフィ、紫晶宮の者たち、影剣を含む仕事や同僚、と挙げたらキリがない。
ユヴァルーシュはそれらの中の一つでしかないのだ。そのことが悔しく、寂しく、腹立たしくもあった。
「リュイ」
俺だけのものになれ。
そう言いたくなる気持ちを堪えて、ユヴァルーシュは背後からリュイを抱き締める。その細い首筋に口づけ、強く吸う。自分のものだという証を刻む。
腕の中にいるリュイの身体が、びくんっと震えた。
「愛してる」
この世でただ一人。お前のことだけを。
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